GANKOの日記
2004年 10月    
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10月31日(日) 旧暦:九月十八日 友引 癸未 雨のち曇り、ときどき晴れ間
夜半の雨も、朝には上がる。寒さも去り、蒸す。新潟より、焼酎に漬けた渋柿が届く。十日後くらいが食べ頃とのこと。地震もおさまる気配あり。午後、上野の森へ、マチス展。
夜、ががんぼを見る。

10月30日(土) 旧暦:九月十七日 先勝 壬午 雨
朝から雨。地震のこともあり、気持ちが重くなっていたところに、一通のメールが届く。差出人は、Iさんという男性の方。今年の二月十一日の日記(京都で小松華功さんの窯を訪れた日)について、ひと言。というものでした。ご本人には直接お礼のメールをお送りさせていただきましたが、とても嬉しく素敵な内容でしたので、紹介させていただきます。

「京都・小松さんの居所は“丹波”でなく、左京区広河原能美ではないでしょうか。お住まいの前を流れるのが能美川。近所には草木染の人間国宝・志村ふくみ先生のアトリエもありますし、京都いや日本を代表する古美術商・柳孝さんの別荘もありますし、裏千家・茶道資料館にお勤めで、茶道具の研究で知られる赤沼多佳先生の別荘もすぐ近くで、それそぞれ小松さんとの親交があり、小生、勝手にこのあたりを「能美芸術村」と呼んでいます。ちなみに、「丹波」は京都府と兵庫県にまたがった地域ですが小松さんの在所とは別の所。「丹後」は京都府。」

知りませんでした。わたくしは、てっきりあの辺りが丹波とばかり・・・。とんだ勘違い。ご指摘ありがとうございます。それに能見が芸術と深いかかわりを持っている土地であることも知りませんでした。Iさんのメールは、次のように続いています。

「小松さんの亡くなった前夫人には大変お世話になっておりました。中東さんにも亡きお兄さんともどもお世話になっておりました。〈美山荘〉をはじめ、四季咲きの杜若咲く集落・杜若と、このあたりには今でも大好きな「わたしの京都」です。よって、「かまくら」のお話を拝読し、2メートルを越す雪の能美を懐かしく思い出しました。今度は、毎年8月24日に行われる「広河原の松上げ」、「久多の花笠踊り」をご覧になることをおすすめします。いずれも小松さんにお願いすればご案内いただけるはずです。白洲正子さん、有吉佐和子さんも感動した、ほんものの「美しい日本の祭」です。」

Iさんは、会員の方ではなく、どこにお住まいかわかりませんが、京都にとても造詣が深い方とお見受けします。八月二十四日のお祭り、さぞや美しいのでしょうね。来年の楽しみが増えました。ほんとうにありがとうございます。宜しかったら、これからもときどき訪ねてみてください。

10月29日(金) 旧暦:九月十六日 赤口 辛巳 晴れ
気持ちのよい一日。新潟の地震以来、どことなく沈みがちなキタイを誘って、散歩に出かける。昌平橋から湯島に入り、旧岩崎邸庭園で寛ぎ、湯島天神にお参り。天神様の境内は来月一日から始まる菊花祭りのための鉢が運びこまれていました。男坂を下る頃には辺りは薄闇。小腹がすいたので〈蓮玉庵〉へ。お蕎麦で、夕食のかわりとする。「ああ、今日はよく歩いた。気分がいい」少しでも気持ちが晴れればよいのですが。

10月28日(木) 旧暦:九月十五日 大安 庚辰 晴れ
昨日より、さらに冷え込む。新潟の被災地の方々にすまないなぁと思いながら、炬燵を出す。

10月27日(水) 旧暦:九月十四日 仏滅 己卯 晴れ
町がきゅっと締まったような、寒い一日。イッテツと駒形橋の方まで歩く。新潟に電話。比較的被害の軽かった松之山町の人たちは、ご婦人たちは十日町などへ炊き出しに出かけているとのこと。土砂の中より、二歳の男児、奇跡的に生還。

