GANKOの日記
2003年 10月    
MON TUE WED THU FRI SAT SUN
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
バックナンバー>>

10月31日(金) 旧暦:十月七日 仏滅 丁丑 晴れ
夕方、大き目のトランクを持って横須賀線の新日本橋駅へ。鎌倉に向かう。「円覚寺の風入れを見に来ない?それに来週は山内(静夫)さんとの対談でしょ。久し振りにこっちでのんびりしたらどう?」と節子叔母が誘ってくれたので、一週間鎌倉で過ごすことにしました。電車の中で、昨日散歩の途中で買った『日本橋街並み繁盛記』(白石孝著 慶應義塾大学出版会)を読んでいたらあっという間に鎌倉駅に。浄明寺に向かうタクシーの窓に、色付き始めたお山の木々が流れていきました。鎌倉はしっとりとよい季節になってきました。

10月30日(木) 旧暦:十月六日 先負 丙子 晴れ
パリのエミちゃんから便りあり。フランスはちょうど秋休み(TOUSSAINTS いわゆる ALLSAINTユS DAY)で、彼女は子供たちを連れてアルザスの山荘に出掛けていたそうです。「フランスらしいまわりになーんにもない(写真のような)高速を突っ走って六時間。走り疲れて山荘に着いたら山道で鹿の一家に会い、とてもいい思い出になりました」先日のシンキチくんのメールには北海道の牛、エミちゃんからはアルザスの鹿、なんだかちょいと不思議な感じです。
パリは、酷暑から秋を飛ばして冬になったかのような寒さとか。「秋の味覚は、今年は猛暑のせいで栗などが石の様に固くて食べられないし、きのこもまあまあです。いつものごとくFARMEでできたてのチーズかな」

10月29日(水) 旧暦:十月五日 友引 乙亥 晴れ
大荒れの昨日から一転、蒸し暑いようなおかしなお天気。阿木燿子さんとの対談をまとめたものがようやくできあがり、事務所に送る。ご本人に確認していただくため、少し時間がかかるようです。マネージャーの橋爪さんより、「十二月の曽根崎、ぜひいらしてくださいね」とのお誘い。十二月三日から七日まで、阿木さんがプロデュース・作詞をされる『曽根崎心中』がルテアトル銀座で上演されることを対談のときに聞いていたのでした。阿木さんが「自画自賛になっちゃうけど、ほんとに自信作なの」とおっしゃっていたこの作品は、近松門左衛門の名作を阿木さんがフラメンコとして見事に蘇らせたもの。音楽監修・作曲は、ご主人の宇崎竜童さん。ぜひ行きたいと思っています。過去二年の上演では、会場で涙を流す中年男性もたくさんいらしたということなので、タイちゃんも誘ってみようかしら・・・。
夕方、浅草から国際通りをまわり白鬚橋の方へ。途中で立ち寄った鷲神社は、十一月八日の酉の市の準備の真っ最中でした。〈長命寺桜もち〉で一休みして帰る。

10月28日(火)旧暦:十月四日 先勝 甲戌 雨、時々ひどく
昨日のシンキチくんメールの続き。
「で、やっと本題ですが、私が観てきた牧場はお店でも売ってる牛乳ですが、単一牧場の乳でできた牛乳をつくっているというものです。美味しい牛乳=牛にやさしい。これに尽きます。えさ、環境、そして愛情。普通3年もすると処分される牛が10年も乳を出し続けることができる。雌しかいない牧場に雄の牛も自然のまま育てる。今度、自然受精も試みるそうですが、この当り前のことができずにいるのが現実です。どうも取りとめがなくなってしまいました。今回の北海道は理想と現実が入り乱れ、ラーメンも食べられず、ちょっと不本意なものでしたが、同じ牛乳に少しでも本当に良いものがあって良かったと思わせてくれたのが大きな収穫でした」と、シンキチくんのメールは終わっていました。あたりまえのことができない国・・・。今日、雨の中この国の新しい行方を左右する衆議院選挙公示。

