GANKOの日記
2004年 2月    
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2月28日(月) 旧暦:一月廿日 友引 癸未 晴れ
寒さが少しぬるんできた午後。イッテツと愛宕神社まで歩く。周りを背の高い森ビルに囲まれてしまった江戸所縁の神社ですか、急な石段を登った境内は東京の小さなオアシスのようでほっとします。

2月27日(日) 旧暦:一月十九日 先勝 壬午 晴れ
有田昭峯窯の岩永さんより、お知らせメール。

有田に『のんのこ』という焼酎を造っている宗政酒造という会社がありまして、〈有田ポーセリン・パーク〉という焼物と酒のテーマパークを運営しています。
そこが佐野実さんと契約して、去年の暮れから今年の初めまで〈新横浜ラーメン博物館〉の〈支那そばや〉で特別メニューだった『九州有田とんこつらぁ麺』をつくることがきまりました。
お披露目は3月19・20・21日の『のんのこ蔵出し祭』です。佐野さん本人はもちろん3日間はいますし、開店の応援に久留米の〈大砲らーめん〉の店長2人もきます。(さすが彼らは佐野さんに心酔していて例の飲み会のときに、わざわざ久留米から泊りがけで来ました)
私も白いゴム長を買わなければいけなくなりました。

二月八日の日記で紹介ました、岩永さんのメールの中にあった“料理界のある人物”とは、佐野実さんのことだったそうです。

滞在中は風邪気味だったそうで、いつもの佐野節もなく、おとなしく「のんのこ」を飲んでいました。ロクロにも挑戦され、有田の白磁の土でのロクロ回しは、「ラーメン作りよりも難しい。」と一言。今後、暇を見つけては有田に来てロクロの腕を上げたいそうです。

わたくしは詳しくは存じ上げないのですが、佐野さんはラーメン界のカリスマと呼ばれている方だとか…。有田が少しでも元気になるとよいですね。

2月26日(土) 旧暦:一月十八日 赤口 辛未 曇り
風花舞う、寒い一日。エミちゃんより巴里便り。

パリはここ数日、雪がちらつき真っ白に雪化粧しましたよ。子供たちはバカンスですが、うちはルーブル美術館に行ったりぶらぶらと過ごしています。でも、さすがに雪のパリは歩き回るのも楽しくて寒さも忘れてしまいそうです。
春を待つといえば、ひな祭り。うちは友達の手作り雛人形。ミニチュアですがかわいいでしょ。パリの狭いアパートにはちょうど良いですけど。


 

2月25日(金) 旧暦:一月十七日 大安 庚辰
朝、庭にうっすらと白。冷たい雨は、夜のうちに雪にかわっていたのですね。
本日の読売新聞朝刊のくらしの欄に、高木泉先生のひな祭りの料理が紹介されています。五目ずしを筍の皮とクレープで巻いてひな人形に見立てた、高木先生らしい遊び心のある一品。オレンジ色のセーターとすらりと着こなした先生もまた春。「お若いですねー、先生」と、さっそく電話。電話の向こうで、少し照れているふう。

そんなところへ、有田昭峯窯の岩永さんよりメール。

高木先生に使ってもらいたい蓋付のお茶碗は今やっと、ロクロの段階になりました。上手なロクロ師を形状と大きさを確認し、良い土で仕上がる予定です。あと一月ぐらいで、焼き上げたいと思っています。

こちらも楽しみですね。

2月24日(木) 旧暦:一月十六日 仏滅 己卯 曇りのち雨、夜半雪
運営スタッフによる定例会。当倶楽部を立ち上げてから、もうすぐ丸二年。三年目以降に向けて、トップページの見直しや、会員の方々に参加していただけるような仕組みなど考えてみることにしました。
帰り途、〈うさぎや〉に立ち寄り、茶うけの和菓子を買う。どらやきで有名な〈うさぎや〉さん、包装を待っている間にも買い求める声しきり。残念ながら、売り切れ。

エリコさんよりメール。いよいよベルギーを離れる日が迫ってきたようです。
『エリコさんの欧州くいしん簿記』

2月23日(水) 旧暦:一月十五日 先負 戊寅 晴れ
春一番、吹き渡る。日記を見たら、去年より十日遅れでした。
以前にも紹介したことがありますが、高木先生が商品開発アドバイザーをしておられる、おむすび屋さん。http://www.yamamoto-noriten.co.jp/maruume/index.html
春のおむすびが登場とのことで、さっそく日本橋高島屋地下のお店〈四季のかご〉に出かけてみました。ありました。菜の花と銚子のあさり、と、牛ごぼう。二個ずつ買い求めて、キタイと昼食に食す。旨々。

