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| 5月31日(金) 旧暦:五月一日 大安 甲辰 大荒れ 台風四号の影響で、夕方まで雨と風が吹き荒れる一日。外出もできそうになく、ちょうど良い機会と思い、以前買い求めていた宮尾登美子さんの『菊亭八百善の人びと』を読み始めました。江戸初期の山谷に誕生した割烹料理屋・八百善。多くの文人墨客に愛され、数々の優れた料理人を輩出してきたこのお店も、今や伝説の中に生きるのみ。八百善の物語を読んでいると、ひとつことを守り続けていくことがいかに大変かがわかります。 |
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| 5月30日(金) 旧暦:四月三十日 先負 癸卯 晴れ 夜、鎌倉の叔母より電話あり。葉山の御用邸そばの海岸に大量のカタクチイワシが打ち上げられて大騒ぎになっているとか。先日仙台に大きな地震が起こったばかり。何事も起きなければよいのですが。 |
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| 5月29日(木) 旧暦:四月廿九日 友引 壬寅 晴れ 午後から赤坂へ。こちら方面に足を向けたのは久方振り。火事のあとに無残な姿を晒していたホテル・ニュージャパンも外資系保険会社のスマートなビルに生まれ変わり、街の印象が随分変わったようです。所用を済ませたあと、稲荷参道を通って日枝神社にお参り。平日ということもあり人影はまばら。静かな境内に響く拍手の音が、気持ちを晴れ晴れとさせてくれました。 |
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| 5月28日(水) 旧暦:四月廿八日 先勝 辛丑 晴れ 朝、パソコンを立ち上げると横浜市にお住まいの会員の方から、『さるや』さんの楊枝へのお礼のメールが届いていました。早速、楊枝に合う和菓子を買われ、奥様と二人で楽しまれたとのこと。楊枝に合わせて和菓子を買われるなんて、なんと素晴らしい!お二人に食べられた和菓子もきっと本望でしょう。なんだか嬉しくなってしまい、久方ぶりの五月晴れの一日をずっと気分良く過ごすことができました。 |
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| 5月27日(火) 旧暦:四月廿七日 赤口 庚子 曇り 朝、鎌倉の節子叔母より電話があり、「今東京にいるのだけれど、ちょいと出てこれない?」ということで神田小川町の檜書店まで付き合いました。檜書店は万治二年(1659年)より続く、謡本・能楽専門の出版社。叔母は今度習うという観世流『桜川』の謡本を、わたくしは大鼓葛野(おおつづみかどの)流の人間国宝、亀井忠雄氏への聞き書き本『能楽囃子方五十年』を見つけ、購入しました。二十年程前、叔母に連れられて渋谷の松涛にある観世能楽堂に行き、初めて観たお能(番組はもう忘れてしまいましたけれど)で大鼓を叩いていたのが亀井先生でした。昼食は日本橋まで歩いて、お蕎麦の利休庵へ。叔母の大好きな納豆そばを食べました。 |
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| 5月26日(月) 旧暦:四月廿六日 大安 己亥 曇り 「お知らせ」のところでもご紹介していますが、本日から当倶楽部への入会キャンペーンを行っています。入会いただいた方には、MadamGanko巾着(きんちゃく)をプレゼント致します。この巾着はわたくしが日本橋界隈を歩いて見つけたもので、特にブランドものというわけではありませんが、さりげない絵柄が気に入って選んでみました。花柄が四種類、うさぎ柄が三種類。ランチボックスとしてもお使いいただけます。これを機会に少しでも多くの方々にご入会していただけたらと思っています。作家・東理夫の「美しい味を語る」も本日夜よりアップ致しました。よろしかったら、ご感想などお寄せください。 |
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| 5月23日(金) 旧暦:四月廿三日 友引 丙申 曇り時々薄日 作家の東理夫さんをゲストにお迎えした「美しい味を語る」のインタビュー記事について、ご本人より内容承諾のご返事をいただきました。来週月曜日にはサイトに掲載する予定ですので、どうぞお楽しみに。 |