10月26日(火) 旧暦:九月十三日 先負 戊寅 雨
朝から、東日本全域に冷たい雨。新潟の山沿いでは、雪の予想。これから冬を迎えようというのに、地震の恐怖と寒さに震えながら車やテントの中で過ごすのは、さぞや大変なことでしょう。ほんの三日前までは家があり、団欒があり、考えられもしなかったことでしょうに。そう思う、わたくしたちの日々の営みの、なんと不確かで不安定の上に立っていることか。身につまされます。

10月25日(月) 旧暦:九月十二日 友引 丁丑 曇り
午後、さいと町に帰る。また、テレビ。人的、物的被害ともにはさらに広がっている模様が映し出される。『久保田』の蔵元〈朝日酒造〉も甚大な被害を受け、今年の新酒はほぼ全滅とのこと。高木先生、パリのえみちゃん、タイちゃんをはじめ、何人かの会員の方々より、心配の電話いただく。

10月24日(日) 旧暦:九月十一日 先勝 丙子 曇り、時々晴れ
地震から一夜明け、被害の様子が明らかになる。長岡、十日町、小千谷、山古志村・・・。家倒壊、土砂崩れ、山崩れ、道路寸断・・・、ひどい有様に叔母と二人で愕然とする。余震も収まらず、死者の人数も増えている。新潟に、再び電話。つながらず。夕方までたびたびかけるも、つながらず。夕方、ようやくSさんより電話。「わりっけねー、天気がよかったすけ、山に出てて(ごめんなさい、お天気が良かったので、山仕事に行っていました)・・・」ほっとして、へなへなとなる。予定を変更して、本日も鎌倉泊。叔母と、あてどなく話す。

10月23日(土) 旧暦:九月十日 赤口 乙亥 薄曇り
今秋いちばんの寒さとなったこの日。夕六時過ぎ、新潟で大地震。叔母と夕食の準備の手を止めて、テレビのニュースに見入る。震度六を記録した中越地方といえば、Sさんが住んでいる松之山町からすぐのところ。これは大変なことになっているに違いないと思い、電話。つながらず。何度も電話するもつながらず。そうこうしているうちに、キタイから電話。「そちらはどう?」「だめです。つながりませんね」
八時過ぎに、ようやくSさんから電話。詳しい話を聞く。農作業を終え、お二人で温泉場の共同浴場にお風呂を浴びに行き、ちょうど着替え終わったところにどかんと来たとのこと。土曜日ということもあり温泉客多数。ほとんどの方々が裸で外へ飛び出す。自宅に帰ってほっとしたところに再びどかん。ただ松之山は揺れがひどかったものの、幸いにして建物などの損傷はなし。家の中で眠れそうだとのことで一安心する。「余震がきているようですから、どうか気をつけて」と電話を切る。それからまた深夜までテレビ。落ち着かない不安の中、眠る。

10月22日(金) 旧暦:九月九日 大安 甲戌 晴れ
一日遅れの、台風一過? 朝、鎌倉の節子叔母へ電話。台風のことなど話す。「久しぶりに遊びにいらっしゃい。星野立子展のこともあるし、円覚寺は風入れよ」ということになり、夕方、鎌倉へ移動。小町通り入る、〈しげじ〉で夕食。

10月21日(木) 旧暦:九月八日 仏滅 癸酉 曇り
またしても台風一過とならず、はっきりとしないお天気でした。
高木先生より、お便り。先生が時折届けてくださる季文は、散歩くらいしか話題のないこの日記に、彩りと潤いを与えてくれます。感謝

