|
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2月29日(日) 旧暦:二月十日 大安 戊寅 雨のち、曇り 午後、さいと町公園の近くをイッテツと散歩をしていたら、ユニフォーム姿でラーメン屋の若主人。ソフトボールの練習試合の帰りだとか。送りバントを処理するときに転んだそうで、膝小僧に血が滲んで痛そう。「試合は?」「完敗っす」わたくしの好きな野茂投手もオープン戦に登板するようですし、球春も近いですね。 京都の養鶏場で、新たに三万九千羽が死。出荷先の兵庫でも陽性反応。隠蔽しようとして、隠蔽仕切れずに、あとで取り返しがつかなくなる、いつものパターン。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2月28日(土) 旧暦:二月九日 仏滅 丁丑 晴れ 福井県の鯖江に住むキタイの知人から、クール宅急便が届く。開けてみると、越前がにが赤い甲羅を向けてぎっしり。「蟹漁は三月二十日までですから、気を使ってくれたんでしょう」お礼の電話をしたあと、二人でたっぷりいただき、殻は明日のお味噌汁のお出しに。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2月27日(金) 旧暦:二月八日 先負 丙子 晴れ 京都の丹波町の養鶏場で、鶏一万羽が死亡。原因は鳥インフルエンザ。 〈なかひがし〉のご主人と鯉の話をした際に、「ヘルペス騒ぎで琵琶湖周辺の鯉は全滅しましたが、こういうことはいつでも起きる」とおっしゃっていたのを思い出しました。これ以上、広がらないでくれたらいいのですが・・・ |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2月26日(木) 旧暦:二月七日 友引 乙亥 晴れ 日中、お日様ぽかぽか。夕方から、北風びゅうびゅう。 先日、お世話になった京都の陶芸家、小松華功さんより、個展の案内をいただく。名古屋地区にお住まいの方は、ぜひ足を運んでみてください。 『蕗窯 小松華功 作陶展』 三月十六日(火)〜二十一日(日) 午前十時〜午後六時 名古屋ノリタケギャラリー 名古屋市中区新栄町2−1(ノリタケビル1F) 電話052−973−3480 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2月25日(水) 旧暦:二月六日 先勝 甲戌 曇り、時々晴れ間 日中、中東久雄さんとの対談をまとめて過ごす。京都弁を文字に落としていくのがなかなか難しく、違和感を感じます。語尾の微妙なニュアンスが出ないのです。京言葉は、やはり耳言葉なのですね。夕方、両国橋辺りまで歩く。 エミちゃんより、連日のメール。「萬斎さんに会えました!」 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2月24日(火) 旧暦:二月五日 赤口 癸酉 曇り 朝、パリよりメール。「すばらしかった!!まさに今をときめく萬斎でした。残念ながらお会いできませんでしたが、舞台はすばらしかったです。明日もう一度いきます」興奮覚めやらぬ様子のエミちゃんでした。彼女に紹介されて、小鼓方大倉流宗家の大倉源次郎さんのホームページ〈華通信〉を見る。能楽のことだけでなく諸事全般のことに、かなり問題意識の高い方との印象を受けました。奥様と一緒に書かれている日記が楽しい。 夕方、イッテツと向島へ。夜、鎌倉の叔母に電話。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2月23日(月) 旧暦:二月四日 大安 壬申 晴れ お昼に、高木先生宅へ。三月六日に開催予定の体験道の試食会。熊川(くまがわ)葛を、初めて食しました。これまで味わったことのない食感。しっかりとした力強さは、それがまぎれもなく大地から生まれたものであることを、口中で主張し、かといって、決してでしゃばりではなく、上品さもある・・・。かつて京の名だたる和菓子の職人さんたちは、みな熊川の葛を使っていたというのも、なるほどと納得できます。先生は、この葛の特長をいかしながら、かたさととろみを微妙に変えて、当日のメニュー五品を演出しています。わたくしのお気に入りは『蟹入り海苔羹』と『葛と南瓜のココット』。当日は、大いにご期待ください。 試食会のあと、食卓でお茶話。三十代の一時、ご主人の転勤で過ごした札幌での思い出などを聞く。先生のやんちゃぶりや、あやしい宣教師ディックさんの話に、大笑い。先生は、時々窓から差し込む日差しに目を細める。