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| 5月31日(火) 旧暦四月廿四日 先負 乙卯 曇りのち、晴れ 昨日から降り続いた雨も上がり、お昼前には薄日さす。 なぜだか鰻が食べたい気分となり、キタイを誘って、南千住の〈尾花〉まで足を伸ばす。駅を降り常磐線のガードを潜って線路沿いに曲がると、ほんのりと鰻を焼く匂いが漂ってきて食欲を刺激します。堂々とした門を潜ると、天然うなぎと染め抜かれた暖簾。店内は広々とした座敷に卓が並ぶ、入れ込みとなっています。平日の一時過ぎにもかかわらず、店内はほぼ満員。でも天井が高いせいか、混雑さは気になりません。 窓際の座席に座り、お重ときも吸いを注文。ここは注文があってから鰻を捌くため、時間がかかります。でも、誰も文句を言いません。むしろ待つのを楽しんでいるよう。お酒もすすんでいますねぇ。昼間から結構なことで。 待つことおよそ三十分超。やってきました。お重のふたを開けて、箸を入れるとすっと吸い込まれていく心地よさ。口にすると、ふわっとした食感が広がります。「うむ、蒸しと焼きの加減が絶妙ですね。やはり〈尾花〉の味だ」と思わず唸る、キタイ。タレは濃すぎず薄すぎず、臭味もまったくありません。柔らか目の御飯との相性もぴったり。さくさくとお腹の中に収まっていきます。 詰襟のシャツ姿できびきびと働く仲居さんも凛々しく、入れ込みならではのざわめきもまた楽しい。帰りしなにお手洗いに行くとさり気なく香が焚かれ、いただいたおつりは手が切れそうな新札。このお店は小津安二郎監督の日記にしばしば登場しますが、たしかに小津監督好みのいいお店です。 まだ日も高い、五月の末日。西新井まで足を伸ばし、お大師さんへお参りして帰る。 |
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| 5月30日(月) 旧暦四月廿三日 友引 甲寅 一日中雨 モスクワのエリコさんより、二ヶ月ぶりの便り。やはりインターネットの環境があまりよくないようです。料理とバレエを始めたとのこと。元気と好奇心は相変わらずのようですね。→【くいしん簿記】へ。 雨の月曜日。小雨になったところを、封筒と便箋を買いに〈はいばら〉まで。夜、穴子と春菊の煮浸し、オクラの納豆のせ。 |
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5月29日(日) 旧暦四月廿二日 先勝 癸丑 曇り、時折晴れ間 庭の薔薇がちょうど見頃になり、テーブルを出して、昼食をとることに。「そうだ、イタリアンにしましょう。私が拵えるから」と台所へ。 【そら豆と新じゃがいものフィットチーネ】は、今月の高木泉先生のレシピから。イッシーさんからいただいたフィレンツェレシピからは、【アスパラガスのフィレンツェ】と【ヨーグルト風味の胡瓜サラダ】 「イタリアの料理も、季節を大切にしてことがわかりますね」とキタイにも喜ばれて、ちょいと嬉しい午後でした。 片付けをしたあと、駒形橋の向こうまで歩く。 |
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| 5月28日(土) 旧暦四月廿一日 赤口 壬子 晴れのち、曇り イッテツと神田の古書店街を歩く。ワゴン売りの中から、小島政二郎さんの『食いしん坊』シリーズ三冊を見つけ、購入。途中、〈山の上ホテル〉にて喫茶。 夜、鎌倉の節子叔母より電話。「上野さんに会ったの?」久しぶりにて、長話。 |
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5月27日(金) 旧暦四月廿日 大安 辛亥 晴れ 朝、食卓の上に、昨日上野さんからいただいた、ちりめん山椒。キタイが、早速用意してくれたようです。「わたしもいただきましたが、ぴりっとした中にまろやかさのあるいいお味ですね」炊き立てのご飯の上に、木の匙でひとすくい。口中幸福なり。 ところで、本日、ホームページがリニューアル。わたくしも春らしい装いに変わりました。訪れてくださる方々にほんの少しでも喜んでいただけるように、これからも丹精込めて育てていきたいと思っています。花咲くまでどうぞ見守ってやってください。 |
