GANKOの日記
2005年 3月    
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3月31日(木) 旧暦:二月廿二日 大安 甲寅 晴れのち曇り
本日、ようやく桜の開花宣言。昨年より二週間ほど遅くれたようです。
イッテツと千鳥が淵まで歩く。「まだ一分咲きといったところですねぇ」帰り、英国大使館前の〈村上開新堂〉に立ち寄り、クッキーとメレンゲの詰め合わせを買う。

3月30日(水) 旧暦:二月廿一日 仏滅 癸丑 曇り
東京ガス新宿ショールームの高橋さんよりご連絡。高木泉先生の料理教室が、六月十九日(日)に開催できることになりました。東京ガスさんの料理教室はとても人気が高く、お願いするのはなかなか大変。どうもありがとうございます。昨年三月に開催した一回目は、幻の熊川葛を使ったものでしたが、今回は和風ハーブ寿司を中心としたメニューになりそうです。詳細が決まりましたら、またお知らせします。お楽しみに。

3月29日(火) 旧暦:二月廿日 先負 壬子 曇り、時々雨
駒形〈前川〉にて、高木先生と従姉妹のエリコさんにお会いする。ご主人のロシア赴任で、一時帰国中のエリコさんは、わたくしと同い年。食いしん坊のところもなかなか似ているようで、ほくほくの鰻を食べながら、話が弾みました。明後日はモスクワに出発とのこと。桜は見れそうになくて残念ですが、お気をつけて。彼の地よりの便りを楽しみに待っています。

3月28日(月) 旧暦:二月十九日 友引 辛亥 雨
一日中、愚図ついたお天気。スタッフの月例会(山本海苔店二階にて)。ホームページのリニューアルのことなど話す。あと数日で、もう丸二年なんですねぇ。
帰り。いつものように〈ZEN茶ふぇ〉で、カフェオレ大福。

3月27日(日) 旧暦:二月十八日 先勝 庚戌 晴れ
朝から、気持ちが澄むようなお天気。小さな水筒に、温かいほうじ茶を入れて、川の方へ散歩に出かける。吾妻橋を渡って、隅田公園を通って牛嶋神社。向島、お八つに〈言問団子〉、桜橋を渡って、待乳山、仲見世の賑わいに紛れて…。と、さすがに足がちょいとばかり疲れました。

3月26日(土) 旧暦:二月十七日 赤口 己酉 晴れ
新潟より、けんちん汁が届く。夜、キタイがむかしの友人と会いに出かけたため、一人で温めて食べる。たっぷりと入った薇(ぜんまい)が太くて、やわらかい。おいしくて、二椀食べる。御馳走さまの電話。また雪が降り始めているとのこと。

3月25日(金) 旧暦:二月十六日 大安 戊申 晴れ、後曇り
朝、庭で鴬(うぐいす)初鳴。午後から北風が吹いてきたものの、春らしさを感ずる一日でした。午後、イッテツと銀座まで。〈伊東屋〉で文具を眺め、〈空也〉で最中買う。

3月24日(木) 旧暦:二月十五日 仏滅 丁未 曇り、のち冷たい雨
先日、有田昭峯窯の岩永さんに地震のお見舞いメールをお送りしたところより、返信をいただきました。ひどい揺れだったようですが、ご無事でなによりです。


九州ではまさか大きい地震があるとは思っていませんでした。
有田では人的な被害はなかったです。
でも当日、義父の1周忌の法要で親戚のものが大勢集まっており、
年寄りが多かったので、揺れと地鳴りで腰を抜かしたおばあちゃんもいましたし、
息子は顔が青ざめてしばらく声を出せないで呆然としていました。

法要が終わり、急いで窯の状態を見に行きましたが、
窯の中に積んでいたラーメン鉢が4個潰れていました。
あと茶碗の生地が50個くらい割れていました。

うちの窯は被害は少なかったんですが、
よそではかなりの被害があって、100万円の大皿が割れたり、
在庫品が山のように廃棄処分をしなければいけない窯があったそうです。