10月27日(月) 旧暦:十月三日 赤口 癸酉 曇り時々晴れ
阿木燿子さんの対談をまとめて過ごしていたところ、北海道よりシンキチくんのメールが届く。「北海道は寒くなり、ラーメンがおいしい季節になりました」食いしん坊のシンキチくんのことだからきっとそんな便りでしょうと思って開くと、寒さは寒さでも気持ちが寒くなってしまうような内容でした。
「がんこさん、ご無沙汰をしております。北海道に工場、牧場視察に来ています。場所は別海町と札幌。今回ご報告するのは美味しい話というよりも、この酪農王国で聞く話は国によってコントロールされている今の酪農産業の現実です。美味しい牛乳とはなんでしょう。それは乳脂肪分が高いこと。北海道の牛乳の乳脂肪分は年々高くなり平均4.0%を超えています。よく牛乳のパックにある3.6とか3.8とか表示がしてあります。4.0になると高級牛乳クラス。濃いです。これとは別に加工乳といって人工的にクリームなどを加えて乳脂肪分を高める濃厚牛乳がありますが、ここでは成分無調整の牛乳自体の乳脂肪分をいいます。そんな中乳牛たちは酷使され処理される現実はなんともやりきれないものです。乳脂肪分が高い乳を牛から搾るには草ではなく、穀物や狂牛病で有名な牛骨粉を食べさせるわけですが、本来、牛の体は草を反芻しながら食べるようになっているので穀物系の餌はけして牛にとっては良いものではないのです。また当然、妊娠させなければ乳はでませんので、人間もそうですが、繰り返しの妊娠は体を消耗させます。今は100%近く人工授精で良い血統の雄牛の精子で妊娠させるそうです。だから牧場には雄牛はいません。生まれた雄の子牛はしばらくすると処分場に連れていかれ食肉用になります。私たちの贅沢な欲求は牛の酷使=狂牛病の発生というしごく当たり前な結果となったわけです」と、ここから本題なのですが少し長くなりましたので、続きはまた明日の日記で。

10月26日(日) 旧暦:十月二日 大安 壬申 晴れ
さわやかな秋晴れの一日。先週。できなかった阿木燿子さんとの対談をまとめて過ごす。夕方から、イッテツと隅田川沿いをゆったりと散歩。風の中に枯葉が混じるようになっている。夜、あんかけ豆腐と向田邦子さん流豚しゃぶ。そういえば、新潮社にお願いしている向田和子さんへの取材依頼はどうなってしまったのでしょう。

10月25日(土) 旧暦:十月一日 仏滅 辛未 曇り
今日は、江戸開府四百年を記念した「江戸東京“華”パレード」のため日本橋から銀座までの中央通りは大変な人手でした。市川猿之助さんが総合アドバイザーをされたそうですが、パレードの中に江戸の初期から平成までの移り変わりが見えてなかなかの見物でした。今年一年いろいろな記念行事があった日本橋界隈、ずいぶん楽しませてもらいました。

10月24日(金) 旧暦:九月廿九日 先勝 庚午 曇り
会員になっていただいた方への記念品として差し上げていた巾着の数が残り少なくなってきたため、代わりに作製していた特製バンダナが完成。紺色の地に白波と登場人物をあしらったデザインはちょいと粋なところもあって、自我自賛の仕上がりです。来週末にはお披露目する予定ですのでどうぞお楽しみに。旧暦九月の最後の本日は、二十四気の霜降。

10月23日(木) 旧暦:九月廿八日 赤口 己巳 曇りのち雨
夕方、イッテツと散歩に出る。向島に渡って久し振りに〈言問団子〉でも食べようかしらと歩いていたら、俄かに雲行きが怪しくなり、浅草で土砂降り。慌てて仲見世のアーケードに避難。なかなか晴れず。ならば並木の藪さんでちょいとお蕎麦でもと足を向けたら、こちらも木曜定休。雨の中をとぼとぼさいと町まで戻った一人一匹でしたが、晩御飯にキタイのこしらえてくれた里芋の挽肉あんかけに救われました。

