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| 12月31日(水) 旧暦:十二月九日 友引 戊寅 晴れ キタイは夕方までおせちづくり、家の中に煮〆のいい匂いが立ち込める。わたくしは床の間に鏡餅を備え、玄関に寒椿を活け、暦を付け替える。 夜、キタイと一緒に何十年か振りに紅白歌合戦を観る。キタイが坂本冬美のファンだったとは知りませんでした。キタイは途中から年越し蕎麦を打ち始め、除夜の鐘を聞きながら食べる。「蕎麦はまだ修業中」ということですが太打ちのなかなかにおいしいお蕎麦でした。十二時半過ぎ、鎌倉の節子叔母に電話。新年の挨拶を交わす。 |
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| 12月30日(火) 旧暦:十二月八日 先勝 丁丑 晴れ 朝からキタイを手伝っておせち料理をつくりはじめる。わたくしの担当は、栗金団(くりきんとん)と金平牛蒡(きんぴらごぼう)。 |
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| 12月29日(月) 旧暦:十二月七日 赤口 丙子 晴れ 朝から家の大掃除をする。今年の三月、祖父が残してくれたこの家に越して来たときは、所々漆喰も剥がれ落ち、屋内には蜘蛛の巣が張っている状態でしたが、少しずつ手を入れてようやく人の住む家らしくなってきました。 |
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| 12月28日(日) 旧暦:十二月六日 大安 乙亥 晴れ 年賀状を投函。年の瀬の江戸通りをのんびりと浅草まで歩く。大ぶりの門松と清酒『振り袖』で正月支度を終えた〈駒形どぜう〉の前を通り、並木の藪蕎麦に入る。お昼を大分回っていたにもかかわらず、店内はお客さんで大賑わい。狭い店内を蕎麦やお銚子が次々と行き交う。繭玉の正月飾りが枝垂れる仲見世を通って、観音様にお参り。帰りに古書店に立ち寄り、『サライ』の創刊号と獅子文六の『食味歳時記』(文藝春秋)を見つける。昭和四十三年に書かれた『食味歳時記』は、東理夫さんが「昔の人の書いた食の本はどれもこれも面白いけれど、中でも」と筆頭に上げていらした本で、以前より探していたもの。読むのが楽しみです。 |
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| 12月27日(土) 旧暦:十二月五日 仏滅 甲戌 晴れ 昨日の忘年会は総勢十七名。山本海苔店の企画部の皆さんをはじめ九重部屋の力士だったという方まで、いろんな人たちが集って賑やかでした。 午後、ようやく年賀状を書き始める。池波正太郎さんは新しい年を迎えるとすぐに来年の年賀状を書き始めたと言いますが、わたくしは何事も切羽つまらないと動き出せない性分でいつもぎりぎりになってしまいます。いただいた名刺を見ながら一枚一枚、今年一年お世話になった方々やお会いした方々を改めて思い浮かべる。 |
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| 12月26日(金) 旧暦:十二月四日 先負 癸酉 晴れ 今年最後の金曜日。今日が仕事納めという会社も多いようです。このホームページを更新してくださっているオッズファクトリーの皆さんも、明日から冬休み。というわけで今年の日記は、今日でお仕舞い。わたくしは、これからタイちゃんのお誘いで山本海苔店の年忘れ会に参加してきます。 |
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| 12月25日(木) 旧暦:十二月三日 友引 壬申 晴れ 今月号の『文藝春秋』に「壊れる家族」という興味深いレポートが掲載されています。岩村暢子さんという方が書かれたこのレポートによると、日本の家庭ではクリスマスがいよいよ愛される一方、お正月は嫌われる傾向にあるとのこと。そしてその傾向は一九六〇年以降に生まれた主婦の家庭で顕著なのだそうです。どこの誰かさんが仕掛けたのかはわかりませんが、「日本文化骨抜き」作戦は大成功といったところでしょうか。そうはさせるかと黒豆を買いに行く料理人もあり。 |