一番悲惨なのは、福岡の「マリンメッセ」でした。というが
博多湾の海岸の近くにある大きな催事会場なんですが、
そこで「全国陶器祭」という催しがあり
150軒ぐらいの焼物の店や窯元がでていたそうです。
地震でバリバリと焼物が割れ、なかには300万の作家ものも割れたそうで、
会場全体が一瞬にして割れ物(廃棄物)のじゅうたんになり、
津波が来るぞということで、お客さんも店の人たちもみんな全速力で避難したそうです。
その時点で、催しは中止。各店舗も出展料は前払い、
次の日に後片付けで散々な目にあったとある友人が肩を落として言っていました。

3月23日(水) 旧暦:二月十四日 先負 丙午 曇り、時々雨
彼岸明け。
手の具合はいかがですか?と、高木先生からメール。ありがとうございます。もうすっかり大丈夫です。

「寒かったり暑かったり。ものの芽が、出る頃は気持ちが浮わつくから気をつけなさい。と昔祖母が、言っていた事をがんこさんにもお知らせしておけば、良かったわね」

従姉妹のエリコさんが、モスクワへ転勤する前にお里帰りをしているとのこと。優太君は、花粉症と春風邪の人の大きなマスクを見て、怖がっているそうです。

「小さい子にも異常に見える、今の都会のマスク群。私の車の上にも、黄色い花粉が、こびりついています。でも、又今年も無数の芽を出している、薔薇の勢いは力強いです。頼もしさ、さえ感じます」

来週、駒形の〈前川〉にて三人で会うことになりました。

3月22日(火) 旧暦:二月十三日 友引 乙巳 曇りのち、雨
会員の方より、上州赤城山での公魚(わかさぎ)釣りのお便り。寒そう、でも、楽しそうです。


3月だというのに赤城山頂上の早朝6時半はマイナス7℃。
強風地吹雪で待機し、風をさえぎっている場所を探し、8時から開始。
10時まででたった3匹。その後午後1時まで当り無しで納竿。
氷厚は50センチを越えており、ドリルとはいえ穴開けは大変でした。
「赤城でゼロは当たり前」と云われるほど、
元々難しい所ですが(その分、創意工夫が楽しい)。
今シーズンの赤城は地震が多かったせいか、例年にも増して難しい釣りでした。
1月、2月は沢山の人で賑わいますが、
3月中旬を過ぎてもまだ出来ることはあまり知られていません。
本当に好きな人達が集まります。
シーズン終了の31日までは大雨が降らない限りは氷の具合も大丈夫でしょう・・・


3月21日(月) 旧暦:二月十二日 先勝 甲辰 晴れ
イッテツと近所をのんびり歩く。辛夷(こぶし)の花のはっとするような白さが、街のあちらこちらに目立つようになりました。エミちゃんからメール。パリもようやく暖かくなってきたようです。


パリは急に夏のような、よい天気で 22、23度になっているんですよ!!
うちのアパートのスペイン人の管理人さんは、
フランス人の心とパリの天気は理解できない…と笑っていました。
先週まで 噴水がそのまま凍りついていたのに、バルコンを冷蔵庫に使っていたのに、
もう公園は半そでやタンクトップで久しぶりの日差しを楽しむ人でいっぱいです。
私は、といえば
SALON MONDIAL DE TOURISME (各国が観光宣伝をするイベント)で、
いけばなのデモンストレーションを汗をかきながら手伝いました。
もう会場はサウナのようです。
と言うのもこの時期ですので、まだセントラルヒーティングが切れないんですよ。
各スタンド民族衣装ですので周りのスリランカ、タイなどの
暑い国の人たちは平気な顔で動き回っていましたが、
日本は着物 スタッフはハッピ
京都からゲストで舞妓さんが2人きて踊ってくれてます。
が舞妓さんたち、大丈夫かなあ?
お化粧が??などと余計な心配ばかりしてしまいます。

パリには同時に 日本舞踊協会の公演も来ていて
西川せんぞう率いる若柳、花柳、藤間と一緒の一団でそれぞれすばらしい出し物でした。
これだけのものが 一度に見ることができるようになるなんて、
一昔前には考えられないことですね。
最後には創作物を競演で 披露してくださいました。

 

3月20日(日) 旧暦:二月十一日 赤口 癸卯 晴れ
彼岸の中日。朝、キタイが用意してくれた、おはぎを食べて雑司が谷に出かける。お墓のまわりの落ち葉やらを片付け。「せっかく芽を出したところを、ごめんなさいねぇ」と、叔母は草を抜く。お線香と花、おはぎを供える。護国寺まで歩き、有楽町線で銀座まで出て、いつもの〈ガルリカフェ〉へ。一時間ほど話して、新橋駅まで叔母を見送りに。「桜が咲いたら、遊びにいらっしゃいよ」