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| 5月22日(木) 旧暦:四月廿二日 先勝 乙未 曇り時々晴れ間 さるやさんの楊枝の件で会員の方からメールをいただいたのがとてもうれしく、入会プレゼントの第二弾をあれこれと考えているところです。高価なものはご用意できないのですが、食にかかわるちょいっとしたものがよいなぁ・・・。週末にいろいろと歩いて見つけてきたいと思います。友人から薦められて宮部みゆきさんの『初ものがたり』を読み始める。江戸の初ものにまつわる事件を、深川回向院そばに住む岡っ引きの茂七が解決してゆく物語。絶品の文章力。正体不明の稲荷寿司屋の親父がつくる料理の、なんとおいしそうなことでしょう。 |
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| 5月21日(水) 旧暦:四月廿一日 赤口 甲午 晴れ時々曇り 本日、小満。陽射し、気温ともに盛んとなり陽気天地に満ちるの意味ということですから、それに相応しい良い一日でした。さるやさんの楊枝のことで、本日も会員の方からお礼のメールをいただきました。「さるやの爪楊枝が届きました。やっぱり本物は良いですね。これだけで食卓にある種の緊張感がでます。醤油さしや塩、胡椒、箸置き。昔は食卓に必ずあったものが、今無くなりつつあるのは寂しい気がします」なるほど、ありがとうございます。箸置きひとつで食卓に季節感が出たり、食べることが楽しくなったりすることがありますものね。 |
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| 5月20日(火) 旧暦:四月廿日 大安 癸巳 曇り、夕方より土砂降り 朝から、今月の「美しい味を語る」のゲスト、東理夫さんの記事を書く。東さんの著作や関連する書などを読んでいたら、まとめるのにかなり時間がかかってしまいました(お祭もありましたし)。午後より、薄日差す。夕方、隅田川沿いでも散歩しましょうかと出かけたとたんに、ぽつりぽつりと降り始め、土砂降りに。ほうほうの態で家に帰りました。ここ数日イッテツの姿をあまり見かけないと思っていたら、お蔵にこもってなにやらこさえているようです。さて、なにができることやら。 |
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| 5月19日(火) 旧暦:四月十九日 仏滅 壬辰 雨のち曇り もう梅雨に入ってしまったのかしら、というくらいはっきりしない毎日が続いています。神田、三社のお祭も終わり、なんだか気が抜けたよう。今日は一日中家で過しました。夕方、四月に入会してくださった会員の方から、「さるやさんの楊枝が届きました」とのメールをいただきました。ありがとうございます。会員の方からのお便りは、うれしいものですね。 |
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| 5月18日(日) 旧暦:四月十八日 先負 辛卯 曇り 午後からようやく熱も下がり、夕刻、浅草へ。せめてお神輿の宮入りだけでも見たいと思ったからです。朝早くに浅草神社を出発した三基のお神輿が、氏子四十四カ町内を渡って帰ってくるのは夜の八時頃。それくらいならちょいとばかし無理しても、と浅草神社の境内で待っていると、宮入りが二時間半ほど遅れるとの放送が流れました。地元の方たちの情報によると、遅れている原因は喧嘩だそうです。最近では三社祭もすっかりブランドになってしまい、各地の神輿同好会の人たちがたくさんやってくるとのことですから、途中で担ぎ手同士の小競り合いでも起きたのでしょうか。このまま待っていると宮入りは十一時頃。一緒についてきてくれたキタイを見ると、ものすごい目でにらんでいるので、やむなく帰宅。初めての三社祭は、なんとも冴えないものになってしまいました。 |
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| 5月17日(土) 旧暦:四月十七日 友引 庚寅 曇り 朝、頭が重く寒気もするので体温を測ると三十八度二分。昨夜、少し肌寒いと思いながら歩いていたのがよくなかったようです。せっかく楽しみにしていた三社祭。無理してでも出掛けようと思いましたが、キタイに止められてしまいました。「梅干し粥でもつくりますから、今日はお休みください」こういう時のキタイには、なぜか逆らえません。終日布団の中でうつらうつらしていました。 |
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| 5月16日(金) 旧暦:四月十六日 先勝 己丑 曇り 今日から三社祭。日中は用事があったため大行列は見逃してしまいましたが、お祭りの気分を味わいたくて、夜の七時過ぎに浅草へ。雷門から仲見世に入ろうとしたら、いつもの大提灯がありません。近くの派出所のお巡りさんに聞いたところ、修復のために八月まで取り外されてしまったのだそうです。暖簾のない小料理屋みたいで物足りない感じがしましたが、ちょうど町内神輿の宵宮渡御が始まったところで、町のそこかしこから威勢のよい掛け声が響いていました。先週は神田祭を楽しみましたが、こちらは町の造りのせいもあるのでしょうが、内輪でぎゅっとした感じがいいですね。境内をゆっくり一回りして駒形橋の方へ、ぶらりぶらりと結局十時過ぎまで歩いてしまいました。 |