居間に目をやると、お父様より贈られたという雛人形。「そういえば、あの雛人形。札幌に行くとき、実家においていったのに、父が送ってくれたのよねぇ」 夜にかけて、寒戻る。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2月22日(日) 旧暦:二月三日 仏滅 辛未 晴れのち曇り。夜、大荒れ 暖かいというより、暑いくらいの陽気。都心の気温は二十度を越えたそうです。以前より訪れたいと思っていた、佃島の月島へ。月島西仲通りを歩く。もんじゃタウンと呼ばれるだけもことはあって、通りから路地まで、ぎっしりともんじゃの提灯や暖簾。わたくしの直感によれば、〈麦〉と〈もん吉〉というお店がおいしそうでした。 久方ぶりに、シンキチくんから便り。しばらく音沙汰がなく、心配していましたが、バイヤーから店頭に復帰したのとのこと。 「鳥インフルエンザ、BSEに、この暖かい冬。もう鍋物は全滅です。おじいちゃん、おばあちゃんが孫に肉を食べさせなくなっていけませんわ、って試食販売に来てくれた広島のこんにゃく屋さんが嘆いていました。そうそう、暖かい冬といえば、若いカップルが「冷やし中華」ありませんか?って、まだ2月ですもんねぇ。これからは年間通して夏物も売るような時代かもしれません。相変わらずテレビで取りあげられた食べ物は、あっという間に店頭から無くなります。テンペ、粉かんてん、凍り豆腐、今ごろウェストが7センチも細くなってどうすんのって感じですが・・・。今年は厄年。異動早々、詐欺にあったり、どうなることやらと思っていましたが、やっぱり現場は楽しいですね。これからも、日本の食の行く先を追いかけていきます」 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2月21日(土) 旧暦:二月二日 先負 庚午 晴れ、のち曇り パリのエミちゃんより便り。ルーブルの地下〈カルーゼル ドュ ルーブル〉での着物ショーのコーディネート、古武道居合術無双直伝英信流の家元のお迎え(パリで一週間の特別講習をするそうです)。帰国早々、忙しい日々を送っているようです。パリでは相変わらずの日本ブームのようで、月曜の夜から三日間、日本文化会館で野村万作・萬斎親子、観世榮夫氏を迎えての能狂言公演が開催されるようです。 「知り合いの囃子方の先生もいらっしゃるので、ご挨拶に行きます。野村家のお二方にもお会いできるチャンスが作れるかもしれないので楽しみにしています」 今を時めく萬斎さんですが、叔母が謡を習っている観世流の職分のお話ですと、大変礼儀正しい好青年だとのことです。会えるといいですね。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2月20日(金) 旧暦:二月一日 友引 己巳 晴れのち曇り 午後、神田の古書店街を、イッテツと歩く。 『美味求真』(木下謙次郎著)と『日本の朝ごはん』(向笠千恵子著)、サライの創刊二号を買い求める。イッテツにせがまれて購入した『美味求真』は、大正十四年に発行され、日本の『美味礼讃』(フランスの大食通ブリア・サバランの著書)とも称される大著(およそ七百ページもある)。さて、いかなる薀蓄が眠っていることか。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2月19日(木) 旧暦:一月廿九日 大安 戊辰 晴れ 九段下へ。所用を済ませた後、山種美術館に立ち寄る。目の保養をしました。大好きな『炎舞』は普段は観ることができませんが、十月の速水御舟展には展示されるかもしれないとのこと。楽しみです。 本日、雨水(うすい)。千鳥が淵に渡る風、穏やか。桜の蕾もふくらんできたようです。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2月18日(水) 旧暦:一月廿八日 仏滅 丁卯 晴れ 散歩の途中で、湯島天神に立ち寄る。梅の様子。先日、今井老人と来たときと比べて、だいぶ見ごろになってきました。池波正太郎さんが大好きだったという境内は、観光客や受験生の親子で一杯。巫女さんの白装束、甘酒の匂い、鈴なりの絵馬。ぱん、ぱん。何を祈るともなく、祈る。切通坂から、昭和通り出て、帰る。北風、少し寒し。 夜、〈なかひがし〉のご主人からいただいた『草菜根 〜そしてご飯で、ごちそうさん』を読む |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2月17日(火) 旧暦:一月廿七日 先負 丙寅 晴れ 午後より、ホームページの定例会。