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| 12月24日(水) 旧暦:十二月二日 先勝 辛未 晴れ 鍋奉行という言葉があるほど日本人にお馴染みの鍋料理。どの家庭でも気軽にできるからこそ、奥は深い。そんな鍋の真髄を味わっていただけるような体験道を開きたいというのはかねてからのわたくしの望みでしたが、この度天保元年(1830)創業のあんこう鍋の名店〈いせ源〉さんにご協力していただけることになり、六代目御当主の立川修一郎さんにご挨拶に伺いました。 神田須田町にある本館は、昭和五年建築。東京都の歴史的建造物にも指定されている趣ある造り。体験道は、二階の奥座敷(備前焼でつくられたあんこうの置物があります)を会場に、あんこうが最もおいしいと言われる二月に開催することになりました。立川さんのお話をお聞きながら、秘伝の味を堪能できるのはもちろん、「まいったなぁ。こんなことは普通はしないんだけどなぁ」と立川さんを思わず苦笑いさせてしまった当倶楽部ならではの楽しい趣向もあります。年明けには詳細を発表できると思いますので、ご期待ください。 静かな夜。夕食はキタイが心を込めてこしらえてくれた地鶏の香草焼きと平目の昆布〆。食卓の上に、真っ白なシクラメンの鉢植えを置く。 |
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| 12月23日(火) 旧暦:十二月一日 赤口 庚午 晴れ 今日も穏やかな冬晴れ。天皇陛下は古希を迎えられました。気温が上がってきた頃を見計らって、イッテツを洗う。さて、明日はいよいよクリスマスイブ。高木泉先生から教わったクリスマスワインとお料理を紹介することにしましょう。ワインは千円ちょっと、お料理は簡単にできる一品です。ぜひお試しください。 ワイン:2001コート デュ ローヌ(ドメーニュブリュッセ) フランス ローヌ地方 輸入元の〈成城石井〉ほか紀伊国屋、明治屋でお求めになれます。 お料理:材料は、フランスパン、ネギ、上質のラード。 1)ネギをみじん切りにし、ラードと練り合わせる。 2)パンを薄く切って、1)を乗せてオーブンに入れてきつね色になるまで焼く。 パンの代わりに棒麩でもおいしくいただけます。 |
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| 12月22日(月) 旧暦:十一月廿九日 先負 己巳 晴れ 今日は冬至。日中は比較的穏やか。三越本店に行き、キタイのクリスマスプレゼントに皮の手袋を買う。喜んでくれるといいのですが・・・。日本橋界隈は年の瀬の色を濃くし、山本海苔店の前には立派な門松が並んでいました。夜、お風呂に柚子を浮かべる。 |
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| 12月21日(日) 旧暦:十一月廿八日 友引 戊辰 晴れ 日中は十度を超える穏やかな冬の日、谷中界隈を歩く。日暮里駅で降りて、久しぶりの朝倉彫塑館。大好きな茶室から庭をしばらく見惚れたあと、お寺のある路地をぶらりぶらり歩きながら三崎坂へ。江戸千代紙の〈いせ辰〉に立ち寄り、来年の暦を幾つか選ぶ。海外の友人へ贈ったら喜んでもらえるかもしれない。お八つに〈根津柳屋〉の鯛焼き。皮が薄く、餡がとろりと柔らかい。行列ができて、八個十個と買っていく人が多いのも納得がいくお味でした。不忍通りを池之端の方に折れ、動物園を通って上野駅から帰る。 夕方、キタイと一緒に晩のご飯をつくる。春菊の胡麻和え、いかのつくね焼き、鰤のお刺身、大根のお味噌汁也。 |
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| 12月20日(土) 旧暦:十一月廿七日 先勝 丁卯 晴れ 終日、家で過ごす。植木職人の今井老が正月飾りを設えてくれる。我が家も年の瀬らしくなりました。 食品バイヤーのシンキチくんより便りあり。かなり怒っています。「がんこさん、元気ですか?僕はいま島根県の木次町というところにある木次乳業という会社を訪れています。中国山地の傾斜45度の斜面を使って山地酪農といわれる牧場経営を行っている会社です。経営者の佐藤さんという方に色々お話をお伺いして、日本という国で飲まれている牛乳はなぜまずいのか?