10月22日(水) 旧暦:九月廿七日 大安 戊辰 曇りのち雨
先日、高木泉先生のお宅で食したすっぽん雑炊の素は京都の大市(だいいち)から取り寄せたものという話を日記に書きましたが、大市さんは〈百味會〉という京の食にかかわる老舗の集まりの会員でいらっしゃいます。その〈百味會〉のホームページがあるのを知り、とても興味深く読みました。紹介されている七十六店の来歴・こだわりはいずれも一方ならぬものがあり、店構えや商品からはただならぬ気配と気迫が伝わってきます。製法は一子相伝などという話はまるで能楽の世界のようであり、京の名店が食を芸術のひとつと考えていることがよくわかります。千年の都、京都は日本の食にかかわるものにとって避けては通れない関所のようなものですが、わたくしが足を踏み入れるのはまだ時期早々という気がします。まあ、ゆるりと参ることにしましょう。

10月21日(火) 旧暦:九月廿六日 仏滅 丁卯 曇りのち雨
昨日食べたすっぽん雑炊のおいしさに胃の腑がびっくりしたのかどうか、体調がちょいとばかしぐずぐずしてしまい、家で過ごす。夕方、神田の〈山の上ホテル〉まで歩き、ラウンジでコーヒーを飲む。カルチェラタンの木々を揺らす風に雨の気配・・・と思ったら夜から降り出してきました。

10月20日(月) 旧暦:九月廿五日 先負 丙寅 曇り
タイちゃんが勤務する山本海苔店に、野村大さんという経営コンサルタントがいます。今日はその野村さんのご紹介で、食文化比較ジャーナリストの安藤エリザベスさんにお会いしてきました。N.Y.出身のエリザベスさんは医学部の学生だった時分にスカラーシップを使って四国は高知県の山村に来日され、地元安藤家の先代当主の奥様(ご主人の御母上)に日本料理を教えられ、今に至っているのだそうです。安藤さんは六年前から世田谷に「文化の味(A Taste of Culture)」という外国人向け日本料理教室を主宰されています。今日は、そこで開催された〈海の幸〉をテーマにした試食会に五名の在日外国人の方々と一緒に参加しました。エリザベスさんのお話やおつくりになられる料理は、まさに日本では失われつつある味の文化。それを外国の方々が熱心に聞いていらっしゃるのに大変驚くと同時に、こうしたことをいまの日本人がどれくらい知っているのだろうと、なんだか皮肉めいたものを感じました(日高昆布と羅臼昆布と利尻昆布の味の違いをわかります?)試食会終了後、少しお時間をいただきエリザベスさんにインタビュー。エリザベスさんがお豆腐で生きていることを知る。詳しい内容は、十二月頃にお届けできると思います。三時半頃、教室を辞し、急いで高木泉先生のお宅へ。先週打ち合わせした料理の撮影に立ち会う。すっぽん雑炊には、なんと京都の大市から取り寄せたほんまものが入っていました。いずみ先生、尾田カメラマンと忘年会の話をして盛り上がる。食べ過ぎたお腹をかかえて、帰宅。

10月19日(日) 旧暦:九月廿四日 友引 乙丑 晴れ
天気予報通りに雨上がり、秋らしい気持ちの良い一日。新潟から宅急便が届く。椎茸、滑子(なめこ)、ほうれん草、春菊、獅子唐など秋の味覚に混じって、真っ赤な鬼灯(ほほづき)が八つ。段ボール箱の中に小さな秋景色が広がる。夕方、隅田川沿いをイッテツと昨日の分まで散歩する。夕ご飯はキタイが新潟の野菜でこしらえた料理が食卓に並ぶ。春菊をさっと茹でて鰹節をかけ回しただけなのにどうしてこんなにおいしいのだろう。野菜と一緒に入っていた紫蘇の実の味噌漬けでご飯をお代わりする。

10月18日(土) 旧暦:九月廿三日 先勝 甲子 朝のうち晴れ、曇って雨
新潟のSさんより「茸など採れましたので送ります」との電話をいただく。挨拶に出たキタイに代わってしばらく話をする。今年の稲刈りは例年より半月ほど遅く、昨日ようやく終えられたそうです。作柄は予想通り大分悪いということですが、自分たちが食べる分と息子さんや親しい人たちに差し上げるくらいはなんとかならぁねと笑っていました。半年間一生懸命に育ててこられたお米なのになんとも有難いことです。深山のブナが色付きはじめてきたそうですが、風邪など引かぬようにお元気でお過ごしください。午後より空が掻き曇り雨が落ちる。散歩は中止。