二月に入って、アクセスが増えているとの、嬉しい報告がありました。立ち上げてからもうすぐ一年。少しずつ積み重ねてきたことが、広大無辺のネット世界のあちこちで引っかかってきているのかもしれません。 夜、鎌倉の節子叔母より電話。「星がすごくきれいなんだけど、そっちはどう?」 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2月16日(月) 旧暦:一月廿六日 友引 乙丑 晴れ 午前中、土曜日のお礼に〈いせ源〉さんへ。ご主人も大旦那さんも、てんてこ舞いのご様子。なんでも日曜日に民放テレビ局の下町特集番組で取り上げられて、電話が殺到。その対応に追われていたのだとか。下足番のおじさんのお話によると、「会のあった土曜日も大変な混雑で、最後のお客様が入店されたのが、閉店時間を過ぎた九時十五分。二時間待ちの状態」だったそうです。 ご挨拶をすませたあと、中央通りを歩いて、日本橋高島屋へ。本日までの「大近江展」を見る。こちらもすごい人手。鮎の佃煮など、試食品を食べ歩く。遅めのお昼は、〈たいめいけん〉のたんぽぽオムレツ。〈はいばら〉で葉書を買って帰る。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2月15日(日) 旧暦:一月廿五日 先勝 甲申 晴れ 春一番の続きか、風がちょいと強いものの、気持ちよい一日でした。湯島から不忍の辺りを歩いたあと、庭でイッテツを洗う。夜、キタイのこしらえてくれた平目のお造りと煮物で、ご飯。なんだかほっとする |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2月14日(土) 旧暦:一月廿四日 赤口 癸亥 曇り 東京に、春一番。あんこうには少しあたたか過ぎるかしら、と思いながら、四時過ぎに家を出る。途中、今日の会にお誘いした今井老人の家に立ち寄り、一緒に神田須田町まで歩く。横丁から〈いせ源〉の前に出て、びっくり。まだ五時前にもかかわらず、玄関先から三十人くらいの行列ができていました。すごい人気です。 ちょいと誇らしげな気持ちで暖簾をくぐり、「美しい味くらぶの会ですが」と告げると、下足番のおじさんが「お待ちしておりました。どうぞ、どうぞ、奥の部屋へ」と案内してくださいました。ご主人がこの体験道のために用意してくださった二階の奥座敷に入ると、すっかり準備が整えられていました。今井老といちばん奥の席に座っていると、参加者のみなさんが三々五々と到着。夏の〈神田藪蕎麦〉さんの会に参加してくださった方が二組、初参加の若いカップルの方が二組(バレンタインの夜を、あんこう鍋とはなんと渋いじゃありませんか)、あとは会を手伝ってくれる山本海苔のタイちゃんと企画部の皆さんです。 五時半に、〈いせ源〉六代目の立川修一郎さんが登場され、拍手、拍手。「こういうのはあまり得意ではないんですが」と、お店の歴史やあんこうのことなどを、汗をふきふき話をしてくださいました。皆さん、身を乗り出して興味シンシンです。あんこう鍋の食べ方は、床の間に飾ってある備前焼のあんこうの置物を取り出して説明してくださいました。この焼き物は、先代が三越の展示会で見たものを「ぜひとも」と買い求めたとのこと。「こんなものを買うのは、うちくらいものですから」家業への愛を感じる、いい笑顔です。 ところで、あんこう鍋の食べ方ですが、立川さんによると「あんこうは煮詰まったかなというくらいのところがちょうどよいので、お腹がおすきでしょうが、ちょっと我慢してください。では、はじめさせていただきます」 ガスコンロの上に鍋が用意され、体験道が始まりました。一品目のあんこうの肝を口に運んだ今井老人が、思わず「旨い!」 次なるは、ご主人が創意工夫でこしらえたという、あんこうのから揚げ。これがまた「旨い!旨い!」 そこへ、ふつふつと鍋。じんわりと割下がしみとおった、あんこうの七つ道具を豆腐と野菜とからめ、銘々の取り皿へ。ふうふう、旨い!ふう、ふう、旨い!ふう、ふう・・・、そうこうするうちに卵と葱をとろーりとかけまわした雑炊・・・ふう、ふう・・・こうして、あっという間の二時間が過ぎ、最後に立川さんより〈いせ源〉の印が押された『鍋奉行認定書』をいただき、記念写真を撮影して、お開きに。 あんこうが最高においしい二月、それにふさわしい最高の舞台をお借りしての体験道。参加してくださった皆さん、そしてわがままを聞いてくださった立川さん、どうもありがとうございました。今回は参加された皆さんの会話などもあって、とてもよかったと思います。 