本来、美味しくつくれるはずの牛乳が行政によって次々とつぶされていく現状にやるせなさを感じています。パスチャライズ=低温殺菌による牛乳は牛乳を生きている状態=母乳に近い=美味しい状態で飲むことができる殺菌方法です。なのにハセップ(HACCP)を推し進め完全無菌な工場を画一的に押し付ける行政。でも忘れてはいけないのは、過去に様々な不祥事を起こした工場は全てHACCPということです。低温殺菌牛乳は飲む際には一部の細菌が生きています。もちろん無害です。温度が上がれば牛乳の味も変化します。これは牛乳というよりもチーズ、ヨーグルトといった別の食品に変化していく過程です。そして、行き着くところは高温殺菌の無菌牛乳。これはまさに牛乳の死を意味します」 |
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| 12月19日(金) 旧暦:十一月廿六日 赤口 丙寅 晴れ 八時前に目覚め、ゆっくりとお風呂に入ってから朝食をとる。十時少し前に宿をチェックアウトし、修善寺駅より電車で東京に帰る。午後、定例ミーティング。夕方、さいと町へ戻る。荷物を解いていたら、鞄の中から〈也万波〉のマッチが出てくる。「このお店はマッチもひとつひとつ手作り、遠藤さんが筆で書いているんですよ」と高木先生が言っていたことを思い出す。酔った拍子にいただいてしまったものらしい。表に、也万波。ひっくり返して裏を見る。 今年はタクワンをうちで漬けることにしました。糠と塩で余計な物はいれない |
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| 12月18日(木) 旧暦:十一月廿五日 大安 乙丑 晴れ 十時より高木泉先生のお宅で来年一月と二月分の料理の撮影。一月の季題である海苔で三品、二月の白酒で三品、今回の料理には京都の丹波在住の陶芸家、小松華功さんの作品が多く使われ料理を引き立たせています。 午後三時半に撮影終了。四時半に先生の友人お二人が車で到着、尾田さんの車と合せて二台に分乗して修善寺へ。七時少し前に今日の忘年会の会場である〈也万波(やまんば)〉に到着。暖簾をくぐると、お店の名前にはおよそ似つかわしくない小柄でチャーミングな店主兼女将兼料理人の遠藤さんが迎えてくれました。「今日はもう暖簾しまっちゃいますから、どうぞご遠慮なく」遠藤さんのお言葉に甘えて、料理が用意された小上がりへ。早速ビールで乾杯。信じられないほど旨みが染み込んだ鰤大根をつまみながら待っていると、本日のお楽しみであるしし鍋に点火、深紅の薔薇のように咲いた猪肉が大皿に乗ってテーブルに運ばれてきました。 「猪の肉にもいろいろあって、これは若い雌の肉なんですよ。猪というと皆さん臭くて固いというイメージがあるかもしれませんが、ぜひ食べてみてください」という遠藤さんの言葉どおり、そのお肉には生臭いところがまったくなく、野生動物ならではの濃厚な旨みが噛むたびに溢れてくるのでした。遠藤さんが今日のために仕入れてくれたのだそうです。「猪というのはとっても贅沢な動物で、百合の根、自然薯、竹の子なども地中にまだ深いうちのごく柔らかいものしか食べませんし、ふきのとうなんかでも芯の柔らかいところだけ。そういうものばかり食べている猪の中でも特においしいのが若い雌なんですね」 このしし鍋、野菜がまた素晴らしく、芽の部分だけを手摘みした春菊などは東京で食べるものとはまったく別物のようでした。何度も鍋をお代わりしている間にも、特製おでんあり、山葵の花のお浸し(これを食べに俳優の津川雅彦さんが三日連続通いつめたという)あり、最後はしし鍋にご飯を入れて雑炊で〆。十時を回ったところで、翌日朝から仕事のある高木先生と尾田カメラマンが「そろそろ」ということで散会。車で宿まで送っていただき、四名とお別れ。よく食べ、よく飲み、よく笑った口福な一日でした。遠藤さん、ご馳走さま。 |