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5月26日(木) 旧暦四月十九日 仏滅 庚戌 晴れ 大阪にて 浪速の料理人、上野修三さんにお会いしてきました。 大阪駅から地下鉄谷町線に乗り換え、四天王寺前夕陽ケ丘駅(この長い駅名は、鎌倉時代の歌人でこの辺りに庵を設けた藤原家隆の「契りあればなにわの里に宿り来て波の入日を拝みつるかな」に由来するそうです)にて下車。谷町筋に沿って南に少し歩くと伶人町となり、西に切れ込むと天王寺七坂の内、天神坂。 急な坂を降りて行くと、途中に恰幅の良い上野さんがにこにこと立っていらっしゃいました。ご自宅は、細い路地の突き当り。日本を代表する料理人のおひとりとは思えない、簡素な造りの日本家屋です。玄関先に、紫陽花鉢がひとつ。引き戸を開けると、「いらっしゃいませ。遠いところをわざわざありがとうございます」と、奥様が笑顔でお出迎え。 この家は、昨年の三月までご次男と一緒にやっておられた〈天神坂 上野〉だったところだとか。『浪速のご馳走帖』の写真もすべてここで撮影されています。お話を伺った居間はカウンターだったそうです。 ほうじ茶をいただきながら、今回お伺い致した趣旨、それに料理のことは専門家ではないのであまり聞けないことなどご説明し、お話を聞かせていただきました。主宰されている「浪速魚菜を守る会」のこと、浪速の野菜を復活されようと思われたきっかけ、本物を見抜くことの大変さ、故郷の河内長野での子供時分の思い出、日本人の味覚への危機感…。上野さんは、素人同然のわたくしの質問に丁寧に答えてくださいました。尊大なところなぞ微塵もない、ぬくもりのある話しぶりです。 「天下の台所」「食い倒れの町」といわれながら、京と東京の間に埋没して自らのアイデンティティを捨ててきたかのように思える大阪の地。上野さんの言葉の端々には、そんな浪速(大阪)に対する思いがあふれてきます。またそのことが自ら創始された〈き川〉(き、という字は七を三つ並べた文字なのですが)をあえて浪速割烹と名乗った矜持、そして浪速の食材を守ることへとつながっているような気がします。浪速への気持ちが真のことから出ていることは、ときおりきらりと光る、偽者、まがい物に対する鋭い切っ先でもわかります。 あっと二時間がたち、お暇する時間に。「これ、さっき炊いたものですけど、よかったら」と、奥様お手製のちりめん山椒をお土産にいただき(取材の間、なんともいえない良い匂いが居間に漂っていました)、日暮れ時の天神坂を後にしました。 上野さんと奥様、ほんとうにありがとうございました。お二人とも、その時々を一生懸命に生きてこられたに違いない、いいお顔をしていらっしゃいました。 それにしても、残念なのは上野さんの料理を味わった経験がなかったこと。料理人に、料理を食べずしてお話を伺うとはなんとも片手落ちだと反省しました。今度、ご長男の修さんが後を引き継いだ法善寺横町のお店に、ぜひ伺うことにしましょう。 |
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| 5月25日(水) 旧暦四月十八日 先負 己酉 晴れ 所要で、西新宿へ。五丁目にある台湾料理店〈山珍居〉でお昼。新宿駅まで歩いて帰る途中、成子天神という小さなお寺を見つけ、参る。高層ビルが立ち並ぶ副都心の異隅、繁々とした木に覆われ、通り行く風も、清々しく。 東京でも京都でも、たくさんの神社仏閣がありますが、わたくしは断然神社が好き。お寺さんはどんなに名高くあっても、どうも俗っぽくていけません。 夜、上野修三さんの著書に目を通して過ごす。福福とした、いいお顔。ふと外に目をやると、庭の向こうの空にまんまるお月様。 |