「修善寺の新井旅館も台風の立て直しのメドが付いたそうで、安心いたしました。私は本日、京都でした。早朝の新幹線は、色々嵐の後の川の表情を見せてくれました。少し小雨でしたけれども、親しい京野菜の八百屋の人も、川魚の大国やさんも、口々に台風のいたわりの言葉でした。
いつもの麩嘉のお料理を頂いて、有次さんで、小松先生のお話をしながら、春のかまくらの話題で大笑いして来ました。私は、毎年、包丁を年末に有次さんに磨きや、直しのメンテナンスに出して、返って来てから、年末のお料理が始まります。今年も早く年が過ぎようとしております。
帰りの新幹線は、後の月が、それは、それは、美しく、自然の移り変わりの激しさに、驚かされました。」

10月20日(水) 旧暦:九月七日 先負 壬申 大雨
月に一度の定例ミーティング。台風の接近する中、山本海苔店へ。ミーティングを終えて出ると、外は大荒れ。さいと町の自宅まで、風に飛ばされて帰りました。
服を着替えて台所に顔を出すと、新潟から届いた野菜の箱。里芋、ちんげん菜、葱、春菊、ピーマン、大根、ブロッコリー、薩摩芋、そして、大ぶりのなめこ(秋ですねぇ)。「おいしそうな野菜がたくさんあったので、夕食は“ほうとう”にしました」と、麺を打ちながらキタイ。

10月19日(火) 旧暦:九月六日 友引 辛未 雨
西より、またしても大型台風が接近。雨のべったら市。日本橋本町三丁目の寶田稲荷神社前の通りには、それでも熱心な人並みが行き交っていました。大根の浅漬、一本。

10月18日(月) 旧暦:九月五日 先勝 庚午 晴れ
観音様の菊供養とて、浅草に行く。帰り、〈並木藪〉。おかめ。新聞に、漁獲高が激減との記事。やはり向笠さんがいわれていたとおりなのだ。

10月17日(日) 旧暦:九月四日 赤口 己未 晴れ
空が高い秋晴れの一日。木場に角乗(かくのり)を見に行く。あら、よっと。威勢の良いことで。今週は、べったら市。それが過ぎると、すぐに酉の市。東京の秋が深まってゆきますね。

10月16日(土) 旧暦:九月三日 大安 戊辰 曇り
肌寒い一日。ちょいと早いかなと思いつつ、居間にホットカーペットを敷く。スイッチを入れて寝転がって本を読んでいたら、いつの間にやらぐっすりと。
夜、おでん。〈神茂〉のはんぺんが、ふかふかとしておいしゅうございます。

 10月15日(金) 旧暦:九月二日 仏滅 丁卯 晴れ
八日振りの晴れ。家の中に風を通す。午後から、湯島の方へ散歩。〈花月〉のかりんとうを買って帰る。おいしいんだなぁ、ここのかりんとう。
10月14日(木) 旧暦:九月一日 先負 丙寅 曇り
料理の撮影で、高木先生のお宅へ。先生にお会いするのは約二ヶ月振り、その間に季節はすっかりと変わって、高木家も秋らしい装いになっていました。玄関先に柿の入った小袋、リビングに稲穂のついた小槌、食卓の脇に真っ赤な小粒林檎、トイレには古いディオールの茶色の小瓶・・・。暮らしの中に置かれたさりげない季節の演出も、先生のお宅におじゃまをさせていただく際の楽しみなのです。
さて、本日の料理。洋梨の赤ワイン煮、新酒のゼリー、ねぎトースト、鰯のねぎ蒸し、ねぎのキッシュ。トーストの上に、ねぎペーストをのせたねぎトーストは、とてもおいしくて、途中でつまんで食べているうちになくなってしまいました。残りの四品に加えて、京都錦の大国屋さんから取り寄せた子持ち鮎を先生が煮付けたものと、お手製の豚柚子(ぶたゆず)で会食。尾田カメラマン、鰯の小骨を喉にひっかけ、しばらくこほこほ。
帰り際、ちょうどご帰宅されたご主人に初めてお会いする。

