2003年 4月    
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4月30日(水) 旧暦:三月廿九日 先勝 癸酉

山小屋から見えた雪解け水をたたえる棚田。
遠くにはまだ残雪が見えました。
新潟から四日振りに、さいと町に帰ってまいりました。旅行鞄を空けると、ほんの少し土の匂いがするようです。とても楽しい旅でした。キタイの古くからの知人であるSさんの家は、上越新幹線を越後湯沢駅で降り、ほくほく線というローカル線に乗り換え、まつだいという駅で下車。そこからさらにバスで三十分ほど入った山里にありました。ぽかぽかとした良いお天気の中、遠くの山々に美しいブナの新緑を見ながら、バスは終点に到着。十数軒ほどの小さな集落は、木蓮と櫻と水仙が一斉に咲き揃い、春の最中にありました。宿泊させていただいたSさんの家は、昔は大きな茅葺屋根の民家だったとか。

Sさんの山小屋。この辺りは冬には4メートル
近くの雪に覆われるのだそうです。
「夫婦二人で部屋もいっぺ(たくさん)余っているすけ(から)、ゆっくりしていってくんねかね(くださいね)」という笑顔にいっぺんに気持ちが和み、食卓に出された炊き立てのご飯とけんちん汁をあっという間に平らげてしまいました。 そして、二日目。いよいよ今回の旅の目的である山菜採りへ。Sさんが所有している山に案内していただきました。「今年は雪解けが遅くて、山菜はまだあんまり出てねあよ(いないのよ)」(S夫人)とのことでしたが、少し歩いただけで、ふきのとう、小豆菜、ぜんまい、とりのあし、独活、木の芽など素人のわたくしでもあっという間に採ることができました。採った山菜は、Sさん宅に持ち帰りさっそくキタイが料理。木の芽や小豆菜などはさっと茹でてそのまま生醤油で、ふきのとうや独活やたらの芽は天ぷらに。自然そのものといった感じの旬の山菜を、残雪の中で冷やしたビールで頂く味はこたえられませんでした。やはり料理は素材なのだなと改めて思いました。中でもわたくしのお気に入りは、小豆菜(あずきな)と呼ばれる菜っ葉。成長して付ける実が小豆に似ていることから地元ではそう呼ばれているそうですが、シャキシャキした歯ごたえがなんとも言えずおいしく、小鉢に三杯もお替りしてしまいました。まだまだお話したいことはあるのですが、長くなってしまいましたので続きはまた明日書きます。