3月19日(土) 旧暦:二月十日 大安 壬寅 晴れ
お昼少し前に、渋谷駅で叔母と待ち合わせて、松涛へ。観世の能楽堂は、正面の梅が満開で華やかです。今日は、若手能楽師 武田友志さんの『道成寺』披きということで、場内にはなんとなく緊張感が漂っています。『道成寺』は、能楽師にとって卒業論文のような演目。鐘入り前の、小鼓との一対一の掛け合いとなる乱拍子をはじめ、能楽師としての積み重ねてきた技量が問われます。
いい舞台でした。これから能楽師として生きていくんだという心根と気迫が漲っていたように思います。 「幼い頃から舞台を拝見していますが、今回の『道成寺』で一皮むけたようね。この日に向けて、さぞや厳しい稽古と精進を積んできたのでしょう」と叔母も感じいったようです。
夜、叔母泊。キタイの揚げてくれた天麩羅で舌鼓を打つ。「あら、蕗の薹(ふきのとう)。いい香り」

3月18日(金) 旧暦:二月九日 仏滅 辛丑 曇り、時々雨
朝、鎌倉の節子叔母より電話。「手を切ったんですって。まったく、あなたは、おっちょこちょいなんだから。明日はお能、明後日はお墓参りだけど、大丈夫?」はい、はい。大丈夫ですよ。
キタイが、右手だけでも食べられるようにと、おむすびを拵えてくれる。

3月17日(木) 旧暦:二月八日 先負 庚子 曇りのち雨、夕方上がる
本日、彼岸入り。キタイを手伝ってコロッケの付け合せのキャベツを刻んでいたら、恥ずかしいことに、左手をざっくりとやってしました。右手だけで日記を書くのは、結構骨が折れます。

3月16日(水) 旧暦:二月七日 友引 己亥 晴れ
彼岸間近で、ようやく暖かくなってきたようです。墨提の桜も、ほっとしているように見えました。

3月15日(火) 旧暦:二月六日 先勝 戊戌 晴れ
午後、隅田川に出て、両国橋を渡る。大阪場所がはじまり、どこの相撲部屋は静かなものです。日本橋に戻り、室一仲通り山本海苔店の裏にある〈ZEN茶ふぇ〉。お気に入りのカフェオレ大福(餡子と生クリームのふわふわバランスが素晴らしい)とお茶をトレーに乗せて、三階のソファへ。本を読んでいたら、いつの間にか眠ってしまったようです。

3月14日(月) 旧暦:二月五日 赤口 丁酉 曇りがちな晴れ
パリにいた時分に知り合った友人に、日本橋の〈砂場〉で会う。彼は帰国後、ある日本企業に就職したものの、四十歳を過ぎてこれからの生き方について悩んでいるとのこと。「社内がどんどん若手に切り替わっている。仕事の量とかスピードとか、そりゃ、二十代にはかなわないさ。でも・・・、年を積み重ねていくことの意味ってなんなのだろうね」夕食時に、そのことをキタイと話す。「そう考えると、我々のような料理人は幸せなのでしょうね」

3月13日(日) 旧暦:二月四日 大安 丙申 曇り、時々雪
朝から風花が舞う。午後には、一時本降りも。夕方、イッテツと散歩に出かけていたキタイが「うー、寒い、寒い」と帰宅。「浅草を通ったのですが、こぶ平さんの襲名披露とかで、いや、ものすごい人手でした」
夜、寄せ鍋で温まる。

3月12日(土) 旧暦:二月三日 仏滅 乙未 晴れのち曇り
良いお天気。名残の雛人形を片付ける。柔らかティッシュを千切って、一人ひとりのお顔に巻いて、来年までさようなら。
夜、冷え込む。日本海側、大雪との予報を聞いて、新潟のSさんに電話。雪はまだ四メートル近くも残っているとのこと。本日、東大寺二月堂のお水取り。八百屋さんには山菜も出回っていますが、新潟の春は遠し。

