GANKOの日記
2004年 7月    
MON TUE WED THU FRI SAT SUN
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
バックナンバー>>

7月31日(土) 旧暦:六月十五日 友引 辛亥 晴れ
本日、隅田川の花火大会。おかしな七月台風のせいでやきもきしましたが、幸いにして雨も降らず、夕方には心地良い風も吹き始め、花火には絶好のお天気となりました。三時過ぎ、浴衣に着替えて、キタイとイッテツを連れ立って、本所の某所へ。ここのビルのオーナーは、今井老人の古くからの友人で、屋上は絶好の見所。昨年に引き続きお邪魔することにしました。 茣蓙と葦簾でこしらえた即席のお座敷で待つこと二時間。いよいよ始まりました。どん、どーん。夜空を彩る、大花火。打ち上がるごとに、川面がきらめき、下町が鮮やかに浮かび上がり、歓声がどわーん。興奮で尻尾が立ちっぱなしのイテッツ。最後の千紫万紅の花吹雪まで、今年もたっぷりと堪能できました。キタイ手製のお花火弁当も大好評でした。「よろしかったら来年もどうぞ」という社長さんのうれしいお言葉をいただき、本所を後にしたのは十時過ぎ。今年もすっかり堪能させていただきました。江戸の花火はやっぱりいいですねぇ。

7月30日(金) 旧暦:六月十四日 先勝 庚戌 晴れ
じとじとと蒸し暑い一日。台風は西にて停滞中。明日は、いよいよ隅田川の花火。見所となる土手は準備でおおわらわ。

7月29日(木) 旧暦:六月十三日 赤口 己酉 雨、降ったり、止んだり。
台風が接近。ところが今度の台風、相当なへそ曲がりらしく、ふつう東に流れるはずなのに、西へ向かう。そのせいか、ざっと雨が来たかと思うと、晴れたりの、おかしな天気の一日でした。

7月28日(水) 旧暦:六月十二日 大安 戊申 晴れ
新潟のSさんより、夏野菜の詰まった荷物が届く。「先日、送っていただいたばかりなのに」とキタイがお礼の電話をすると、「とうもろこしがなったもんで送ったぁけど、ちっと早過ぎたっけね(とうもろこしが実ったので送ったのですが、ちょっと早過ぎましたね)」とのこと。いえいえ、甘味があっておしかったです。
伊豆沖に台風十号。

7月27日(火) 旧暦:六月十一日 仏滅 丁未 晴れ
所用で、護国寺へ。空には、綿飴のような入道雲。七月なのに、はや蝉時雨。
キタイに郷里より、同級会の便り。「さて、何年振りになりますか」よい機会なので、帰省をすすめる。

7月26日(月) 旧暦:六月十日 先負 丙午 朝方、雨。のち曇り
朝方、雷を伴った雨降るも、暑さ去らず。

石も木も 眼に光る 暑さかな  去来

7月25日(日) 旧暦:六月九日 友引 乙巳 晴れ
久しぶりにシンキチくんから便りあり。バイヤーから売場に異動して半年が過ぎ、体も心もようやく慣れてきたようです。

「この間、様々な出来事がありましたが、相変わらず食を取り巻く環境の危うさと健康という幻想に振り回される私達の現状に、いささか疲れています。テレビのいいなりになってダイエットするのはもういい加減やめましょう。「このお茶、中国産ってあるけど大丈夫?」 お茶のルーツはどこですか?正しい情報。正しい知識。私たち売る側はもっと産地やメーカーからの情報をお客様に伝えることから始めないといけないと痛感する毎日です。そんなツールとして電子メール、インターネット、新しい媒体の活用が不可欠ですね」

夜、ゴーヤの炒め物。先日いただいた琉球泡盛『紺碧』を一杯。

7月24日(土) 旧暦:六月八日 先勝 甲辰 晴れ
高木先生より、梅干便り。

「梅干の土用干しをお天気を気にしながら、昼干し、夜干し、を三日三晩続けております。ひとつ、ひとつを、ほうずきを作るように、指で、梅肉を皮から、離すように、(柔らかい、真っ赤な、梅干を作りたいので。)丁寧に露の降りた、紫蘇の香りの梅干を、ひっくり返します。面倒な事ですが、幸せな時間です」