2月22日(火) 旧暦:一月十四日 友引 丁丑 晴れ
気持ちの良い一日。駒形橋を渡って川向こうへ。梅に混じって、時折、沈丁花の香。早春、足取りも軽く。本所から向島を回って、吾妻橋東詰。〈海老屋総本店〉で、ふきのとうの佃煮を買って帰る。夜、昨日新潟からいただいたばかりのお米の炊き立てとあわせて食す。その、うまいこと。
イッシーさんより、先日メールで尋ねた鴨の種類のことで返信。

2月21日(月) 旧暦:一月十三日 先勝 丙子 曇り
新潟より、お米が届く。早速お礼の電話を差し上げると、「秋に送ったんが、そろっとなくなったーねやかなと思ってそー(秋に送ったお米がそろそろなくなった頃ではないかと思ってね)」との優しい気遣い。雪の様子をお聞きすると、「へー屋根まで届いて、うちんなか真っ暗だこっつぉ(もう屋根のところまで積もって、家の中が真っ暗になりました)」雪国の春はまだまだ先のようです。
夜、鎌倉の節子叔母から電話。久し振りなので、四方山話する。

2月20日(日) 旧暦:一月十三日 赤口 乙亥 曇り
雛壇を飾る。家の中が急に春めく。


2月19日(土) 旧暦:一月十一日 大安 甲戌 明け方雪、曇りのち雨
明け方、うっすらと雪。昨日いただいたイッシーさんからの鴨便り。


室町元子さま

路地奥から梅の花が香り始めました。
この15日で、この冬の狩猟期間が終わりました。
行きつけの京橋の小料理屋から電話で、
「終いの真鴨ときじ鳩、鹿が、群馬から届きました」とのことで出かけました。

私はジビエ好きで、秋から冬は、実に愉快な季節となっています。
で、鴨の話をちょっと・・・。
海鴨(うみがも)と陸鴨(おかがも)とありまして、
前者は小魚を、後者は穀類を餌に越冬し、春になると北国へ帰っていきます。
餌のせいか海鴨の肉は魚臭く、刺身では食べられたものではありません。
それに反して陸鴨は臭いもなく、胸肉の刺身などはおいしいものです。

かつて東京湾の鴨猟に何度かお供をしたことがあります。
ディズニーランドの沖合いは、いい猟場でした。が、
この海鴨を調理して食べるとなると臭いがいけませんので、
叩いて味噌と混ぜて蒸したりしました。

そう言えば、ロートレックの料理書『料理三昧』を見ると
「鴨、にんじんとオリーブ添え・Canard Sauvage Aux Carottes Et Aux Olives」のなかに「・・・脂肪の袋は魚臭いので除く・・・」という表現があります。
おそらく海鴨を使っていたのでしょう。
また、フランス料理で「鴨のオレンジソース」などというのも、
海鴨だったのが始まりで、オレンジで臭いを消したのかも知れません。

ところで、北大路魯山人は、昭和29年4月から2ヶ月間ヨーロッパ旅行をしています。5月にはピカソやシャガールを訪ねて親交を結んでいます。
この旅行の間に、画家・荻須高徳夫妻、作家・大岡昇平らと共に
「トゥール・ダルジャン」を訪ねています。
その折、店独自の、鴨の焼き方が気に入らぬ、とダメを出し、焼き直しをさせた上に、
「私はポケットに用意していた播州龍野の薄口醤油と粉山葵を取り出し、コップの水で山葵を溶き卓上の酢でねった。・・・あえてうぬぼれるわけではないが、かかる格式を重んじる店で、こんな仕方で調理したのは前代未聞のことであろう」と書き、さらに
「ツール・ダルジャンの鴨も、実は家鴨なのである。山葵醤油で食った家鴨は家鴨としては相当うまかった」(『春夏秋冬料理王国』淡交新社)と自慢話をしています。
ところが、これを読んだ獅子文六(岩田豊雄)は、
「魯山人という奴は、なんと無礼な男だ。郷に入りては郷に従え、という言葉があるではないか。それに、魯山人はフランス語か分からんとみえて、メニューリストに書いてある、食べた鴨はCanard Sauvage(野鴨)であって、家鴨(Canard Domestique)ではなかったはずだ」といった趣旨のことを語っています。
フランス暮らしの長かった獅子文六としては、よほど腹に据えかねていたのでしょう。