3月11日(金) 旧暦:二月二日 先負 甲午 雨、夜上がる
雨の中、三越本店で開催中の『江戸老舗 味と技の大江戸展』に出かける。東都のれん会の会員をはじめ、東京の名だたる老舗が大集合で、大盛況でした。山本海苔店の売場を通ると、半被を着たタイちゃんが汗だくで奮闘中。「あ、がんこちゃん、ちょっと待てってよ。もうすぐ手があくから」
会場内に設えられたお花見茶屋で待っていると、〈竹葉亭〉の特製弁当を持って登場。食べながら四方山話。「小学校のとき一緒だった、ハルちゃん覚えてる?」「覚えてる、覚えてる」「彼女、この前、孫ができておばあちゃんになっちゃったよ」
お土産に〈長命寺桜もち〉。〈タロー書房〉に立ち寄って、帰る。

3月10日(木) 旧暦:二月一日 友引 癸巳 曇り
八重洲ブックセンターで、村松友視著『そして、海老蔵』(世界文化社)を買う。昨年『家庭画報』に連載されていた文章が一冊にまとめられたもの。同著者によって以前書かれた『俵屋の不思議』と同じように、市川海老蔵とは何かを、海老蔵襲名披露を取り巻く人々の姿や声から探り出していこうとしています。鬘職人、床山、江戸指物師…。一つの伝統を守ることは、それのみに留まらず、たくさんの伝統を守ることにもつながっていることがよくわかります。
夜、炒り鶏、平目の揚げ物、小松菜と蕪のサラダ。「今日、銀座を歩いていましたが、料理屋の品書きにもう初鰹の文字が躍っていましたよ。やれやれですね」とキタイが嘆く。

ベルギーのエリコさんより新着便り【さよなら、ベルギー

3月9日(水) 旧暦:一月廿九日 大安 壬辰 晴れ
勘三郎襲名披露に沸く歌舞伎座前を左に折れ、木挽通りを歩いていたら、一つ目の十字路の角に〈樹の花〉という喫茶店を見つけました。
お店のある二階へ上がる狭い階段の踊り場に、このお店とジョン・レノン、ヨーコ・オノの出会いが書かれていました。二人揃っての最後の来日となったその日、二人は子供たちに『スーパーマン』を見せるため万年橋の映画館前で降り、映画の時間だけゆっくり過ごそうと、この〈樹の花〉に辿り着く。お店はまだ開店4日目、他にお客の姿もなく、二人は窓際の座席で静かにくつろいでコーヒーを飲み始める。それ以来、店主の成沢弘子さんと小野洋子さんとの交流は続いているのだそうです。
成沢さんの穏やかで心のこもった応対と、柔らかな時間、まろやかなコーヒー、花。店内の小さな本棚に、このお店の二十五年来のファンであるという装幀家の菊池信義さんの書かれた『樹の花にて』(白水Uブックス)を見つけて読む。銀座について書かれた、愛情あふれる文章が、また素晴しい。思いがけなく愉しい午後、これだから散歩は止められません。

3月8日(火) 旧暦:一月廿八日 仏滅 辛卯 晴れ
朝方から気温がぐんぐんと上昇。コートを薄手のものに代えて散歩へ出かける。人形町から川向こうへ。「ミモザに、さんしゅゆ、いよいよ春が近づいてきましたなぁ」とイッテツも上機嫌。

エリコさんより新着便り→【ガレージセール&サンドイッチ

3月7日(月) 旧暦:一月廿七日 先負 庚寅 晴れ
寒さ、いくぶん緩む。湯島から池之端の辺りをのんびりと歩き、根津の方へ。途中〈OYOYOSHORIN〉というちょいと変わった古書店を見つけて入る。木村荘八著『東京今昔帖』を買う。『ぼく東綺譚』の挿絵作家による昭和二十年代末の東京の姿。
夜、食卓にのぼった鰤の醤油漬け。生臭さを消すために梅酒の実を刻んで入れてありました。

3月6日(日) 旧暦:一月廿六日 友引 己丑 晴れ
根岸へ。〈笹乃雪〉の前を通ると、林家こぶ平さんの九代目正蔵襲名のポスターが貼ってありました。パレードとお練りも行われるそうで、〈笹乃雪〉のご主人も張り切っておられるようです。そういえば、今年は古典芸能の世界で大名跡の襲名が相次いで行われます。先週から中村勘九郎さんの勘三郎襲名披露公演も始まり、木挽町界隈も賑やかなようです。上方では十月に坂田藤十郎も二百何十年振りかに復活するとのこと。そんなことをぼんやり考えながら路地を散歩していたら、〈羽二重団子〉の前に。中庭を眺めながら、抹茶とお団子で一服。芋坂から谷中を回って帰る。