幸せとは、面倒なことに宿るなり。裏返せば、簡単にできてしまうことからは、インスタントな幸せしか手に入らないということなのでしょうか。

7月23日(金) 旧暦:六月七日 赤口 癸卯 晴れ
朝、玄関先に打ち水。朝顔の蔓が伸びてきたので、手入れをする。
午後、向笠千恵子さんとの対談を少しまとめる。

7月22日(木) 旧暦:六月六日 大安 壬寅 晴れ
大暑。暑さ慣れ、進行中。昼、氷茶漬け。
就寝前、『鉛のバラ』読了。鳥肌度五.五。

7月21日(水) 旧暦:六月五日 仏滅 辛丑 晴れ
本日、土用の丑。キタイと連れ立って、木挽町の〈竹葉亭〉本店へ。さすがに竹葉さん、玄関先に『本日 土用の丑の日です』などという野暮な張り紙はなし。白焼きで、日本酒を一合。重で〆る。半分ほど箸を運んだところで、「おや?」とキタイ。「暑さのせいで舌がちょいとばかし寝ぼけているのかもしれませんが、以前と少し味わいが変わったようなぁ・・・」
お店を出たあと、キタイと別れ、夕暮れどきの築地を歩く。風が路地を喘ぐように抜ける。

7月20日(火) 旧暦:六月四日 先負 庚子 晴れ
気温三十九度五分まで上昇し、七月としては観測史上最高を記録。
高木先生、鱧を食べに京都へ。

7月19日(月) 旧暦:六月三日 友引 己亥 晴れ
午後、久しぶりに谷中を歩く。
日暮里駅から言問通りへ。路地へ迷い込み、三浦坂を通って、根津へ。八重垣界隈はふれあい夏まつりの最中。軒下に梅を土用干した〈千原〉というお店が目に止まり、思わず暖簾をくぐる。甚平姿もしゃっきりと、調理場を切り回す女将さんに、自家茹での蛸刺しと谷中生姜。おいしい。生ビール二杯、たちまちに喉をすべり落ちる。
陽が傾き、少し風が吹き始めた不忍通りを帰る。

7月18日(日) 旧暦:六月二日 先勝 戊戌 晴れ
暑い日が続きます。日傘が売れているそうです。
夕方、イッテツと隅田川へ。百日紅がへこたれずに咲いています。

7月17日(土) 旧暦:六月一日 赤口 丁酉 晴れ
沖縄の会員の方より、『紺碧七年貯蔵』という琉球泡盛をいただく。
沖縄の泡盛メーカー全社が参加して、良質の原酒を選び抜き、七年間に渡って貯蔵熟成した原酒のみを瓶詰めしたものだとか。オーシャンブルーの美しい瓶。封を開け、一口。
濃厚な芳醇さが広がる。「泡盛の、蒸留酒としての底力を感じますねぇ」とキタイ。

7月16日(金) 旧暦:五月廿九日 先負 丙申 晴れ、夕方雨
東京は、今日も蒸し暑い一日。だんだんクアラルンプールやジャカルタにいるのとそっくりな気候になってきました。
高木先生より、メール。「定例会議の日記を拝見しました。偶然ですが、我が家でもちょうどセコムを取り付けたところで、その折に会員向け雑誌のインタビューの依頼がありました。また、セコムの食は、姉もよく利用しております。おいしいですね」先生から合格点をいただけたとなると、これはうまいこといくかもしれません。
夜。新潟の茄子を炙って、ほっくりしたところを、皮を剥き、さっぱりとした酢で食べる。

7月15日(木) 旧暦:五月廿八日 友引 乙未 晴れ、夕方雨
新潟より、野菜着。

茄子
胡瓜
しし唐辛子
ピーマン
鉈豆

モロヘイヤ

新聞紙を解くと、一瞬、夏の香気が広がる。
キタイ、早速、料理に取り掛かる。鉈豆は胡麻和えに。茄子は煮浸しに。モロヘイヤもさっと茹でて、出し汁をかけまわし、鰹節をはらり。

7月14日(水) 旧暦:五月廿七日 先勝 甲午 晴れ
関東で梅雨明けの翌日、新潟で豪雨。キタイ、Sさんのことが心配になり電話をかける。幸いにして、Sさんの所は被害もなく大丈夫とのこと。「電話もらってちょうどいっけ。夏野菜、送るすけ(電話をいただいてちょうどよかった。夏野菜、送りますから)」