浜離宮公園に鴨場というものがあります。
庚申堂鴨場は安永7年に徳川家治が、新銭座鴨場は寛政3年に徳川家斉が開いたもの。
水路に渡りの鴨を囮を使っておびき寄せ、網で捕獲していました。
現在もその遺構があり、鴨をウォッチングした「鴨のぞき」という
板戸に○△□の小さい窓を刳りぬいたものがあります。
ここのも海鴨ですから、きっと池波正太郎の『剣客商売』に出てくるように、
醤油味の濃いもので食したのでしょうか・・・。

宮内庁が管理している鴨場は、
現在、埼玉県越谷の「埼玉鴨場」と千葉県市川の「新浜鴨場」とがあり、
各国の外交使節団、在日の外交団を招いて、接遇の場となっているようです。

鴨は日本料理、中国料理、フランス料理と
食にこだわりのある国の共通の高級食材となっており、
さまざまな調理法で楽しまれているところが、私にとっては魅力であります。

鴨の話を始めますとキリがなくなります。
文学や絵画、工芸やインテリア、ファッションなど
多岐に亘るモチーフとして愛されております。

以前、日本橋・山本海苔店の裏にあった「伊勢岩」という
鷄専門店によく通っていました。
シャモ、真鴨、合鴨や野鳥も扱っていました。
残念ながら、この店もいつの間にか無くなりました。ここの品物は秀逸でした。
鴨は水鳥ということもあって、時季の鴨だけは川魚屋の扱いで、
どじょうやうなぎ、川魚と一緒に扱っていました。
京都では今でも川魚屋の扱いとなっているようです。
「伊勢岩」も江戸末の創業は川魚屋だったようです。

最後に面白い話をひとつ。
北海道の狩猟解禁は、本州より一カ月半早く、10月1日。
この解禁日に獲れた子鴨(子供の鴨ではありません。こういう名の種類です)を捌き、
脂がのっているとその冬は寒くなる、脂が薄いと暖冬になると言われます。
鴨による天候予報です。
まこと自然の摂理のミステリーを感じさせてくれます。

キリがなくなりますので、このへんで・・・。

2月18日(金) 旧暦:一月十日 仏滅 癸酉 曇り
銀座・文藝春秋画廊に、『春田心斉 油彩展』。幅一センチほどの色彩の棒を並べたような独自の手法による風景画。世界の、新しい見え方。パリ在住、八十歳を超えているという画家のことを、わたくしは知りませんでした。
お昼は、銀座七丁目、鰯料理で名高い〈いわしや〉。お店の前はしょっちゅう通っていますが、暖簾をくぐるのは十年以上振りでしょうか。モダンな建物になってからは、初めてです。女将さんの話によると、建て替えたのは七年目とのこと。「あちらこちらに手を加えながらどうにかこうにか持たせていたものの、阪神の震災以来、建築基準が厳しくなり・・・・」ということでした。お味のほうは昔と変わらぬようでしたが、汁の中のつみれが少々小粒になったような気がしました。全体的に高級になっているのも、鰯の漁獲高が激減していることと関係あるのでしょうね。

本日、雨水。「梅の花が咲き始めました」と、イッシーさんよりお便り。鴨の話は、明日の日記で。

2月17日(木) 旧暦:一月九日 先負 壬申 曇り
イッテツにせがまれて、『百年前の日本 −モース・コレクション−』(小学館)を買いに、東京駅の〈丸善〉へ行く。大森貝塚の発見者として知られるエドワード・シルベスター・モースは、当時の日本で撮られた写真も熱心に収集していました。そのコレクションは、のちに同時代に日本を訪れた研究者、芸術家、宣教師などから寄贈されたものと合わせて、現在は米国ボストン市の郊外にある〈セイラム・ピーボディー博物館〉に所蔵されています。
百年前の日本の姿を収めたモース・コレクションは、昭和五十八年(1983年)に初版されて大きな反響をもたらしたそうですが、それから二十年のときを経た今日において(そこには、バブルという狂気とその崩壊の期間も含まれています)、その衝撃はさらに大きく単なる郷愁を超えて胸の奥を襲います。イッテツは興奮しきり。「うわぁ、向島の桜だ。亀戸天神の藤もある、鎌倉の八幡宮も…。美しいなぁ。なんて美しいんだろう」
生前モースは、「この国の文化は、日ならず、西欧化の波にのまれて、消え去って行くであろう。その前に、記録しておくのだ」と語っていたといいます。その後の歴史はモースの言葉に加速度が加わって進んできました。
「この国にはすべてのものはあるが、希望だけがない」と喝破したのは、作家の村上龍さんでしたが、この写真集の中には、すべてのものはないけれど、希望だけはきらきらと輝いる気がします。(散歩途中の北の丸公園にて)