10月17日(金) 旧暦:九月廿二日 赤口 癸亥 晴れ
阿木燿子さんの取材テープを聞きながら、少しずつ文章にまとめて過ごす。阿木さんの声は、おいしいスープのようだ。いただいた『ほっぺたぽろりんレシピ』を眺めていると、キタイが「どれかひとつこしらえてみましょうか」とお豆腐カナッペに挑戦する。水切りして丸く切り抜いたお豆腐に漬物や佃煮を可愛くのせる阿木さんらしい料理は、目にも楽しい一品でした。夜、シンキチ君から久し振りにメールが届く。「お酒が美味しい季節になってきました。鹿児島では新芋が採れて新焼酎(ヌーボー)が出てきました。日本酒もひやおろしが出揃いました」ひやおろしは、冷降ろしと書くのでしょうか。美しい言葉ですね。

10月16日(木) 旧暦:九月廿一日 大安 壬戌 晴れ
久し振りの秋らしい一日。赤坂で阿木燿子さんとお会いしてきました。料理や食べ物のことを話す阿木さんは快活で、ほんとうに楽しそうでした。言葉が口元に次々に咲いていくような感じ。「野菜を立たせてみたかったの」「トマトにスカートを穿かせたらきっと似合うと思って」「無数の組み合わせがある言葉と料理の世界はとてもよく似ている」「つくりたい料理は頭の中に落っこちてくる」「料理に魔法をかける。デパ地下のお惣菜にはきっと魔法がないのよ」・・・、印象に残る言葉の花弁がいくつもあります。対談としてまとめるのがとても楽しみです。

10月15日(水) 旧暦:九月廿日 仏滅 辛酉 曇りのち晴れ
朝、横須賀線で大船へ。山内静夫さんが会長をされている鎌倉ケーブルコミュニケーションズの建物は、元松竹大船撮影所脇の住宅街を抜けた小高い丘の上にありました。緊張しながら二階のオフィスに入っていくと、山内さんが会長室のドアを開けて待っていてくださいました。小津特集が組まれているニューヨーク映画祭のオープニングから帰られたばかりの山内さんはとてもお元気そうで、真冬のマフラーのような柔らかな空気をお持ちの紳士でした。当ホームページの主旨をお話すると、「小津先生のお話ならみなさん興味を持つのでしょうが、僕でいいのかい」と少し微笑みながら快く引き受けてくださいました。十一月六日に対談のお約束をいただき、著書『谷戸の風』にサインを頂戴して退席。お会いするまでに、山内さんがプロデュースされた六本の小津作品を見直そうと思っています。東京に戻ってきた頃からお天気も回復し、夕方は久し振りにイッテツと隅田川沿いを散歩。気持ちの良い一日でした。

10月14日(火) 旧暦:九月十九日 先負 庚申 曇りのち雨
寒い一日でした。午後、高木泉先生のお宅で十一月と十二月の料理の打ち合わせ。十一月の季題は白菜、十二月は雑炊。先生が用意してくださったのは、白菜が和洋中お惣菜を各一品。雑炊が具材とスープちがいで三種類。「麻婆白菜はもう少し辛さを効かせた方がいいかも・・・」などとカメラマンの尾田学さんとあれこれ意見を言いながら、試食。中でも水を使わずにつくる白菜鍋はアイデアもお味も絶品でした。来週の撮影本番が楽しみです。試食後、いつものように四方山話。ホームページについて「私が一方的につくるだけじゃなくて、皆さんからの感想やご意見をぜひお聞きしたいなぁ」という先生の声を受けて、今度会員の方限定でいずみ先生への感想・質問コーナーをつくることになりました。五時半頃、お暇する。帰り道に立ち寄った書店で、以前より先生から薦められていた『新歳時記 虚子編』(三省堂)を見つけ、『温泉遺産』(実業之日本社)共々購入する。