ほろ酔いで〈いせ源〉を出たあと、〈竹むら〉で粟ぜんざい。今井老を家までお送りして、帰宅。ソファに座っていると、「なかなか大変な週でしたね」とキタイが渋茶を運んでくれました。今週はキタイも料理もあまり食べられませんでしたが、来週は京都のインタビューをまとめたりしながら、ゆっくり過ごすことにしましょう。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2月13日(金) 旧暦:一月廿三日 大安 壬戌 晴れ 午前中、のんびり。午後、イッテツと隅田川を渡り、墨堰通りを二時間ほど歩く。夜はお茶漬けですませ、明日の〈いせ源〉さんでの体験道に備える。「京都の次は、あんこう鍋ですか」キタイ、少し呆れる。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2月12日(木) 旧暦:一月廿二日 仏滅 辛酉 晴れ 遅めの朝食後、南禅寺までゆっくりと散歩し、冬の京の空気を吸う。高木先生と尾田カメラマンは、仕事の打ち合わせ。一時にホテルのロビーに集合し、二時少し前に、銀閣寺の畔にある〈なかひがし〉の暖簾をくぐる。 店内に入ると、カウンター席の向こうに、ご主人の中東久雄さんと、〈なかひがし〉の名を一躍有名にした“おくどさん”がありました。春の到来を感じさせる緑色の土筆が鮮やかな八寸から始まった草食(そうじき *ほんとうは“食”の上に口が乗っかるのですが、パソコンの辞書には残念ながらありません)料理の数々をここで語ることは、あまり詮無いことなのでやめますが、メインデッシュのことを少しだけ。〈なかひがし〉のメインデッシュは、ごはんとめざし。陶芸家の中川一志郎作の土鍋から炊き出されたそのごはんは、今まで食べたことのない、ごはんでした。うまく表現できないのですが、メレンゲのように軽やかで、それでいて、とても味わいが深い。ご主人の中東さんの言葉を借りるならば「お米の旨さが、身体の隅々まで行き渡っていくような」味でした。美味しいごはんを召し上がっていただくためだけの店を開きたい。中東さんの思いが、なるほどとわかる、雲上のごはんでした。 食事の後、二階のお座敷をお借りして、お話を聞く。調理帽を脱いだ中東さんは、柔和な顔で、こちらの質問に対して丁寧に答えてくださいました。日々歩く山々のこと、生まれ育った花背のこと、料理人としての原点となっている母親の味、野菜のこと・・・。お百姓さんと深いお付き合いがある中東さんだけに、農家のことを語るときは、表情にちょっと怒の字が浮きました。「キャベツが一個五十円なんて、農家をばかにしている」ご自分のことを「料理人というよりは、自然の恵みを人に受け渡す接点」という中東さん。わたくしなんぞが言うことでもないのですが、いつまでも変わらぬ謙虚な料理人でいてくださるといいなと思いました。 京都駅に帰る途中、錦小路に立ち寄り、高木先生に〈大国屋〉の山岡国男さんを紹介していただく。山岡さんは、草食〈なかひがし〉の名付け親で、器覚倶楽部という京都の陶芸家と料理人の異業種交流会の頭領を務めるなど、新しい京文化の仕掛け人の一人です。思わずお話を聞いてみたくなる、素敵な風貌の持ち主でいらっしゃいました。 キタイへのお土産に、〈麩嘉〉さんの生麩を買って、駅へ。新幹線の中で、高木先生が注文してくださった〈菱岩〉のお弁当をいただき、別腹に収める。高木先生には、最初から最後までほんとうにお世話になりました。有難う御座います。 こうして終わった一泊二日の京旅でしたが、わたくしが感じた京都の印象は、“質実”ということ。〈有次〉さん、〈大国屋〉さん、〈麩嘉〉さん、〈なかひがし〉さん、店の構えはとても小さいけれど、奥行きが深く、人と人がしっかりと結びついている。その見えない絆のようなものが、千年の都を守っているような気がしました。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2月11日(水) 旧暦:一月廿一日 先負 庚申 晴れ 東京駅六時発のぞみ一号で、京都駅に八時十五分着。 カメラマンの尾田学さんと、下京区堺町通りの〈有次〉さんの本社へお伺いし、社長の寺久保進一朗さんにお話を聞く。寺久保さんは小柄な身体からエネルギーがほとばしっているような方で、目をらんらんと輝かせて、ご商売のことや京について語ってくださいました。室町時代の刀鍛冶に起源をもつ〈有次〉は、明治時代、祖父である十六代目から包丁鍛冶に。以来、京料理を支える一流の料理人たちの厳しい注文に応えながら、職人さんが一丁一丁鍛え上げる昔ながらの製法を守って、今日に至っています。