10月13日(水) 旧暦:八月三十日 先勝 乙丑 雨のち上がる
先週来、雨が続いていましたが、午後になってようやく上がる。夕方には、薄日差す。高木先生から、確認メール。明日は忘れずに。

10月12日(火) 旧暦:八月廿九日 赤口 甲子 雨
雨の中、池上本門寺のお会式へ。本日、万灯行列。境内は大変な賑わいで、熱心な信者さんの祈りが、大堂から響いていました。でも、わたくしには(日蓮さんには申し訳ないのですが)、どうも日蓮宗の煌びやかさが肌に合わないというか・・・。雨に濡れた境内の石段、石灯籠などはよい風情でした。
十時過ぎに帰宅。あこう鯛の一夜干しで、ご飯。節子叔母より電話。八幡様にある公暁伝説の大銀杏の枝が、台風で何本か折れたそうです。

10月11日(月) 旧暦:八月廿八日 大安 癸亥 雨、曇り
パリのエミちゃんより、団十郎・海老蔵公演の便り。これがじつにおもしろい!

パリでは能の公演の方が多いせいか、歌舞伎はあまり知られていません。
でも大人気で、チケットも9日の初日から22日までもう売り切れです。
Le MONDEにも一ページをさいて記事が載りました。
まあ、ルイヴィトンがスポンサーなのでそれくらい簡単なのでしょうが・・・。
口上をフランス語でやり、人気を博していますよ。
全部は無理なのでさわりの部分だけですが、すばらしい試みでしょう。
団十郎さんのフランス語は、すばらしいできですよ。
口上は、私にも大変珍しく、あのにらみ!が見られてうれしかったです。
息子は通訳でスタッフに入っているので、
もう何回もにらまれ10年分くらい邪気をはらってもらったよなどとのたまっております。
団十郎さんがやはり光りますね。
踊りは海老蔵さんの鏡獅子でしたが、
私はやはり能の(石橋)の獅子のほうが好きかなあ。
カーテンコールなど日本ではないと思いますが、
役者さんのほうがやりたがっているようですね。
最後は海老蔵が獅子の格好のままで、
幕を手を振りながら引いて行ったりして受けてました。
一緒に行ったフランス人の友人たちには、
やはりお能と違う舞台装置の派手さや人数の多さ、豪華さに驚いていました。
能に比べて娯楽の意味が強いということは伝わっているようです。
でも心中ものをモリエールの影響だなどと言うのにはちょっと反論しました。
モリエールが日本の影響を受けたのでしょう!!とね
あとは男の役者同士でどうやっていわゆるラブシーンを演じるのか? キスしないのか? など 始まる前にはいろいろ聞かれて笑っちゃいました。
女形さんの色気の表現は、見てもらわないことには説明ができませんもの。
フランス人女性には、あの(女らしいしぐさ)は笑いをさそってしまったりしてました。
大げさだものね それに女性から見るとあんなことしないわ、
となってしまうようですよ でも昔の日本人女性はねえ。ああですものね。

10月10日(日) 旧暦:八月廿七日 仏滅 壬戌 雨
台風一過、とはいかず、今日もさえないお天気。雨が小振りになったところを見計らって、散歩へ。所々に金木犀の花が、岩絵の具を散らしたように道端に広がっていました。鮮やかな濡れ色にどきりとします。
新米、到着。炊き上がったばかりの、きらきらと光る米粒をじいっと見て、一礼。いただきます。

10月9日(土) 旧暦:八月廿六日 先負 辛酉 大荒れ
台風が上陸し、終日雨。夕刻より、雨風ともに強し。家中が、がたぴし揺れる。蔵でイッテツの薀蓄話執筆の手伝い。
夜、新潟より電話。新米を送ってくださるそうです。今年は夏の猛暑のおかげで非常に出来がよいとのこと。ほっくり炊いた新米に、ぱりっとお海苔をくるんで。たまらない季節がやってきました。