3月5日(土) 旧暦:一月廿五日 先勝 戊子 曇り
啓蟄(けいちつ)。土の中から虫が顔を出すには、まだちょいと寒いようですね。『サライ』で京都特集。京大の森毅先生と、桜守の佐野藤右衛門さんの対談をおもしろく読む。

森「これは僕の三都論ですが、東京は標準志向が強くて、地方出身者も一生懸命に東京人になろうとする。対して大阪は、人の故郷をそのまま受け入れる。・・・(中略)・・・
その点、京都は、たとえ長く住んでいても、よそ者はどうせ京都人にはなれません、という意識やね。よそ者も京都人も、口には出さないけれど、そう思っている。それで、本音と建前を使い分ける必要が出てくるのかな」
佐野「それが、京都人の生活の知恵や。本音だけでものを言うてると、為政者が変わった時に身動きが取れなくなる」

なるほどねぇ。夜、鶏団子を鍋にする。

3月4日(金) 旧暦:一月廿四日 赤口 丁亥 雪のち曇り
朝起きると、庭が真っ白におおわれ、暴れながら雪が降っていました。部屋を暖めて、鎌倉の節子叔母に電話。「積もったわねー、そちらはどう?」「木々の枝が真っ白。桜の前に、ひと花咲いたわねぇ」「それにしても今年、寒くない?」「スマトラ沖の地震で地球が曲がったらしいから、その影響かもしれないわね」などと一時間ほどおしゃべりして過ごす。
雪は心配していたほど降らず、午後には上がる。イッテツと少し歩く。

ベルギーより新着日記が届きました。→『エリコさんの欧州おいしん簿記

3月3日(木) 旧暦:一月廿三日 大安 丙戌 曇り、夕刻より雨
ひな祭り。桃の花を飾りながら、ひな壇に供えた金平糖をぽりぽりとかじっていると、「白酒をこしらえてみましたが、いかがですか?〈豊島屋〉さんのようにはいきませんが…」とキタイ。夜は、菜の花サラダ、鰤の梅みそ焼き、茶碗蒸し。
深夜、雨の音がすうっと消えたので、カーテンを開けると雪に変わっていました。

3月2日(水) 旧暦:一月廿二日 仏滅 乙酉 晴れ
さりげないことが、お店のおいしさを表現してくれることがあります。以前、〈さるや〉の楊枝が置いてある料理屋はおいしいと書いたような気がしますが、今日、おいしさの“さりげない基準”をもうひとつ見つけました。それは、キリンラガーの小瓶。
そして、そのことをわたくしに気付かせてくれたのが、銀座三丁目の〈煉瓦亭〉なのでした。

3月1日(火) 旧暦:一月廿一日 先負 甲申 晴れ
陽気なお天気に誘われて、今日もイッテツと長い散歩に出かける。
途中、小石川の後楽園に立ち寄り、木々の声を聞き、神楽坂へ。いくつかの坂を上り下り歩いているうち、ひょいと入った路地に、〈La Ronde d’Argile〉というお店を見つける。ロンダジルは、フランス語で土の器、という意味です。
大きなキャンバスのような引き戸を開けて入ると、古い日本家屋(かつては商家でもあったのでしょうか)をヌーベルに仕立て直した店内の中に、器と雑貨がゆったりと並んでいました。年を経た木と畳とお日様が混じったような匂いがします。いい気分。
器はみな現代作家のもののようです。一つ一つ眺めていると、中央の硝子ケースの中に置かれた、粉引の、小ぶりの片口が目に入り、心惹かれる。手にとって掌で回して眺めていると、白い水彩絵の具を溶かしたような若い女性が「竹内陽子さんという作家の器です」と教えてくれる。ちょうど湯こぼしが欲しいと思っていたので、包んでもらう。戸口まで送ってくださった先ほどの女性は、どうやらオーナーらしいふう。
「なんだか顔がほころんでいるようで」表で待っていたイッテツが言う。夜、夕食の後、さっそく煎茶を炒れて飲む。よいお店で、よいものが買えた日は嬉しいものです。


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