少し開きすぎてしまったふきのとう。
後ろに見えるのがSさんの家。

土から顔を出したばかりのぜんまい。
綿帽子のようなものを被っている。

4月25日(金) 旧暦:三月廿四日 友引 戊辰
ここ二週間ほど、尾村幸三郎さんという方がお書きになられた『日本橋魚河岸物語』という本を読んでおります。大正十二年の震災まで日本橋の袂にあった魚河岸、そこに軒を並べていた魚問屋の様子や人々の暮らし振り、魚河岸の四季、あるいは俳句や歌舞伎との深い関係などがじつに生き生きとした筆で描かれています。イッテツなどはページに溢れる薀蓄話の数々に興奮しどおしで、ポストイットを張りまくっております。ああ、わたくしも、東京ではなく、江戸に住みたかった。明日から黄金週間。わたくしは、本日オープンしました六本木ヒルズへ、は行かずにキタイに毎年山菜を送ってくださる新潟の知人の家に遊びに参ります。越後湯沢からさらに入った山里で、温泉もよろしいとか。では、皆さまもよい休暇を。
4月24日(木) 旧暦:三月廿三日 先勝 丁卯
たい焼〈天然物〉
午後、所用で芝の増上寺の方へ出かけました折に見つけた和菓子屋さんのたい焼の売り文句。わたくし、こういうの大好き。昨日の細田会長のお話ではありませんが、なんだかとってもくすぐられるじゃあないですか。一所懸命に焼いていた実直そうなご主人に、思わず「養殖物のたい焼ってどんな味がするのですか?」と尋ねてしまいました。お味の方も、さすが天然物でした。
 4月23日(水) 旧暦:三月廿二日 赤口 丙寅
今日は、先日お会いできなかった榮太樓總本舗の細田治会長にお目にかかることができました。細田さんは当サイトもリンクを張らせていただいている『東都のれん会』のホームページの責任者もなさっていますが、サイトをオープンしようとした際には老舗の皆さんのほとんどが興味なかった、どころか反発の方が大きかったそうです。「永い間の習慣で、商売というのはお客様と面と向き合って初めて成立するものだという考え方があったのでしょうね」ところが、最近は風向きが変わってきてどうやったら老舗の持つ良さとネットを結びつけることができるかどうかの模索も始まっているのだとか。ITは老舗の世界にも確実に影響を与えているのですね。お会いできたついでに御菓子についてもいろいろとお聞きすることができましたが、「味は五感で楽しむもの。御菓子には全部名前が付いていますが、一つひとつに全部由来があります。同じ御菓子でもテレビを見ながらむしゃむしゃ食べるのと、そういう由来を知って家族と話しながら食べるのとではどちらがおいしいでしょう」というお話に、深く頷くわたくしでした。
4月22日(火) 旧暦:三月廿一日 乙丑 弘法大師忌
昨日は、朝からテレビにかじりついていました。野茂投手、途中まではらはらどきどきの試合でしたが、百勝目ほんとうにおめでとうございます。わたくし、野球のことは詳しくなく、ついでに言いますと米国のことも余り好きではないのですが、野茂さんのことだけは大好きなのです。野茂さんを見ると、古武士の佇まいというか昔の日本人を感じてしまうからなのかもしれません。そう言えば、今日の新聞の朝刊に球団の元会長オマリーさんのコメントが掲載されていましたね。普段はポーカーフェイスでほとんど笑わない野茂さんですが、夕食などともにすると胸の奥に明かりが灯るような笑顔を返してくれるのだそうです。今の日本人でほんとうに笑顔が素敵な人ってどれくらいいるのかしら。

 4月21日(月) 旧暦:三月廿日 甲子
日曜日は、旧暦の穀雨(こくう)。陽射しが日々強くなるこの頃の雨は、五穀に成長をもたらす恵みの雨という意味でこう呼ばれたそうですが、まったくその通りと言いたくなるような一日でした。庭の木々、花々たちも雨に向かって手を広げているような嬉しそうな様子でした。遅めの朝食をとって、その後はずっとイッテツと二人お蔵で調べ物などをしていましたが、夕方から久しぶりに割烹着などを着てお台所へ。迷惑そうなキタイを横目に、うろうろ。おいしそうな浅蜊を見つけたわたくしは、思わずキタイに浅蜊ご飯をリクエストしてしまったのでした。ご馳走さまでした。
4月18日(金) 旧暦:三月十七日 辛酉
午前中から気温がぐんぐんと上がり、暑い1日でした。今日は、日本橋西河岸に安政四年(1857年)創業の老舗、榮太楼總本舗の細川治会長にお会いできる予定だったのですが、急な御用事とのことで残念ながらお会いできませんでした。いろいろとお聞きしたことなどあったのですが、ぜひまたの機会に。初代榮太郎の創製による名高いお菓子の数々を拝見させていただき、お土産にはウワサの有平糖「榮太楼飴」を買って帰りました。江戸の人々が名付けたという「梅ぼ志飴」、ほんとうに梅干しのかたちをしているのですね。

4月17日(木) 旧暦:三月十六日 庚申 土用入
春を通り越して、一気に初夏になってしまったかのような暑い一日でした。気温も二十五度くらいまで上がったとか。今日は、春の土用。土用というのは、立春、立夏、立秋、立冬のそれぞれ十九日前、年四回あって、鰻の食べるのは夏の土用。わたくしも旧暦のこと、いろいろと勉強しております。はい。夜、少し霞んだ満月が見ながらキタイが築地より仕入れてきたという旬の真鯛のお刺身に舌鼓を打ちました。