10月8日(金) 旧暦:八月廿五日 友引 庚申 曇り
今日も、雨。うっかりしていて、高木先生宅での料理の打ち合わせを、すっぽかしてしまいました。先生、申し訳ありません。十月の季題は新酒。十一月は葱(ねぎ)とのこと。十四日の撮影本番には伺いますので、ご勘弁を。
嵐(台風二十二号)の前の静かさ。

10月7日(木) 旧暦:八月廿四日 先勝 己未 晴れ
十五周年を迎えた雑誌『サライ』が、池波正太郎さんの特集。エッセイを通して何度も読んでいる話なのに、また読んでしまうのが池波先生の魅力なのでしょうね。この倶楽部の挨拶文にも、池波先生の言葉を拝借させていただいています。快く許可してくだすった夫人の豊子さんには、大変感謝しています。

10月6日(水) 旧暦:八月廿三日 赤口 戊午 晴れ
朝起きて、雨戸を開け放つと、庭先から「今日もいい天気ですなぁ。久し振りに船にでも揺られましょうか」とイッテツが言う。それもよいなと思い、キタイも誘って、浅草へ。水上船に乗って、浜離宮まで行く。たっぷり水を含んだ芝の上を赤蜻蛉が飛び交い、いまが盛りの金木犀(きんもくせい)の香りが漂う中を歩く。なんとも気持ちの良い一日でした。帰りに、みんなで〈ガルリカフェ〉へ寄る。
夜、戻り鰹とさつま芋の薄揚げ。

10月5日(火) 旧暦:八月廿二日 大安 丁巳 雨
雨、一層ひどく降る。「日曜日からずっと。よく降りますねぇ。」とキタイ。雨が続くと、いつもガルシア・マルケスの『百年の孤独』の中で、雨が百日間降り続いて町中が水浸しになる話を思い出す。

10月4日(月) 旧暦:八月廿一日 仏滅 丙辰 雨
今日も、雨。今日も、本を読んで過ごす。お八つに、焼き栗。夜、キタイと秋の五目御飯を一緒にこしらえる。

10月3日(日) 旧暦:八月廿日 先負 乙卯 雨
午後から、ますますひどく降る。池田弥三郎さんと長谷川幸延さんが交互に東西の味自慢をする『味にしひがし』という本を読んで過ごす。正方形の洒落た本。
夜、鎌倉の節子叔母から、電話。「うちの近所に、昆虫好きの小学生がいるんだけどね。夏休みに扇ガ谷に住む養老孟司さんに手紙を書いたんですって。ボクはもっと昆虫のことが知りたいですって。ほら、養老先生は昆虫が大好きな方だから。そうしたら、丁寧な返事が返ってきてね、それどころかお忙しい中、小学校にまできてくれたんですって。昨日よ、昨日。昆虫を捕まえる道具を一杯に詰め込んだリュックサックを背負って。その子にとってはもう一生の宝物よね。大人の仕事って、こういうことじゃないかしら」
誰それが誰それを殺めただとか、騙しただとか、相変わらず日々殺伐なことが続いていますが、真っ当な人はいる。真っ当な人の、真っ当な話だけを載せた新聞があるといいのに。

10月2日(土) 旧暦:八月十九日 友引 甲寅 秋晴れ
今日も、気持ちの良い一日。家中の窓を開け放つ。午後、イッテツと散歩に出掛ける。浅草から川向こうを夕方まで歩く。
久しぶりにパリのエミちゃんから便り。オペラの旅行代理店の中に、イベント関係のブースを立ち上げたとのことで忙しかったようです。

10月1日(金) 旧暦:八月十八日 癸丑 晴れ
今日も秋らしい一日。夕方、中央通りを散歩。三越の新館も十一日の開店に向けてほとんど完成。それにしても、今年もあと三月。早いものです。〈榮太郎〉の茶室で休む。