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| 5月24日(火) 旧暦四月十七日 友引 戊申 曇り、夕方より雨 朝、メールが届く。
嬉しくて、キタイに話す。「やっぱり伝わるものなのですねぇ」 |
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| 5月23日(月) 旧暦四月十六日 先勝 丁未 晴れ、夕方雨 朝、フランスの若者たちを迎えに浅草へ。 三社祭の余韻が残る合羽橋通りを歩いて、宿泊先の〈喜久屋旅館〉へ。五人は玄関前に待っていてくれました。大学生と聞いていたのですが、実際は二十五歳と二十七歳の社会人。幼馴染なのだそうです。 「お祭はどうだった?」「びっくりしましたが、綺麗ですねぇ」などという話をしながら、田原町の駅まで歩き、銀座線で日本橋へ。十時半過ぎに〈山本海苔店〉到着。 店内には、すでにタイちゃんをはじめ〈山本海苔店〉の企画部のみなさん、そして山本副社長の妹さんの鹿内京子さんとお嬢さん(お二人ともフランス語が話せます)も駆けつけてくれていました。 簡単な自己紹介を済ませると、タイちゃんを先頭に、いざ日本橋老舗巡りに出発。以下、詳しい体験記は後日改めて紹介したいと思いますが、鰹節を削り、和風喫茶室で季節の和菓子とお抹茶をいただき、出来立てのはんぺんと蒲鉾を食べ、最後は自分で握ったおむすびを焼きたてのお海苔でいただくという、日本人もめったに味わえない体験をしたフランスの若者たちは大満足だったようです。 異国の若者たちを快く迎え入れてくださった、〈にんべん〉のみなさん(高津副社長、総務部の熊野さんと栗原さん、そして鰹節をついて大熱弁をふるってくださった本店店長の田村さん)、〈榮太樓〉のみなさん(本店店長の田代さん)、〈神茂〉のみなさん(井上専務と大奥様)、そして〈山本海苔店〉の皆さん(タイちゃん、平川さん、野木さん、おむすびのお手伝いをしてくださった関さんと権田さん)、ずっと一緒について回ってくださった鹿内家のお二人、ほんとうにありがとうございました。試食やお土産も、ありがとうございます。 それにしても日本橋の人たちはほんとうに素敵ですね。出羽の郷さんの気持ちがわかります。フランスの若者たちと歩き、日本橋に惚れ直してしまった、わたくしでした。 詳しくは→【仏国若人日本橋巡り記】 ![]() |
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| 5月22日(日) 旧暦四月十五日 赤口 丙午 曇りのち雨 本日、三社祭の最終日。イッテツが「どうしても見たい」というので、朝四時に起床し、宮出しを見に行きました。 同五時四十五分、静まりかえった境内に一本締めが響くと、氏子たちは一斉に神輿を担ぎ、「セイヤ、セイヤ」「サー、サー」と豪快な掛け声が境内に響き渡りました。「やっぱり三社は、威勢がいいなぁ」とイッテツも興奮地味。お神輿を包む、早朝のきりりとした空気。確かに、いいものですねぇ。 それから一之宮について駒形まで歩き、ちょうどお昼過ぎ。観光客でごったがえす〈駒形どぜう〉に顔を出し、江戸通りを散歩しながら、さいと町まで帰ってきました。 お祭は夕方だいぶん激しい雨に叩かれたようですが、宮入りは無事済んだようです。浅草の人たちは、明日からまた来年の三社を指折り数えて過ごすのでしょうね。 明日は、フランスの若者たちと日本橋。お祭は、見ることができたのかしら。 出羽の郷関 千秋楽白星 ●●○●●●●●○●●●●○ 来場所またがんばれ |