4月16日(水) 旧暦:三月十五日 八白土星 梅若忌昨日は、所用があり銀座に行ってまいりました。思ったよりも用件が早くすみましたので、久しぶりに大好きな老舗洋菓子店「ウエスト」さんの喫茶室に寄って、コーヒーとドライケーキをいただきました。こちらは、昭和22年にオープン。その出発点は実はレストランで、船旅全盛時代の郵船よりシェフを招いて、コーヒー一杯10円が当たり前の当時、コース1,000円の料理をお出しになっていたそうです。真っ白なテーブルクロスとすわり心地のいいクラシックな椅子。昔から変わらぬ落ち着いた雰囲気の店内には、これみよがしにならない行き届いた目配りが常にあり、少し肌寒い雨の午後のひとときをゆったり楽しみました。
4月15日(火) 旧暦:三月十四日 七赤金星 戊午
この倶楽部へのご意見などもご紹介していきたいとお伝えしましたが、パリの友人マダム恵美子からのメールには、思わぬところでまた「美しい味」の縁を感じました。「美しい味を探す」で、ご紹介したスローフード運動はイタリアから始まったものですが、その本家で出版された本の中で日本の食についてお書きのシルビー アンギス ギシャールさん。この方が実は日本研究で有名な方で、彼女の友人だったのです。「でも 前回のシルビーさんのコラムは 写真をイタリアのほうで勝手に選んでつけたので お茶席のつもりの写真が なんだかお寺のお台所みたいな写真で変でしたけれど」とのこと。日本語訳もでているはずということですので、機会がありましたら皆様もぜひお読みください。マダム恵美子は、復活祭のお休みで今週1週間ブルターニュの海辺に出かけるそうです。 おいしいシーフードを楽しんでくださいね。

4月14日(月) 旧暦:三月十三日 六白先負 ひのとみ
週末は、鎌倉の浄明寺に住んでおります叔母のところに出かけておりました。叔母は名前を節子といいまして両親を早くに亡くしたわたくしにとっては、親代わりのような人であります。鎌倉はちょうど八幡様のお祭りということで駅も通りも人で一杯でしたが、木々がちょうど芽吹き始めた頃で、ホームから見た源氏のお山がとても綺麗でした。ところで、この倶楽部を立ち上げてから早や二週間ほどになりますが、あちらこちらからいろんなご意見などをいただいています。今週からはそうしたご意見なども紹介していきたいと思っています。どうぞよろしくお願いします。
4月11日(金) 旧暦:三月十日 三碧赤口 きのえとら
わたくし、今でこそ日本橋に住んでおりますが、海外での暮らしが長かったため、この地域のことは幼少の頃の想い出しかありません。昔の東京、つまり限りなく江戸に近かった東京を知る人は、ここらあたりもすっかり変わってしまったと嘆かれているようですが、わたくしなどは見るもの、聴くこと、知ること、みな珍しく、時間がありさえすればせっせと町々に足を運んでおります。お江戸八百八町というくらいですから、とてもすぐには回り切らないのですが・・・。昨日、日本橋の中央通りを散歩していましたら、幼なじみの鯛人くんが勤めている山本海苔店の店内にお神輿が飾られているのが目に留まりました。神田祭り、近し。

4月10日(木) 旧暦:三月九日 二黒大安 みずのとうし 鴻雁帰る
今月のゲストである高木泉さんにお会いしたとき、「俳句も料理も旧暦でやったほうが自然に近くてしっくりくるのよね」とおっしゃっていられたのを聴き、この日記でも新暦に併記してみることにしました。本日の「鴻雁帰る」というのは、一年間を七十二の節に分けて五日ごとに日本の自然に喩えて表現する七十二侯のひとつ。冬鳥たちがそろそろ帰る頃、といった意味なのでしょうね。昨夜は放射冷却で冷え込みましたが、今日はまた暖かくなりそうです。新聞で、池波正太郎作品の挿絵を描かれていた中一弥さんのお元気な姿を拝見する。