2月16日(水) 旧暦:一月八日 友引 辛未 雨、夜に上がる
寒い、寒い、雨の一日。炬燵にもぐり、お八つの蜜柑をどっさり用意し、植草甚一さんのスクラップシリーズ『ぼくの東京案内』(晶文社 復刊版)を読む。日本橋小網町生まれの植草さんの、人形町に関する懐かしい記述が、わたくしにとってはとても懐かしい。例えば、こんな一文。

大正時代のことだが、ぼくが子供のころの遊び場だった人形町では、年の暮れになると商店街の片側に電柱を利用して、きれいな羽子板を一つずつ台にのせて飾るのが行事になっていた。

散歩好きだった植草さん、現在の東京を予見したかのような一文もあって、どきりとしました。

 都内の繁華街をブラついていると、喧騒とした空気のなかでアイデンティティを求めているのは、ぼくたちではなく、むしろ繁華街それ自身だという印象をうけるのだ。

「ああ、おいらもむかしの東京を歩きたかったなぁ」と、イッテツ。

2月15日(火) 旧暦:一月七日 先勝 庚午 晴れ、のち曇り
『テーブルウェア・フェスティバル』を見に東京ドームへ出かけたところ、昨日で終了とのこと。開催期間を一日勘違いしていました。有田の岩永さんからお聞きした、究極のラーメン鉢と新作のレンゲを見逃すことに。やれやれ。
春日通りを歩いて、とぼとぼ帰る。
エリコさんよりお便り。ベルギーのバレンタインデーのことを書いてくださっています。⇒『エリコさんの欧州くいしん簿記

2月14日(月) 旧暦:一月六日 赤口 己未 晴れ
春らしさを感じる、気持ちの良い冬晴れ。中央通りを散歩。〈明治屋〉で買い求めたベルギーチョコレートで、泉先生から教わったシフォンケーキを拵え、日頃の感謝を込めてキタイに贈る。

2月13日(日) 旧暦:一月五日 大安 戊辰 曇り
ベルギーのエリコさんよりお便り。いよいよモスクワ行きも迫ってきたようです。さてこれから一家にはどんな運命が待ち受けているのでしょう。当倶楽部では、今後のエリコさんの奮闘ぶりと食べっぷりを見守っていくべく、ここに『エリコさんの欧州くいしん簿記』を立ち上げることにしました。乞うご期待。

2月12日(土) 旧暦:一月四日 仏滅 丁卯 晴れ
シンキチくんより、電話。「年賀状にも書きましたが、僕、バイヤーから商品管理の方に異動になったんですよ。ところで、久し振りのどうですか。おいしいお店を見つけたんですよ」ということで、中目黒の〈藤八〉というお店に行く。
引き戸を開けると、千客万来の賑やかさ。まさに暖簾にあるように大衆割烹という趣です。お客さんの顔も、じつに幸せそうで、こういうお店にまずハズレはありません。名物の腸詰はもちろんのこと、揚げ物、焼き物、煮物、いずれもおいしいものでした。とくに手づくりのはんぺんには、ちょいとばかし鳥肌が立ちました。最後は、岩海苔のうどん。「相変わらずのお腹ですねぇ」とシンキチくんに呆れられるほどよく食べました。東京にもまだあるのですねぇ、こういうお店が。嬉しい、発見の夜でした。