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| 5月21日(土) 旧暦四月十四日 大安 乙巳 晴れ 朝、フランスの若者たちとようやく連絡がとれる。 宿泊先の〈喜久屋旅館〉に電話すると、リーダーのギヨーム君。 「すいません、昨日は銭湯に出かけていました。月曜日、よろしくお願いします。楽しみにしています」と眠そうな声。どうやら起こしてしまったようですね。 「浅草は、お祭ね。賑やかでしょう?」「ええ、みんなでお神輿を見に行く予定です」とのこと。三社祭に合わせて来日したというわけではないそうですが、よかったですね。 出羽の郷関 ●●○●●●●●○●●●●● |
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| 5月20日(金) 旧暦四月十三日 仏滅 甲辰 晴れ 朝、〈喜久屋旅館〉に電話。フランスの若者たちは、すでにお出かけとのこと。 午後は〈山本海苔店〉にて、定例会。来週中には、ホームページのリニューアルができそうです。 帰り、丸の内の〈丸善〉にて、来週お会いする上野修三さんの著書『なにわ味噺 口福耳福』(柴田書店)『浪速のご馳走帖』(世界文化社)を購入。 夜、〈喜久屋旅館〉に再び電話。つながるも、銭湯に出かけていて不在とのこと。元気ですねぇ。 出羽の郷関 ●●○●●●●●○●●●● |
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| 5月19日(木) 旧暦四月十二日 先負 癸卯 晴れ タイちゃんより、例のフランス若人五人組の歓迎会プランが送られてきました。 10:30 〈山本海苔店〉到着(抱擁挨拶) ↓ 10:40〜11:00 〈にんべん〉見学(鰹節のあれこれ伺い) ↓ 11:10〜11:30 〈榮太樓〉見学(和菓子のあれこれ伺い、和風喫茶体験) ↓ 11:40〜 〈神茂〉見学(はんぺんあれこれ伺い) ↓ 〈小津和紙博物館〉見学など ↓ 13:00〜13:30 〈三越本店〉見学(おむすび具材など買物) ↓ 13:30〜 〈山本海苔店〉にて、おむすび体験(昼食) うーん、盛りだくさんで、楽しそう。ありがとう、タイちゃん。 五人組は本日到着予定と聞いていたので、夜、宿泊先の西浅草〈きくや旅館〉に電話も、何度鳴らしても、誰も出ず。????どうしたのかしら・・・。 出羽の郷関 三連敗 ●●○●●●●●○●●● |
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| 5月18日(水) 旧暦四月十一日 友引 壬寅 曇り イッシーさんよりメール。十八日にいただいたメールに、「おいしいものは隠し立てするな、が室町家のモットーでありますので・・・」というようなお返事を書きましたら、
わたくしも大賛成。イッシーさん、これからもどしどし『味の恋文』をお寄せくださいませ。夜、南風強く。木々揺れる。 出羽の郷関 白星のあとまたしても連敗 ●●○●●●●●○●● |
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| 5月17日(火) 旧暦四月十日 先勝 辛丑 晴れ パリのエミちゃんよりバカンス報告。フランスも五月は連休続きで、まとまったお休みがとれたようです。現地のWEBサイトに寄せた写真と文章をお読みになりたい方は、【南フランス編】【ノルマンディー編】。 出羽の郷関 ●●○●●●●●○● 残念ながら負け越しとなってしまいました。 |
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| 5月16日(月) 旧暦四月九日 赤口 庚子 晴れ 祭り過ぎ さびしさ少し胸打つ 五月晴れ。 と思っていたら、イッシーさんから待望のフィレンツェレシピが届きました。おいしそうです。 貴サイトには俳句と旬の料理を組み合わせた、王道を行く、立派な企画もあり、イタリアンは違和感があろうかと思います。ですので、私がお伝えするものに関しましては、あくまで「素人の気まぐれ」「与太話のひとつ」という程度にご理解いただきたく、とお願い申しあげる次第でございます。I と、やさしいお言葉が添えられていますが、折を見てご紹介できたらと思っています。いつもこのホームページを応援していただき、ありがとうございます。 出羽の郷関 久々の白星 ●●○●●●●●○ |