 4月9日(水) 旧暦:三月八日 一白仏滅 みずのえね
昨日は、午後より横殴りの雨。東京の櫻もいよいよ終わりかしらなどと思いつつ、「杜氏千年の知恵」という本を読んで過ごしました。新潟の八海醸造で四十一年間「八海山」の杜氏を勤められた高浜春男さんという方がお書きになられた本です。なるほど、この人ありて、あの銘酒あり。杜氏とは酒蔵の物差しであり、その物差しとはどんなことがあっても、いい酒を造っていきたいという志であること。日本が世界に誇るお酒の文化はこういう方々に守られ、育てられてきたのですね。
4月8日(火) 旧暦 三月七日 九紫先負 かのと い
昨日は、『さるや』さんの八代目でいらっしゃる山本一雄さんに会いに行ってきました。楊枝のお礼をさせていただき、せっかくなので子供時分の話などをお尋ねしました。『さるや』さんの前を人形町に抜ける通りは、芸者衆のいたかつての芳町(よしちょう)にほど近く鬘や三味線の撥を売る店、呉服屋などが軒を並べていたそうです。「そう言えば、私が小学生の頃には長唄のお師匠さんが店まで教えにきたりしていましたね」それがいつしかビルに建て替わり、昔ながらの商売を続けているのは『さるや』さんを含めてわずか二軒のみだとか。来年は創業三百年という記念すべき年を迎える『さるや』さんですが、「特別なことはなにも考えていませんよ。二百九十九年も、三百年も、三百一年も通過点にしか過ぎません」さりげないひと言に三世紀を生き抜いてきた矜持を感じました。

 4月7日(月) 旧暦:三月六日 八白友引 かのえ いぬ
昨日の東京は、ぽかぽかと春らしい良いお天気でした。わたくしも午後から愛犬イッテツを誘って散歩に出かけました。さいと町の自宅を出て日本橋の魚河岸跡から人形町、永代橋を渡り、深川不動と富岡八幡宮にお参りし、清洲橋を回ってのんびりと帰ってきました。土曜日の強風で櫻は大方散ってしまったかもしれないと思っていたのですが、まだそこここに残っており、水天宮や八幡様では名残の櫻を楽しむたくさんの人で賑わっていました。今年は江戸開府から400年という記念すべき年ということもあり、開府所縁の千代田区や中央区ではいろいろな催しが計画されているようです。昨日も日本橋では地元の方々と百貨店によるイベントが開かれていました。このホームページでも折にふれて紹介していけたらと思っております。本日は、当倶楽部の入会プレゼントに選ばせていただいた楊枝をつくっていらっしゃる小網町の「さるや」さんにお伺いします。
みなさま、はじめまして。
日一日と春めいておりますが、いかがお過ごしでしょうか。
わたくし室町元子と申します。といわれても、どちらの室町さん?とお聞き返したくなる方も多いかしら。
自己紹介はおいおいさせていただくことにして、わたくし、このたび、久方ぶりに日本に帰ってまいりまして、生まれ故郷の日本橋さいと町の、祖父の残した古家で、犬のイッテツと、料理人のキタイと暮らすことにいたしました。
わたくしが、いま、最も興味がございますのが「日本の食」。
わたくしの大好きな海苔をはじめとして、日本人が当たり前に食していたさまざまな食材や、それを取り巻く文化が失われつつあると聞きました。まあ、なんと嘆かわしいことでしょう。
そこで、わたくし、この地で旧交を暖めつつ、日本古来より伝わる「美しい味」を求め、守ろうとするさまざまな方たちとの新たな交流を深めたいと思い「美しい味くらぶ」を開くことにいたしました。
当倶楽部は「美しい味」にご興味をもっていただける方なら、どなたでも大歓迎いたします。
どうぞ、ご賞味ください。

平成十五年四月吉日 Ganko