2月11日(金) 旧暦:一月三日 先負 丙寅 晴れ
タイちゃんを誘って、湯島天神に梅を見に行く。まだ三分咲きほどでしたが、境内は春を待つ人で賑やかでした。参拝後、切通坂の方から、不忍池から上野の山のあたりを散歩しているうちに夕暮れ時に。
「タイちゃん、今晩、ひらめのしゃぶしゃぶなんだけど来る?」
「ひらめのしゃぶしゃぶって、例の、イッシーさんの」
「そうそう」
「もちろん行かないわけがないでしょう」
家に帰ると、食卓の上にはすでに準備ができていました。「ひらめは上身の方を多めに用意しました。イッシーさんも書いておられましたが、日の当たる上身の方が旨さもみっしりとしていますので」というキタイが話すそばから、二人は二、三片を箸で掬い取り、ぐらぐらと煮え立つ昆布だしの中へさっと泳がせ、口中まで運んでいたのでした。昆布の味がひらいたひらめの上品な旨みを、酢橘を絞ったお醤油で〆、その独特の歯ざわりを楽しむ。「うーん、幸せだ」の一言の味。

2月10日(木) 旧暦:一月二日 友引 乙丑 晴れたり、曇ったり
高木先生のお宅で、料理の撮影。今日の高木家のキッチンテーブルには、静岡県下田市の〈どんぐり農園〉から届いたみかんの詰合せや、千葉から届いた落花生、撮影用の金平糖など並び、とても賑やかでした。料理にとりかかる前に、ベルギーから届いたチョコレートを使ったシフォンで珈琲タイム。とてもおしかったので、先生にお願いしてレシピを紹介することにしました。高木先生から一足早いバレンタインデーのプレゼント。大好きな人につくって差し上げてください。


2月9日(水) 旧暦:一月一日 先勝 庚午 曇り
今日は、旧暦の元日。イッシーさんより、立春大吉のメールあり。

「喜幸」といい、「豚のちりちり」といい、喜んでいただきまして、まさに冥利に尽きるものであります。・・・・(中略)・・・・私としましては、ひとり言をつぶやくには、すこぶる心地の良いところとなっておりまして、勝手連の気分でお便りをさせていただいている、という次第であります。

と、当ホームページを楽しんでくださっているご様子で恐縮至極です。しかも!またしてもおいしそうなお鍋(三種類も)のレシピが添えられているではありませんか。
本来ならば、イッシーさんの希望もあって、まず我が家で試食をしてからご紹介するところですが、【豚のちりちり】のこともあり、味には間違いないと確信し、公開させていただくことにしました。それぞれの鍋についてのイッシーさんの思い出話がまた面白く、噛みごたえあり。ぜひご覧ください。 ⇒【豚饂飩】【ひらめのしゃぶしゃぶ】【京風鴨鍋
「いやー、このひらめのしゃぶしゃぶ、じつにうまそうですね」と、我が家の料理人キタイも最近ではすっかりイッシーさんのファンになっております。

中国では、春節。寒さも和らぎ、全国各地の中華街もさぞや賑やかなことでありましょう。

2月8日(火) 旧暦:十二月三十日 大安 癸亥 雨
寒い、雨の一日。終日、家で過ごす。
有田・昭峯窯の岩永さんよりメール。明日から、料理界のある“人物”が有田に滞在され、ロクロに挑戦するそうです。「毎晩焼酎の相手をしなければなりません。もう1度は怒られているから、慣れてはいるんですが、大変な日々になりそうです」あれあれ。かなりお飲みになられる方のようですが、ご無事をお祈りしています。
そういえば、先日送っていただいた器について、高木先生から感想が届いたとのこと。メールのやりとりを通して、蓋付ご飯茶碗の試作品をつくってみることになったそうです。よかったですね。
東京ドームでは、『テーブルウェア・フェスティバル2005』(14日まで)も始まりました。わたくしもぜひ足を運んでみたいと思っています。
と、日記を終えようとしたところに、高木先生よりメールあり。詳しくは後日。

 2月7日(月) 旧暦:十二月廿九日 仏滅 壬戌 曇り
ベルギー在住のエリコさん(高木先生の従妹)よりお便り。ご主人のロシア転勤、その後のお話です。

2005年の年が明けました。
食卓では、鴨のお雑煮、伊達巻、でベルギー最後のお正月です。赴任、最初のお正月は、厳寒のモン・サン・ミッシェルで過ごしました。つい、最近の様に想い出されます。
ベルギーでも日本と同じ様に御節料理も、お餅も手に入ります。ドイツ、オランダまで2〜3時間で、年越しそばを頂きながら、紅白を楽しむ事も出来ます。
優太は、余りお正月の印象がないらしく、海外生活が長くなると、日本の習慣が分からないで育つ事を、心配しております。生まれた国の、家庭生活の大切さを母親も自覚し、子供に伝えていかなくては、いけないとつくづく思いました。
優太に新年の挨拶をしてから、初めて、ロシアに転勤になり、4月からは、モスクワの学校に通う事を話ました。目を真ん丸くして驚いて、しばらくして、「今度は、ロシア語をがんばろう」と、云ってくれました。私は、逆に励まされてしまいました。日本に住む家族に、新年の挨拶と一緒に転勤の報告をしました。治安を心配してくれました。
でも、隣の部屋では、ロシアに先発として発つパパが、元気よく荷作りを始めておりました。