「四百年以上もご商売を続けてくることができた秘訣は?」とお聞きすると、「お金儲けが最初にくるんではなく、お客様に喜んでいただくにはどうしらよいかをまず考えること。そのなかで、他人と競争するのではなく、自分と競争してきたこととちがいまっしゃろか」取材の後に訪れた、錦小路のお店は、〈有次〉ならではの本物の調理器具を求める一般のお客様で一杯。店員さんも見るからに感じが良く、お客様への声掛けひとつにも心がこもっています。なによりも働くことが楽しそう。「世の中には、いいバイ菌と、わるいバイ菌があって、いいバイ菌をもっと増やさな、あきまへんで」 八坂神社のそばのお蕎麦屋さんでお昼をすませ、京都ホテルへチェックイン。〈麩嘉〉の料理教室を終えた高木先生と合流し、タクシーで小松華功さんの〈蕗窯〉のある丹波に向かう。途中、上賀茂神社の門前にある〈神馬堂〉で名物の〈やきもち〉を買う。タクシーの運転手さんによると、すぐそばの〈今井〉という食堂の鯖の味噌煮定食も絶品とのこと。鞍馬を過ぎると、車は雪の花背(はなせ)へ。四時過ぎに、〈蕗窯〉に到着。小松さんのお宅は、畳と障子の部屋に、囲炉裏と火鉢のある、とても気持ちの落ち着く家でした。先生の作品を眺めていると、「こちらへ、どうぞ」という声。工房を抜けて、家の裏に回ると、そこには大きなかまくらが!早速お邪魔すると、中はカーペットが引いてあり、天上からはキャンドルライト、東の雪壁には神棚まである見事さ。そこで奥様がたててくださったお抹茶をいただきました。 家に戻ると、工房で夕食の準備。テーブルと椅子とガス台と大鍋をセット、煮立ってきたところに、京の冬野菜、鱈、湯葉、お豆腐を入れて、大根おろしをたっぷりと振る。みぞれ鍋です。小松先生は、三十秒おきくらいに蓋を開けては、高木先生に「まだ、まだ、まだよ」と叱られて、そのたびにねじり鉢巻がのった、ごましお頭をかいていました。ほかにも〈大国屋〉のうなぎと山芋が入った葛あんかけ、近ごろ都で評判の〈近喜〉のお豆腐、山椒の皮(噛んでいると舌がしびれてくる強烈な味)、イナゴの佃煮、蜂の子、小浜の鯖(宴の途中で小松さん友人が立ち寄って差し入れてくださったもので、とろけるような味でした)、心尽くしの手料理を、楽しい会話とともにいただきました。 食後に、もう一度、かまくらへ。蝋燭の明かりでライトアップされたかまくらは、とても美しく、まるで教会のようでした。迎えにきてくれたタクシーの運転手さんも一緒に入って、コーヒーとロールケーキをいただき、辞したのは八時過ぎ。小松先生、奥様、内弟子のようこちゃん、温かなおもてなしを本当にありがとうございました。 人家わずかに三軒、丹波の山奥広河原。一面の蕗畑の中に窯を構えてから間もなく二十年。三月には、名古屋で初の個展。ある美術館からの依頼で大作にも取り組んでおられるという小松さん。陶芸家として大輪の花、咲きますよう願っております。 十時半に、ホテルへ。シャワーを浴び、黒々とした大文字山を眺めながら、眠る。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2月10日(火) 旧暦:一月廿日 友引 己未 晴れのち曇り 高木先生のお宅で料理の撮影。庭の薔薇の植替え日ということで、先生は料理の準備の傍らで、職人さんたちの昼食のお味噌汁もこしらえていました。撮影も順調。菜の花とペンネのサラダは彩りも美しくテーブルの上にちょっとした春が、やって来たようでした。夕方、高木邸を辞す。明日の京都行に備えて、十時過ぎに就寝。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2月9日(月) 旧暦:一月十九日 先勝 戊午 晴れ 初午。寒い日が続きます。 鎌倉の節子伯母より電話があり、お能のお誘い。三月十四日、松涛の観世能楽堂にて、花影会。番組は、隅田川と夜討曽我。夜討には、珍しい十番斬の小書(特殊演出)が付いているとのこと。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2月8日(日) 旧暦:一月十八日 赤口 丁巳 晴れ 神田の古書店街を歩いていたら、植木職人の今井老人とばったり。一緒に湯島天神へ梅を見に行く。今日から恒例の梅まつりということですが、三分〜四分咲きといったところでしょうか。梅見の後、神田まで戻り、〈まつや〉でかるく一杯。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2月7日(土) 旧暦:一月十七日 大安 丙辰 曇り エミちゃんが、成田空港から電話をくれる。