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| 12月17日(水) 旧暦:十一月廿四日 仏滅 甲子 曇りのち晴れ 午後、思うところあって神田の明神様までお参りに出かける。日本橋界隈の通りのあちこちに細長い竹に松を結わえ付けた飾りが立てられ、お正月を迎える準備が始まっていました。お参りを済ませた後、大鳥居の横に〈天野屋〉に立ち寄り甘酒で身体を暖めて帰る。 弘化三年(1846)の創業以来、江戸の庶民に親しまれてきたこの〈天野屋〉さん、なんでもお店の下には麹づくりのための室(むろ)があるそうな。 ここのところ寝る前に、高浜虚子が二女星野立子に向けて書いた小文をまとめた『立子へ抄』を読むのを楽しみにしている。今日読んだ「間違い」と題された文の中の一節、 「・・・人間相互の間には感情の誤解や事の行違いなどが極めて多いものだ。もっと単純に解釈すればよいと思うのに必ず誤解が伴っており、必ず事が行違っておる。それらのために世の中が煩雑になり、人間の間がこんがらかって来る。・・・」 昭和十年に書かれたものですが、いまの世もまったく変わらないようです。何もかもをメールでやりとりしているうちに、こんがらかって解けなってしまった人間関係などはその最たるものではないでしょうか。 |
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| 12月16日(火) 旧暦:十一月廿三日 先負 癸亥 晴れ 師走の浅草をイッテツと歩く。明日から羽子板市。仲見世は準備に追われ、どことなく忙しそうな様子。今年もあと半月。隅田川を渡る北風強し。夜、鱈ちり。 |
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| 12月15日(月) 旧暦:十一月廿二日 友引 壬戌 晴れ お昼過ぎに叔母の家を出て、円覚寺へ立ち寄る。小津安二郎監督のお墓は、山門を抜け本堂の右手を登っていったところにあります。「無」と刻まれた墓石のまわりにはたくさんの花とお酒が添えられてありました。しばし、黙祷。午後二時、山内静夫さんが会長職をされている鎌倉ケーブルコミュニケーションズに行き、対談の文章を確認していただく。「十二日はどうされたのですか?」とお聞きすると、東京で小津監督を偲ぶ会を催されたとか。今年は毎年集まる仲間に加えて小津所縁の役者さんたちも揃い、とてもよい会だったそうです。夜、日本橋に帰る。 |
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| 12月14日(日) 旧暦:十一月廿一日 先勝 辛酉 晴れ 穏やかな一日。叔母と鎌倉散策。化粧坂から源氏山に上り、佐助の辺りを歩く。紅葉が深く、秋の香りが濃い。紀伊国屋に立ち寄り、夕食の買い物をする。鰤の照り焼き、茶碗蒸し、温野菜のサラダ、最後にいずみ先生から教わった牡蠣雑炊をこしらえる。 |
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| 12月13日(土) 旧暦:十一月廿日 赤口 庚申 晴れ 鎌倉の叔母へ電話。月曜日に山内静夫さんにお会いする旨を伝えると、「それじゃ、これから来れば」ということになり夕方横須賀線に乗る。大船駅で待ち合わせて、叔母が最近お気に入りだという〈中々〉という小料理屋へ行く。女将さんの気性そのままの飾り気のないきっぱりとした店内で、ひと手間かけたおいしい家庭料理で寛ぐ。小体(こてい)な、という言葉がぴったりなお店でした。 |
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| 12月12日(金) 旧暦:十一月十九日 大安 己未 雨模様 今日は小津安二郎監督の誕生日にして、六十歳(還暦)で亡くなられた命日。朝からテレビではいろんな特集が組まれていました。夜、夕ご飯を食べてから衛星放送で『東京物語』を観る。原節子が東山千栄子演ずる義母をアパートに案内し、出前のかつ丼でささやかにもてなすシーン。「店屋物がほんとうにご馳走だった時代があったんですねぇ」とキタイ。『東京物語』を観ると、いつも胸が暖かなかなしさで満たされる。 |
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| 12月11日(木) 旧暦:十一月十八日 仏滅 戊午 雨 一日中、冷たい雨降る。山内静夫さんとの対談がようやく完成。内容を確認していただくために電話をする。今日、明日は小津監督関係で予定が一杯ということで、週明けの十五日にお伺いすることになりました。午後、丸善で本を見て過ごす。内橋克人さん、ベンジャミン・フルフォードさん、アレックス・カーさんなど読んでみたい新刊がいろいろと出ていましたが、買ったのは高浜虚子著『立子へ抄 虚子より娘へのことば』(岩波文庫) |