寒さつづく。夜、風呂吹き大根と鰤のお刺身。
2月6日(日) 旧暦:十二月廿八日 先負 辛酉 晴れ
気持ちの良い冬晴れの一日。
靖国通りから、九段を通って、神楽坂へ。ふらりと入った〈ala〉というお店で、お昼をとる。荒挽きのソーセージをトマトソースでからめたニョッキ。ワインとパンもおいしく、雰囲気もなかなか良いお店でした。近頃の神楽坂はどんどん仏蘭西風になっているようで、路地に「パッサージュ・ドートルフォア(想い出小路)などと付けていますが、そこまでパリのお尻を追いかけなくとも、「想い出小路」でいいんじゃないかしら。
外堀の土手にも、少しずつ春の気配が漂っていました。

2月5日(土) 旧暦:十二月廿七日 友引 庚申 晴れ
先日、紹介しましたイッシーさんの“豚のちりちり”鍋が、私的各方面で話題となっています。鎌倉の叔母「豚肉がどうしてあんなに和風の汁と合うんでしょう、不思議よねぇ」タイちゃん「あのねぎがいいんだよなぁ」ともに大絶賛。今日は、散歩の途中にお会いした植木職人の今井老からも「がんこちゃん、あれはいい。うん、あれはいいよ」というお褒めの言葉をいただきました。昨日に引き続き。というわけなのですよ、イッシーさん。

2月4日(金) 旧暦:十二月廿六日 先勝 己未 晴れ
東京の女性の方から、嬉しいお便りをいただきました。


先日、母と京都へ出かけました折、ホームページで紹介されていた西木屋町の〈喜幸〉さんを尋ねました。良いお店ですね。昔の人形町の辺りにあった料理屋を思い出しました。ぐじを焼いていただきましたところ、身のついた骨のところをお椀にして出してくださいました。柚子の香りと、ほぐれた身がお出しに溶け込んで、そのおいしいこと。今度は、かぶらむしをいただきに参ろうかと思っております。ありがとうございました。

本日、立春。湯島の梅も、もうすぐ見ごろ。
2月3日(木) 旧暦:十二月廿五日 赤口 戊午 晴れ
本日、節分。節分といえば、豆まきと決まっていましたが、この頃はちょいと勝手が違ってきているようですね。れいの、コンビニエンスストアの前でのぼりがはためいている、あれ。太巻き寿司を丸のまま一本持って、今年の恵方(えほう)を向いて、かぶりつく恵方巻き。丸かぶりともいって、もともとは関西の限定行事だったものを、目端の効く人たちが全国に広めたとのことです。タイちゃんに言わせると、「まあ、海苔屋としたらうれしいことはうれしいんだけど、ああいうのは江戸っ子はやらないやね」

2月2日(水) 旧暦:十二月廿四日 大安 丁巳 晴れ
高木先生のお宅で、次回料理の打ち合わせ。有田昭峰窯の器を持って出かける。料理は、ほうれん草と蛤(はまぐり)。ほうれん草は、岩手遠野から取り寄せた、寒締めほうれん草。市販のものとは比べものにならないくらい葉の色が濃く、別の野菜のよう。このほうれん草を使ったニョッキは、スイートポテトのような甘さで溶けていきます。「どう?力のあるほうれん草でしょ」
今日も寒い一日。でも、高木邸の庭では、辛夷(こぶし)の芽が膨らみ、蕗の薹が顔を出していました。春は少しずつ近づいています。

2月1日(火) 旧暦:十二月廿三日 仏滅 丙辰 晴れ
大寒波襲来。朝、新潟に電話すると、「きんなの夜から朝までん間に、一メートルだてが(昨日の夜から朝までの間に、一メートルよ)」とのこと。今冬の予想はたしか暖冬ではありませんでしたっけ。
イッシーさんより、「豚のちりちり、お試しいただきありがとう。次はぜひおそばで」のメール。