10月13日(月) 旧暦:九月十八日 友引 己未 曇りのち大雨
一日、調べ物して過ごす。今週は、火曜日に料理の高木泉先生との打ち合わせ、水曜日に山内静夫さんとの打ち合わせ、木曜日には阿木燿子さんとの対談と予定が目白押しです。山内さんと阿木さんに関することをインターネットで集めたりして過ごしていたら、空が俄かに掻き曇り、ものすごい雨と風。ここ数日なまぬるい日が続いていましたが、空にたまっていた水蒸気が一気に落ちてきた感じでした。さいと小学校でやっていた町内の運動会も、残念ながら途中で中止になったそうです。

10月12日(日) 旧暦:九月十七日 先勝 戊午 雨のち曇り
叔母より電話があり、山内静夫さんと連絡がとれたとのこと。ひとまず15日に鎌倉にお伺いし、ホームページの主旨をお話しさせていただくことになりました。お会いするのが、とても楽しみ。なにしろお聞きしたいことが山ほどあるのですから。夜、テレビを見ていたら『情熱大陸』という番組に醗酵学者の小泉武夫さんが登場されていて、西表島のヤシガニと大鰻を玉の汗を流しながら食べていました。小泉さんもいつかお会いしたいと思っているお一人です。

10月11日(土) 旧暦:九月十六日 赤口 丁巳 曇りのち雨
生ぬるい日だと思っていたら、夕方から雨。散歩の途中、書店で前から気になっていた小川洋子さんの『博士の愛した数式』(新潮社)を読む。予想通りの美しい小説でした。読み触りが、柴田元幸さんの訳したポール・オースターと似ています。わたくしは、美しい味と同じくらい美しい文章も好きなのです。

10月10日(金) 旧暦:九月十五日 大安 丙辰 曇り
一日、手紙やメールなどを書きながら過ごす。午後、鎌倉の節子叔母と長電話。大塔宮の薪能のことなど話す。大塔宮のそれは、薪能が始まったとされる奈良の興福寺と同じく、山の中から松明を持った僧兵が降りて来るところから始まるそうですが、あの境内の闇の中からぬうっと現れる僧兵はさぞかし幽玄なことでしょうね。来年はぜひ観たいものですが「申し込み葉書を何十枚と出してもなかなか当選しないのよ」とのこと。「あ、それと山内静夫さんは無事帰られたようよ。また連絡するね」夜、キタイと湯豆腐をつつく。

10月9日(木) 旧暦:九月十四日 仏滅 乙卯 曇り、時々晴れ
朝、竹橋へ。所用を済ませた後、神田から御茶ノ水を抜けて湯島まで歩く。天神様にお参りをした後、そばにあった〈鳥つね〉というお店で昼食をとる。黄身、というかオレンジ身といってもいいほどの鮮やかな卵がとき回された親子丼はなかなかのお味でした。午後は、ホームページ運営スタッフの定例会。トップページの見直しや次の体験道の企画、会員の皆様への特典の見直しなどについて話す。今月の下旬には新しくなる予定ですのでお楽しみください。

10月8日(水) 旧暦:九月十三日 先負 甲寅 曇り
今日は、十三夜。旧暦八月の十五夜が芋名月というのに対して、栗名月、豆名月ともいうのだそうです。冴え冴えとした良いお月様でした。そういえば今夜は鎌倉大塔宮の薪能、伯母もさぞや堪能したことでしょう。

10月7日(火) 旧暦:九月十二日 友引 癸丑 曇り
肌寒い一日。キタイが「今日はおでんにいたしましょうか」というので、夕刻室町まで出かけて〈神茂〉さんでおでん種を買う。土鍋の中でお出汁をすってぷかぷかと浮かんでいるはんぺんももちろんよろしいのですが、炙って生醤油をかけまわしてビールのつまみにしていたのがちょいと恋しくもある今日この頃です。