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| 12月10日(水) 旧暦:十一月十七日 先負 丁巳 晴れ 昨日の日記でいずみ先生がこしらえてくれた海苔料理をいろいろ試食したという話を書きましたが、海苔といえば先週の金曜日、タイちゃんにお願いしていた新海苔が届きました!それ以来、我が家の朝の食卓は、新海苔を新米にのせて食するという海彦山彦的幸福感で包まれています。 |
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| 12月9日(火) 旧暦:十一月十六日 友引 丙辰 晴れ いずみ先生宅で、「季題でつくる美しい味」の打ち合わせ。一月は海苔、二月は白酒が季題となり、先生がこしらえてくださった料理をスタッフで試食しながら、ホームページで紹介する品を決める。海苔の寒天に使うソースは、生姜、明太、鱈子、白子など七種類ほどを試し、三種類に絞る。いつものとおり料理の合間にあれやこれやと話をしているうち年の暮れの話題となり、「あ、そうだ!」という先生の一声で、来週木曜日の本番終了後、修善寺の〈やまんば〉というお店で忘年会をすることになる。〈やまんば〉の店主の遠藤さんは、カメラマンの尾田さんに山の手ほどきしてくださったお師匠さんということで、いずみ先生とも何度か訪れたことがあるそうです「煮物が信じられないくらいおいしいのよね」尾田さん、早速、しし鍋を予約していました。 帰り道、満月の冬空を、寒風渡る。 |
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| 12月8日(月) 旧暦:十一月十五日 先勝 乙卯 晴れ 今日も山内静夫さんとの対談をまとめて過ごしていましたが、取材テープを聞いていて不思議に思うことがあります。それは山内さんが小津監督のことを時々過去形ではなく、現在形で話すことです。たとえば、わたくしが「小津監督は、お豆腐はお好きでしたか」と尋ねたとき、「好きだよ」と答えていらっしゃる。「好きだったよ」ではないんですね。ふとした言葉の中に、生きていて欲しかったという気持ちが現れているようで少し胸が切なくなりました。 寒い一日。雨戸を引く。夜、新潟から雪の便り。 |
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| 12月7日(日) 旧暦:十一月十四日 赤口 甲寅 晴れ 今日は二十四節気の大雪(たいせつ)にもかかわらず、暖かで過ごしやすい一日でした。午前中、キタイと庭の掃除。落ち葉などを掻き集め、燃やす。午後からNHKの衛星第二放送で小津安二郎特集を観る。映画は『早春』と『小早川家の秋』、間に監督所縁の方々が小津映画の魅力を語るコーナーで構成されたなかなか興味深い特集でした。 |
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| 12月6日(土) 旧暦:十一月十三日 大安 癸丑 曇り 終日、家で過ごす。夕方、イッテツと隅田川沿いを散歩。書店で、神田生まれの大工、竹田米吉さんが書いた『職人』(中央公論)を買う。 |
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| 12月5日(金) 旧暦:十一月十二日 仏滅 壬子 曇り、時々雨模様 ル テアトル銀座へ。阿木燿子さんがプロデュースされている『FLAMENCO曽根崎心中』を観に行く。真っ暗な舞台に太鼓がひとつ。地獄のように切なく、極楽のように怪しい舞台がゆっくりと幕をあけ、息もつかせぬ二時間。近松の悲劇とフラメンコの情熱が見事に融合した舞台でした。お初役の鍵田真由美さん、徳兵衛役の佐藤浩希さんの踊りはもちろんですが、和楽器を効かせた音楽がまた素晴らしく、宇崎竜童さんの作曲家・演奏家としての力量に感心しました。終演後、イルミネーションが美しい銀座の街並みを歩き、火照った気持ち冷まして帰る。 |