明日の朝の便で、パリへ帰るとのこと。今回はお母上の病後見舞いということもあり、会う時間が持てませんでした。電話で二十分ほど話す。彼女の幼なじみが六本木ヒルズの〈ラトリエ ドゥ ジョエル・ロブション〉の副料理長をしているとのことで、「時間があったら、行ってみてね。それにしても東京は変わったわね。東京タワーって、あんなに華奢だったっけ? まわりのビルに埋もれて、まるでエンピツみたい。子供の頃はすごい存在感があったのにね・・・」 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2月6日(金) 旧暦:一月六日 仏滅 乙卯 晴れ ある広告代理店の方と話す機会がありました。その方は、高齢者向けマーケットの部門にいらっしゃるのですが、社会の人口構造がこれだけ大きく変わろうとしているにもかかわらず、広告は相も変わらず若者の方を向いていることを嘆いていました。丸善で、長嶋茂雄さんの対談集『人生の知恵袋 ミスターと7人の水先案内人』(幻冬社)を買う。七名の対談相手は、美輪明宏さん、五木寛之さん、渡辺恒雄さん、森光子さん、石原慎太郎さん、樹木希林さん、日野原重明さん。皆さん、長嶋さんと同世代か、上の世代の方々です。前書きには、こうあります。わたくしも、人生経験豊かな方々との食をめぐる対談を通して、同じようなことを感じていました。 「水先案内人というのは、ご存知のとおり、船の世界で使われる言葉です。船が大海原に出るまでには、港や内海を通らなくてはいけません。そこには目に見えない危険がたくさんあって、座礁するようなアクシデントが起きたりするわけです。そうならないように、経験を積んだ水先案内人という海のベテランが、進むべき正確な方向を教えてくれるのです」 満月、凍えながら浮かぶ。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2月5日(木) 旧暦:一月十六日 先負 甲寅 晴れ 午後、高木泉先生のお宅で次回の料理の打ち合わせ。三月のテーマは、蜆(しじみ)。四月は、菜の花。寒中が最もおいしい蜆は、チジミと飯蒸しに。菜の花の一品は、春のほろ苦さを封じ込めたキッシュになる予定です。 試食をしているとき、小窓辺に朱色で「立春大吉」と書かれた葉書を見つけました。高木先生に尋ねると、京都の〈麩嘉〉さんより、昨日届いたとのこと。〈麩嘉〉さんの新年のご挨拶状は、元旦ではなく、立春の日に届くのだそうです。なるほどねぇ。こんな些細なことからも、京都には他所とはちがう時間が流れていることがわかります。 夜、冷え込む。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2月4日(水) 旧暦:一月十四日 友引 癸丑 晴れ 春立つ。風が少しあるものの、穏やかな日差し。イッテツと連れ立って、谷中から池之端辺りをゆるゆると歩く。 三月に開催予定の高木泉先生の料理教室『京風 こだわりの葛料理』が一杯となり、締め切らせていただきました。先生も、熊川葛という素材と出会えて、やる気満々のご様子。参加者の皆さんは、当日をお楽しみにお待ちください。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2月3日(火) 旧暦:一月十三日 先勝 壬子 曇り、時々雨模様 節分。わたくしが子供の時分は、近所の家々から「鬼は〜外、福は〜内」の声とともに家中を走り回る子供たちの音が聞こえてきたものですが、最近ではもうあまりしないようですね。静かな夜でした。 〈なかひがし〉の中東久雄さんに、取材依頼書とホームページの主旨などをまとめたものを宅急便で送る。エリザベス安藤さんよりご連絡をいただく。現在本の執筆で大変忙しく、お会いできるのは七月以降になるとのことです。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2月2日(月) 旧暦:一月十二日 赤口 辛亥 雨 寒雨。夜半になってようやく上がる。終日、家で過ごす。 エリザベス安藤さんより、お送りした対談の文章について、ご連絡をいただきました。内容や解釈の点で、わたくしが勘違いをしていた部分があり、安藤さんのお仕事が落ち着かれてから、再度お会いすることになりました。掲載はしばらく先になります。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 2月1日(日) 旧暦:一月十一日 大安 庚戌 晴れ後、曇り 暖かな如月。庭の紅梅、大分咲く。隅田川にも、ほんのりと春の息吹が渡る。 |