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| 5月15日(木) 旧暦:四月十五日 赤口 戊子 終日雨 午後インターネットで調べものをしていたら、鮪や鱈、平目など食用になる代表的な魚が、過去五十年間で九十%も減少したというニュースが出ていました。乱獲が進み、世界各地の海での総漁獲量が大幅に減っているのだそうです。人間が地球に存続するために最も有効なのは、人間がいなくなることだ。と言ったのはレイチェル・カーソンだったでしょうか。もし海に魚がいなくなってしまったら、「美しい味」もなにもあったものではありません。夕餉の食卓に、金目鯛の煮付け。いただきます、とあらためて頭を下げるわたくしでした。 |
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| 5月14日(水) 旧暦:五月十四日 大安 丁亥 曇り後雨 子母澤寛氏の『味覺極楽』があまりに面白く、朝方まで読みふけってしまいました。およそこの世のあらゆるものは時とともに移り変わっていくものなのでしょうが、こと食に関するかぎり、つくる方も食べる方も、この本が書かれた昭和二年(1927年)と比較して、明らかに後退しているように思えます。「東京の食べ物やは、どうしてこんなに気障になったのでしょう。たべ物をうまく食べさせるというよりは下手に気取ってばかりいる。第一、天ぷらがそうだ、寿司がそうだ。天ぷらだの、握り寿司だのというものは、どっちかというと下手味(げてみ)なものだ。それがまたうまい。下手味の中に、下手味をそのまま生かして、それでいてすっきりと洗練したサッとくる感じ」下母澤氏の書く文章のなんと味わい深く豊かなことだろう。 |
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| 5月13日(火) 旧暦:四月十三日 仏滅 丙戌 終日薄曇り 昨日、紹介しました『味覺極楽』という本ですが、実は食べものの本の中で種本として珍重されてきた名著であることがわかりました。なるほど、どうりで面白いわけです。たとえば、ご飯は冷がおいしいなどとよくいいますが、おそらくこのことが巷間流布する元となったと思われる話も出てきます。芝の増上寺大僧正であった道重信教氏に聞き書きした〈冷や飯に澤庵〉という話です。「本当の飯の味が知りたいなら、冬少しこごっている位のひや飯へ水をかけて、ゆっくりゆっくりと沢庵で食べてみる事ぢや、この味は恐らくわしのような坊主でなくては知るまいが、うまいものぢや」キタイに頼んでさっそく試してみましたが、わたくしはご飯はやはりあたたかい方が・・・、食の通にはどうもなれそうにありませんね。 |
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| 5月12日(月) 旧暦:四月十二日 先負 乙酉 「こと食に関するかぎり、最近のものより昔に出版されたものの方がはるかに面白い」作家の東理夫さんもエッセイに書かれていますが、このホームページを立ち上げてから、古書店を見かけると立ち寄っては食の関係の本を探すのが日課となっています。今日も『味覺極楽』という本が目に留まり、買い求めました。この本は昭和三十二年に書かれたもので、著者は名著『新撰組始末記』の子母澤寛氏。氏自らが子爵、資生堂主人、増上寺大僧正といった方々に食にまつわる話を聞き書してまとめたもの。一話一話に丁寧な脚注がついて、氏の丹念な仕事振りがうかがえます。ゆっくりと読ませていただこうと思っています。 |
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| 5月11日 旧暦:四月十一日 友引 甲申 今日はお祭りのクライマックス、神輿宮入。中でも圧巻だったのは築地魚市場と大田青果市場の両お神輿。『魚がし』と粋な江戸文字で書かれた高張り提灯を掲げ、「酒なんぞ飲んでる奴には、担がせねぇからな」と神田明神の境内へどっとなだれこんでいった築地衆。白地に赤く『市場』と染め抜かれた揃いの法被を着た若い衆に担がれた神輿が明神坂をゆったりと登っていく姿も、さすが千貫神輿と呼ばれるだけのことはあって堂々たるもの。わたくしもあの輪の中に入っていきたいと思いました。やはりお祭りは見て楽しむ以上に参加してはじめて楽しめるもの。三代続かないと江戸っ子とは呼ばないとはよく言ったものでして、わたくしのような半端な江戸っ子にはこのお祭りの本当の良さはわからないのかもしれませんね。夜、キタイがたたいてくれた初鰹を食べながら、二人でそんな話をしました。 |