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| 12月4日(木) 旧暦:十一月十一日 先負 辛亥 晴れ 一日、山内静夫さんとの対談をまとめて過ごす。小津安二郎監督は野菜が大嫌いで「生野菜なんていうのは、先生に言わせたら鶏がついばむものっていうくらいしか思ってないからね」という山内さんの話を思い出し、一人笑う。 エミちゃんより便り。パリではいよいよ街を飾るクリスマスイルミネーションにも灯がともり、クリスマス商戦の追い込みに入ったようです。「今年のクリスマス休暇はいつもより少し長くて、子供たちは休みを指折り数えています」フランスではカロンドリエ ド アヴァンといって、12月1日よりクリスマスまでの25日間毎日小窓をひとつずつ開けて中のチョコレートを食べながらクリスマス当日を待つという素敵な習慣があるのですが、「我が家の小窓の中身はすでに空!!」ということです。 便りの最後では、在英大使館員がイラクで殺害された事件で在外日本人の間に大きなショックが広がっていることも書かれていました。世界の暗闇の中で、翻弄にされる日本。お二人の死が本当の意味でむだにならないことを祈るばかりです。 |
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| 12月3日(水) 旧暦:十一月十日 友引 庚戌 曇り 十二月の「美しい味をつくる」は、雑炊。文章とレシピを仕上げて、高木泉先生と電話でやりとりする。「牡蠣雑炊に使う牡蠣は、加熱用なんですね?」と質問すると、「生食用は旨みがパックの中の水に溶け出してしまう」ので、先生はほとんど使わないそうです。「でもね、これだけは別なのよ」と言って教えてくださったのが〈牡蠣のゼリー寄せ〉。旨みが溶け出した水を逆にいかしたフランス風のオードブルです。キタイに話して、早速こしらえてみましたが、とてもおいしかったのでレシピを紹介することにします。 ◎牡蠣のゼリー寄せ 材料(2〜3人前) 生食用牡蠣・・・・・・・・・・・・1パック エシャロット(または小玉葱)・・・40g 白ワイン・・・・・・・・・・・・・100cc コンソメスープ・・・・・・・・・・200cc 卵白・・・・・・・・・・・・・・・2個 板ゼラチン・・・・・・・・・・・・1枚 ライム(またはレモン)・・・・・・適宜 塩・こしょう
レシピは長くなってしまいましたが、意外と簡単にできますので、ぜひお試しください。ほかにもクリスマスに贈る〈いずみスペシャル〉も教わりましたが、それはまた別の機会に。 |
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| 12月2日(火) 旧暦:十一月九日 先勝 己酉 快晴 山本海苔店の“生き字引”といわれている中村治夫さんとお会いする。海苔の発祥の地は島根県の十六島(うっぷるい)という場所といわれ海苔神社まであるという話、海苔が今日のように一般に普及したのは戦争時の配給制度のおかげ、関東と関西の海苔文化の違い、「明治百話」(岩波新書)にも語られている明治・大正時代の山本海苔の繁栄振り(暮れになると室町本店の前に幾重にも人垣ができたそうです)といった海苔を巡る話から、江戸の食べものや老舗や大店と呼ばれるような商売のあり方、日本橋界隈の古の姿まで、短い時間でしたがいろんな興味深い話をお聴きすることができました。歴史というタペストリーの表面は書物で知ることができますが、それを構成している一本一本の糸は人を介してしか知ることができません。今度、〈伊せ喜〉のどじょう鍋でも囲みながら、ゆっくりとお話をお聴きしたいものです。 トヨタ自動車が、日本の文化や精神哲学をものづくりに織り込んでいこうという「日本独創」の考え方を発表。後戻りする、という進歩。夜、鰤の照り焼きがさらし葱を添えて食卓に。 |
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| 12月1日(月) 旧暦:十一月八日 赤口 戊申 雨 一日中雨。何処へも出かけず過ごす。映画の日の今日、パリより便りあり。「先日来、小津作品を見ようとDVDなどを探したのですが、FNAC、VIRGINどちらでもなんと売り切れ!2月に新しく出るとのことです。それにしてもフランスでの小津人気に驚いています」夜、湯豆腐。今年も早、仕舞いの月になりにける。 |
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