7月13日(火) 旧暦:五月廿六日 赤口 癸巳 晴れ
本日、梅雨明け。今年の梅雨は、降雨より、暑かった印象だけが残ります。
夕方、散歩。夾竹桃の赤、鮮やか。

7月12日(月) 旧暦:五月廿五日 大安 壬辰 晴れ
夕方より、定例会。先日実施した一周年アンケートの結果報告を受ける。会員の方より、これから取り上げて欲しいこと、取り組んで欲しいこと、お薦めのおいしいものなど今後の活動のヒントになるようなことをたくさんいただきました。ちなみに、お薦めのおいしいものの中からいくつかをご紹介させていただくと。

烏賊(いか)の黒づくり
蕗とホタルイカの煮物
公家芋
馬糞ウニ
柿の若菜
まじゃくの塩辛
カスドース(マッチ箱大のカステラを卵黄にくぐらせ、糖蜜、グラニュー糖をかけたお菓子)
ゼリーフライ
青さ汁
風雅巻き(海苔で巻いた豆菓子)
ちりめん山椒
ぶどう豆
マルティグラス

東京湯島〈花月〉のかりんとう
伊勢〈とらや〉のういろ
栃木県今市のそば
鳥取倉吉の銘菓〈天女の忘れもの〉
開田高原の〈霧しなうどん〉

Web制作を担当してくださっているオッズファクトリーの正木さんより、セコムが企画運営する食のホームページ『セコムの食』のご紹介あり。「安心」「安全」の観点から選んだ全国各地のこだわりの食材・食品を販売しているなど共感すべきところも多く、なんらかの形で一緒にできないだろうか、検討してみることにしました。

7月11日(日) 旧暦:五月廿四日 仏滅 辛卯 晴れ、時々雨
朝、さいと町公民館で参議院選挙。
夕方、中央通りを歩く。途中、室町の〈タロー書房〉に立ち寄る。刃物の〈木屋〉の隣りに建つこの書店は、こじんまりとしていながら、なかなかセンスの良い本を扱っており、最近気に入っています。丸山健二氏の最新刊『鉛のバラ』を買う。高倉健さん主演の映画、ならぬ小説。表紙の写真が美しい。

7月10日(土) 旧暦:五月廿三日 先負 庚寅 晴れ時々雨
浅草寺の四万六千日。午後、キタイとイッテツと連れ立って出掛ける。この日浅草寺に参詣すると、四万六千日(百二十七年)分の参詣に値する観音様のご利益があるといわれるだけあって、雷門の辺りからものすごい人手。やっとの思いで本堂にたどり着く。
帰りは、久しぶりに駒形橋の〈前川〉へ。隅田川を眺めながら、鰻。たっぷりとした気持ちで、ゆるりと帰る。玄関先に、入谷の朝顔と鬼灯(ほおずき)の鉢が並ぶ。天然の涼感。

7月9日(金) 旧暦:五月廿二日 友引 己丑 晴れ
今日も、頭が茶碗蒸しになりそうな暑さ。昼食、キタイにまたしても素麺のリクエスト。
夕方、イッテツが「先日、お買いなったデジカメをちょいとお借りしていいですか」と言うので、貸す。さっそく首からぶら下げて、嬉々として出掛ける。なにやらを撮るつもりらしい。

7月8日(木) 旧暦:五月廿一日 先勝 戊子 晴れ
暑い。昼食、氷水に浮かべた素麺。夕方、木陰を渡りながら、神田の明神様まで散歩。

7月7日(水) 旧暦:五月廿日 赤口 丁亥 晴れ
小暑、どころか猛暑の七夕になりました。イッテツと入谷鬼子母神の朝顔市に出掛ける。葦簾(よしづ)で覆われた歩道は、所狭しと並べられた朝顔の鉢植えと人でぎっしり。お参りをして、境内の出店で一鉢買う。
帰りは浅草まで出て、並木の〈藪〉で一息。テーブル席に座ると、斜め向かいに着物姿の粋な小父様が、お銚子片手にほろ酔い気分。どこぞの大店のご隠居さんのようにも見えます。「お、朝顔かい。いいこと教えようかい。あたしゃ花にはちょいと詳しいんだ。そいつが咲いたら、何色か忘れないように色を書いた紙縒りを結んで、その種をとっといて、来年の五月二十二日になったら植えるといいんだよ」「どうして五月二十二日なんですか」「なあに、朝顔はその日が好きなのよ。すっと十一月頃まで花が咲いてっから、不思議なもんだ」「そうなんですか」「おうよ。ところで、あんたはどっから来たい」「日本橋のさいと町ですが」「さいと町?知らねぇなぁ」「目立たぬ町ですから」夕暮れ時の楽しき会話。
家に戻って、朝顔に水をやり、涼んでいると、神さんから電話が入る。
「おいおい、家に電話やら、ファックスやら、じゃんじゃん入ってきてるんだけどどうなってるんだい?」なんと原因は、わたくしにあり。じつは神さんとの対談の中に出てきた北海道の鮑専門店〈あわびの源太〉さんのホープページに、掲示板があったので、ご挨拶のメッセージを書いたところ、それを読んだ店主の工藤さんがお客様に伝えたことから起こった一件のようなのです。それにしても、神さん、愛されてますねぇ。