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| 5月10日 旧暦:四月十日 先勝 癸未 神田明神を出発した鳳輦神輿が一日中かけて氏子町内を回る神幸祭。わたくしも三時半頃に日本橋三越へ。今年は江戸開府四百年ということで、平将門公の縁の深い福島県の相馬騎馬武者(将門公は相馬氏の始祖)と東京芸大の山車が参加、ちょうど三越前から行列に加わるということで、曳く人と見る人でごった返していました。行列はまだかまだかと盛り上がる中、中央区と千代田区の区長さんが真っ赤なポルシェのオープンカーに乗って通り過ぎていきました。お祭りとはいえ、行列より目立っちゃあいけませんよねぇ。見物客の人並みの中、車椅子に乗った半纏姿のおばあちゃんを見守りながら楽しそうに行列を見ていた地元の家族が印象的でした。きっとこの日を楽しみにしていたんでしょうね。 |
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| 5月9日 旧暦:四月九日 赤口 壬午 今日は、神田明神の氏子町内百八カ町の各神輿に御神霊をお入れする儀式。お神輿は大小合わせて約二百基にもなるのだそうです。夕方、神田駅の前を通りましたら、駅の構内で威勢のいい掛け声が聞こえていました。 |
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| 5月8日(木) 旧暦:四月八日 大安 辛巳 旧灌仏 時折、ホームページを訪ねてくれるフランスの友人エミちゃんから「日記に山菜のことが書かれていて懐かしく読みました」とのメール。フランスにはいわゆる山菜はないそうですが、フォンテンブローの森が砂地で蕨が採れるらしいという話を聞いて、行ってみたことがあるそうです。蕨は見つかったものの、太くて硬くてアクが強くてとても食べられなかったとのこと。また日本人会ではブーローニュの森に山菜を探しに行こうツアーを毎年行っていると書かれているのを読んで、東理夫さんが先日の取材の折「あと何世紀もたったら、日本人は絶滅しちゃうんじゃないかな」とおっしゃっていたのをなぜか思い出しました。たらの芽とふきのとうが懐かしい、と彼女。お昼前から振り出した雨。夕刻から風が変わり、肌寒い夜となりました。本日、神田祭初日。 |
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| 5月7日(水) 旧暦:四月七日 仏滅 庚辰 お昼前に鎌倉から帰り、午後は東理夫さんの著書を読んで過ごしました。 食について書かれたエッセイ集『トマトの味噌汁』。東さんの食に対する姿勢と雑食ぶり(ごめんなさい)が書かれています。「夏生まれのせいか、夏が恋しくて仕方がない」から始まり、トマトへの偏(変?)愛が書かれた巻頭のエッセイがとくに良かったです。夕刻、キタイが新潟から、ねぎを背負ってひょっこり帰宅。あれから何度も山に入ったものの、アスパラガスに似た幻の山菜はとうとう見つからなかったそうです。やれやれ。「そのねぎはどうしたのですか?」と聞くと、替わりにいただいたのだということ。京都の九条ねぎくらいの太さで、蔵下ねぎというのだそうです。夕餉の味噌汁にキタイがすととんと刻んで出してくれましたが、からさを甘さのベールが覆っているようなおいしいお味でした。
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| 5月6日(火) 旧暦:四月六日 先負 己卯 立夏 朝、「暦の上では、今日から夏です」という毎年おきまりのニュースを伝えるテレビキャスターの声を聞きながら身支度を整え、JR新日本橋駅へ。行き先は、鎌倉。今日は、先週から楽しみにしていた作家の東理夫さんにお会いできました。東さんのご自宅は地元の人が裏駅と呼ぶ西口からタクシーで五分ほど、北鎌倉に抜ける谷戸の中に木々に囲まれてありました。ベルを鳴らすと、お電話での優しい声そのままの東さんと奥さまが玄関のドアを開けてくださいました。初夏の日差しが柔らかに差し込むリビングへ。気さくなお二人にも支えられて、あっという間の三時間でした。お二人で参加していらっしゃる『良い食材を伝える会』のことから、推理小説家ロバート・B・パーカーがシリーズの中で登場させている料理を取り上げた著書『スペンサーの食卓』以来のテーマであるアメリカの食、そして日本人と人類?の未来まで。東さんの口から汲めども尽きぬ泉のように溢れ出すお話の数々は、ご自身の体験と幅広い見識に裏打ちされ、主観的でありながらも客観的、日本人でありながらも世界人。経験も知識もないわたくしには上手く言えないのですが、なんとか次回の「美しい味を語る」でご紹介したいと思います。お昼過ぎ、お二人にお見送りしていただき、鎌倉駅へ。浄明寺に住む叔母に電話をし、今日はそのまま鎌倉泊。夜、東さんから頂戴した自伝的エッセイ『湘南』を読みふける。 |