10月6日(月) 旧暦:九月十一日 先勝 壬子 朝方雨、のち曇り
いずみ先生の「季題でつくる美しい味」が新しくなりました。今月の季題は、茸の王様であらせられる松茸。松茸といえばお吸い物や土瓶蒸しなど香りを楽しむ料理がよく知られるところですが、今回の先生は一本丸ごと使った天ぷらとステーキ丼をこしらえてくれました。「一年に一回くらいこんな贅沢をするのもいいじゃないですか」とキタイも言って(けしかけて)くれたので、今晩の我が家の食卓には国内産の松茸を使ったステーキ丼が鎮座しました。夜、叔母が送ってくれた山内静夫さんの著書を読む。失われた時間や人に対する想いがつまった本です。秋の気配が窓ガラスを通して漂ってくる。

10月5日(日) 旧暦:九月十日 赤口 辛亥 曇り、時々晴れ
鎌倉の節子叔母から郵便が届く。封を開けると一冊の本が入っていました。『松竹大船撮影所覚え書 〜小津安二郎監督との日々』、著者は小津映画のプロデューサーだった山内静夫さんです。「どうしたの、これ?」と叔母に電話をすると、「あなたの対談のお相手にいかがかしらと思って。私の知り合いにごく親しい方がいらっしゃるんだけど、良かったらお声をかけていただくけど、どうする?」「どうするもなにも、ぜひお願い」山内さんは現在ニューヨークの映画祭に参加中とのことで、八日にお帰りになられるそうです。あの小津監督と深くかかわっておられた方とお会いできるなんて、なんだかどきどきしてきました。

10月4日(土) 旧暦:九月九日 大安 庚戌 晴れたり曇ったり
京都の知人から、丹波の栗が届く。「これは、これは。また大ぶりの・・・。栗は陽に当てると甘さがぐんと増すんですよ」とキタイが言うので、さっそく笊に入れて縁側に出す。夕餉に栗ご飯にしていただきました。芹をたっぷりと入れた鱈ちりとの相性も良く、思わぬ贈り物に秋を感じることができました。

10月3日(金) 旧暦:九月八日 仏滅 己酉 曇り、時々晴れ
今日、山口瞳さんの『行きつけの店』(新潮文庫)という著書を読んでいたところ、小樽にある割烹旅館〈海陽亭〉のことを書いた文章の中から、ふいに阿木燿子さんの名前が現れたのでびっくりしてしまいました。十六日に阿木燿子さんとお会いするにあたって、ご本人のことをいろいろ知らないといけないと思っていた矢先だったからです。その本にしても昨日の夕方、散歩の途中で入った本屋さんでたまたま書名に惹かれて手にとった一冊、それまで山口瞳さんの本は読んだことはありませんでした。一見何も関係のない事どうしがあるときにひょいと結びついて現れることを、かのユング博士はシンクロニシティと名付けましたが、人が生きていく中の所々にはこうした仕掛けがちりばめられていて、人間がハッとするたびに神さまがにやりとされているような気がします。 夜、神楽坂へ。先日かくれんぼ通りで見つけたお店『紺屋』で、友人の物書きKと会う。

10月2日(木) 旧暦:九月七日 先負 戊申 晴れ
半月ほど前のことですが、毎週楽しみにしている読売新聞の「お品書き」という連載に作詞家の阿木燿子さんが登場されていて、煮豆の話が家族のことと一緒に語られていました。それがとっても素敵な話で、もっと聞いてみたくて是非直接お会いしたいとお願いしたところ、快くご返事をいただき、今月の十六日にお会いできることになりました。阿木さんは今月『ほっぺたぽろりんレシピ』(この題名がまたなんともいいじゃありません!?)という料理の本をお出しになられるそうで、宇崎家(ご主人は宇崎竜童さん)の料理のことや日々の暮らしの事など伺いたいと思っています。そんなわけで、次回の「美しい味を語る」対談は向田和子さんの予定を変更して阿木燿子さんになりそうです。

10月1日(水) 旧暦:九月六日 友引 丁未 晴れ
衣替え、赤い羽根募金、新幹線品川駅、パソコンリサイクル法、ディーゼル規正法、築地割烹〈ふく源〉の河豚。いろんな物や事が始まったり、変わったりした今年の十月一日。ネットのニュースで、鰯の値段が鮪より高くなるという記事を目にしました。かつて獲れ過ぎて畑の肥料になどしていた罰があたったのかもしれません。銀座の〈いわしや〉さんもさぞやお困りのことでしょう。