ちりん、ちりん。風鈴の音で、暑さをしのぐ夜。

7月6日(火) 旧暦:五月十九日 大安 丙戌 晴れ
朝、起きれず。散歩に出かけて、ようやくシャキッとする。
エミちゃんからメール。「山本海苔でおむすびをこしらえて持って行ったら、大好評。あっという間に売り切れました。ビデオで撮影したので、ちょっと荒れていますが、写真も送ります」

7月5日(月) 旧暦:五月十八日 仏滅 乙酉 晴れ
午後二時に、成田着。なんという蒸し暑さ。成田エクスプレスで東京。タクシーでさいと町へ。イッテツを抱きしめて、荷物をほどき、麦茶を飲みながらメールのチェック。向笠さんより、先日の返事。アイス、そして同じくアサクサノリ種のみで、無添加の佃煮もありまして、どちらも佐賀市の有明海のほとりの島内さんという海苔漁師の奥さんがリーダーの主婦たちの
意欲作。TELとファクス0952−26−2999。
エミちゃんをはじめ、パリでお世話になった方々にお礼のメールを打つ。
夕食に、キタイがこしらえてくれた冷汁。冷たいお豆腐と胡瓜が、しみじみとおいしい。

7月4日(日) 旧暦:五月十七日 先負 甲申 パリにて
パリも今日で終わり。朝食のあと、裏通りをのんびりと歩く。日曜日ということもあり、人通りは少なく、とても気持ちがいい。シテ島が見えるところ辺で、雨が降り出し、近くのポンピドゥー芸術センターに駆け込む。残念ながら作品を見る時間はなし。
地下鉄でホテルに戻り、シャワーを浴びて、十二時少し前にチェックアウト。ホテルに隣接したショッピングセンターの地下食品売場で買った林檎を齧りながら、ソファで本を読んで過ごす。
二時、タクシーで空港へ。パキスタン人のタクシー運転手と、英語でのちんぷんかんぷんなやりとり。アリガトウ イズ ベリー ベンリ ナ コトバ OK? サイナラ ノ ノ サヨナラ。成田行きJAL40便、定刻より一時間ほど遅れて、シャルル・ド・ゴールを発つ。フランスも意識も、あっという間に遠くなる。

7月3日(土) 旧暦:五月十六日 友引 癸未 パリにて
朝から、ジャパン・エキスポの開場へ。十一時半過ぎに、パリ市内で〈十時や〉というコンビニエンスストアを経営されている村口照夫さんにお会いする。
村口さんは日本のアパレルメーカーに就職し、ミラノとパリ勤務を経て、八年前にオペラ座のそばで〈十時や〉をオープン。お弁当はフランス人にも大人気なのだそうです。「お米はどうされているんですか」「イタリアから輸入しています。イタリアとスペインは欧州の米どころなんですよ」
仕事のことをお聞きするうちに、話題は自然と日本のことへ。「いつの頃からでしょうか。パリへくるほっとするようになりました。パリでは建物の容量が決められていて、改装するときも外の壁は残す。お店なんかでも勝手に商売替えしてはいけなんです。そうやって景観や生活を保とうと努力している。そういう変わらないところにほっとするんでしょうね。私は大阪の生まれですが、関西空港から街へ向かう道、なんですかあれ?コンクリートだらけで、少しも寛がない」
取材を終えて会場に戻ると、エミちゃんから「きものコンテストのゲスト審査員をやってくれない」との依頼。エキスポのプロデューサーと藤間流の先生と並んで、出場者の点数をつけました。それにしても、会場はすごい熱気。コスプレ大会の予選の入場券は数時間待ちだとか。でも、これがほんとに日本?なのかな。
夕方、ホテルへ。初日に入った日本料理屋で、ビールでお寿司を軽くつまむ。