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| 5月5日(月) 旧暦:四月五日 友引 戊寅 GW最後の三連休、地元日本橋でゆっくりと過ごしました。風薫り、緑滴る五月が通り過ぎて行く。江戸っ子にとっては、いよいよ胸躍るお祭りの季節がやってきました。とくに江戸開府から四百年目の今年は、神田明神の本祭と浅草の三社祭が肩を並べるという豪華さ。わたくしも二十数年前に神田祭を一度見たきりなので心待ちにしています。幼馴染みのタイちゃんが働く山本海苔店も神田祭とは大層縁が深く、先代が神田明神の氏子総代を務めていらっしゃるとのこと。室町一丁目の本店に飾られたお神輿、いまかいまかと出番を待っていることでしょうね。夕暮れ時、柳橋のあたりから出て隅田川沿いを散歩。駒形橋まで来たところで、鰻の『前川』の看板が目に入り、どうしても通り過ぎることができず、ふらふらと。白焼とからし茄子を注文し、ビールを一杯。隅田川を望む窓席から川面を見ているとゆったりとした気分になり、昔の人たちがなぜこの川を大川と呼んで親しんでいたのかがわかるような気がしました。建築されたばかりの頃、雲古ビルなどとからかわれたという某ビール会社のビルも、今では違和感なく風景に溶けて見えるのが不思議、不思議。 家に帰ると、キタイから電話あり。もうしばらくに新潟に留まるとのこと。 |
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| 5月2日(金) 旧暦:四月二日 大安 乙亥 五月晴れの午後、料理研究家の高木泉さんのお宅にお邪魔しました。わたくしの初めての対談のお相手をしていただいてから、約1ヶ月振りの訪問です。わずかな間にも季節は移り、玄関先では小さな黄色い花をぎっしりとつけた木香バラがわたしたちを迎えてくれ、お庭には見事な石楠花をはじめ春の花々がそこここで咲き誇っていました。高木さんには、このホームページを実際に見ていただきながら率直な感想などをお聞きしました。高木さんから強く要望があったのは、「日本の味を一生懸命守っていこうとされている生産者の皆さんのことをぜひ取り上げて欲しい」ということ。高木さんご自身も『良い食材を伝える会』というNPO法人に入会されていて、メンバーの方々と様々な活動をされていらっしゃるのだとか。この連休中にも千葉にある畑に野菜の種と苗を植えに行くのだそうです。また会を通してお知り合いになられた作家の東理夫(ひがし・みちお)さんをご紹介してくださり、早速連休明けにお会いできることになりました。子供の時分から食べることが大好きだった(今はお酒が大好きとか)という東さん。どんなお話をお聞きできるか、楽しみです。今日は、八十八夜。夏が近づいています。 |
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| 5月1日(木) 旧暦:四月一日 仏滅 甲戌 (昨日の続き)新潟に滞在三日目、Sさんの家の近くを散歩していると、玄関先に敷いたゴザの上でなにやら干しているおばあさんに出会いました。何をしているのですか?と尋ねると、「ぜんめぇ、干してらぁよ(ぜんまいを干しているんですよ)」 山菜の中でもぜんまいはアクが強くてそのままでは食べられず、一旦干したものを戻して使います。干す時もただ干すだけではなく、手でもみながら干す。もみ方が足らないと、戻しても繊維が固くて食べられないそうです。干す、もむ、干す、もむ、干す。この手間が、ぜんまいという野草をおいしい食材に変えていくのです。この辺りではこうして乾燥させたぜんまいを、旅館に卸したり、自家用に保存して使うのだとか。そんな話をおばあさんからお聞きし、Sさんがつくってくださったけんちん汁もより一層おいしく感じられたのでした。短い滞在でしたが、ほんとうにいろいろと勉強になりました。ご馳走様でした。ところで、我が家の料理人キタイですがS夫妻より「アスパラガスに似た幻の山菜がある」と聞き、もうしばらく留まることになりました。その山菜をどうしても味わってみたいそうです。そんなわけで、わたくしはしばらく一人。今晩の夕食は、S夫妻よりいただいたコシヒカリを炊いて、炙った帆立と千切りにした紫蘇と海苔をのせた丼をつくってみました。留守番電話に、タイちゃんから「根津神社の躑躅が盛りらしいけれど・・・」との語尾が切れたおもはゆいメッセージあり。
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