7月2日(金) 旧暦:五月十五日 先勝 壬午 パリにて
今日からジャパン・エキスポ。MIで、会場のあるラ・デファンス駅へ。ここは新凱旋門をはじめとして近代的な建築物が並んでいる、東京の副都心のような所です。「びっくりしないでよ」というエミちゃんの言葉のとおり、入口は開場を待つ人たちで大混雑、入場制限までされていました。
関係者入口から会場へ。お祭りの屋台のような漫画やゲームのコーナーを抜けて、エミちゃんのいるきものの会場へ。「どう?びっくりしたでしょ」この会場では着物の着付けをはじめ、居合、お茶、生け花など、日本の文化を紹介しています。巣鴨からいらしたという南京玉簾ご一行の妙演などを観ながら、二時間ほど過ごした後、オルセー美術館へ。印象派の作品を中心に観賞して、夕方ホテルに。本日お会いする予定の鈴木昭さんと、連絡をとる。夜八時にホテルのロビーにいらしてくださるとのこと。鈴木さんは約束時間より十五分ほど早く到着。「よかったら、私が知っている南仏料理のお店が近くにあるのですがいかがですか」
鈴木さんはビジネスマンとして三十年以上フランスで働いた後、六十歳を前にして、お豆腐屋に転身。日本のお豆腐屋で一から修業して、自宅の一部屋を豆腐づくりのアトリエに改造。試作と思索の二年間をへて、ようやくこの三月から〈鈴豆腐〉の販売を始めました。一日七十丁はすべて完売という鈴豆腐ですが、開業四ヶ月目にして早くも大きな壁にぶつかっているそうです。「自分がおいしいと思える豆腐をつくりたいと思って始めたんだけど、むずかしいもんだねぇ。手をかけたら儲からないし、手を抜けばたくさんつくれるけど、おいしくないからしたくない。注文する大豆のこともあるから、七月中にはどうするか決めないといけないんだけど弱ったね。でも、私には強い運があるから大丈夫しょう」
鈴木さんは、完璧なフランス語を話し、背も高くとてもダンディ。六十二歳にはとても思えません。フランスの友人知人も多く、話題も豊富。「パリにいる日本人は遠くからでもすぐわかりますよ」「どうしてですか」「姿勢が悪いから」
レストランを出た後も話は尽きることがなく、近くのアイリッシュ・バーへ。おいしい料理と楽しい時間をありがとうございました。
十二時過ぎ、ホテルへ戻る。シャワーを浴びて、ベッドに横になる、窓から満月が笑う

7月1日(木) 旧暦:五月十四日 赤口 辛巳 パリにて
満席のパリ行きJAL405便。十二時過ぎに成田を発ち、シャルル・ド・ゴール空港に夕方五時少し前に到着。パリはいま一年でいちばん日が長く、外はまだ明るい日差し。気温は十五度、少し肌寒い。タクシーで、ポルト・マイヨへ。夕方のせいか、夏休みのせいか、道路はやや混雑。六時半に宿泊先の〈コンコルド・ラ・ファエット〉に。ロビーでエミちゃんが手を振る。
七時少し過ぎに、今日お会いする原秀年さんが到着。十七区にお住まいとのことで、歩いてこられたそうです。三人で、ホテルの近くの日本料理店へ。原さんは若い頃、カメラマンとしてパリを拠点に活躍され(フランスの海藻と料理方法などの本なども出版されています)、その後マクロビオティックという食事療法の先生と出会い、一時期はレストランなども経営されていたそうです。現在は、観光会社に勤務しながら、パリの日本人会で『山菜の会』を主催されています。「今日はいろいろ持ってきたんですよ」と鞄の中から、ご自分で調査された山菜のリスト。ホテルのすぐそばにあるブーローニュの森で、日本とほぼ同じくらいの種類の山菜が採れると知り、驚きました。「味はどうなんですか?」「日本とほとんど変わらないですよ。いつかは山菜のことも本にまとめたいと思っていますが、さてどうなることやら」二人の息子さんも独立し、アパルトメントローンも払い終えたという原さん、ちょっと日本が恋しそうでした。
時差ぼけのせいか、夜、何度か目覚める。