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| 5月15日(日) 旧暦四月八日 大安 己亥 曇り、夕方雹 本日、神田祭のクライマックス、お神輿の宮入。イッテツと出かける。 氏子町内九十基余りのお神輿が、朝から絶え間なく神田明神へと宮入します。室町一丁目の宮入は、十時半過ぎ。明神坂から一気呵成に坂を上り、参道へ。気合の入ったいい宮入でした。午後になると、にわかに掻き曇り、一時雹の舞う、波乱の宮入に。天からの思わぬ落し物が、担ぐ者、見る者の興奮を一層掻き立てることとなり、狭い参道はものすごい熱気に。そこへ現れたのが、旧神田市場の千貫神輿。気合もろともどうっと境内に流れ込むと、どよめき上がる声。余韻覚めやらぬ間に、千貫に負けてなるかと次の神輿が現れ、またしても歓声が上がり、潮のように揺れる。見惚れている間に、辺りは夕刻になり、最後は鳥居前にお店を構える〈天野屋〉さんのお神輿。 こうして二年に一度の天下祭、神田祭の宮入が無事幕を下ろしました。「いやー、今年もすごかったですねぇ」と、男坂を折りながら、イッテツ。 本日大相撲中日 出羽の郷関 黒星 ●●○●●●●● 苦しい星となりましたががんばって |
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| 5月14日(土) 旧暦四月七日 仏滅 戊戌 晴れ 本日、神田祭の神幸祭。 明神様をお乗せした華やかな時代行列が、神田・日本橋・大手町・丸の内界隈をおよそ三十キロに渡って神幸(みゆき)します。わたくしたち三人は、お昼をすませてから家を出て、まずは大手町の将門塚へお参り。それから行列を先回りして、人形町の甘酒横丁へ。待つこと三十分余り、「来た、来た」という周りの歓声で横丁の入り口へ目をやると、先導役のハイカラさんと神幸旗を先頭に大行列がやってきました。しんがりを勤める相馬騎馬武者の姿に、老若男女やんやの声。わたくしたちもあとについて大伝馬、小伝間、室町へ出て、中央通りへ。三越前からは二百十五年ぶりに復活した「大鯰(おおなまず)と要石(かなめいし)」の曳き物や、東京藝術大学の生徒さんの「がまがえる」と「だるま」が合流、奏でられるサンバのリズムと相俟って行列は一気に盛り上がりました。 「大きな鯰、ほんとにあんなのを引いていたのかしら」「むかしの絵巻を見るともっと巨大だったらしいですよ」「いやー、江戸の人の想像力はすごいもんですね」三人でそんな話をしながら眺める。行列の最後を飾る室町一丁目のお神輿が、神田方面へと遠ざかっていくのを見送って、〈ZEN茶’fe〉で休息。帰りに〈神茂〉に立ち寄り、はんぺん。夕食の前に、そのまま切って、わさび醤油でビール。 出羽の郷関 黒星 ●●○●●●● まだまだ |
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| 5月13日(金) 旧暦四月六日 先負 丁酉 晴れ 本日、神田祭の宵宮。明神様の氏子町内百八箇所のお神輿に御神霊をお入れする儀式です。室町一丁目のお神酒所は、三越本店前。旦那衆は日本橋丸・水巴紋を染め抜いた縮緬の浴衣に「室一」を織った博多帯、若い衆は同柄で木綿の鳴門絞りの浴衣姿、半纏はベンガラ茶(赤茶)で、魚河岸水神社御神紋を背中より袖抜きにし、裾柄には青海波を、大紋には「室壹」を染め抜き。揃いのいでたちでご神職をお迎え。三越の一隅にぽっかりと江戸が現れたかのような粋な時間でした。 宵宮が無事終わったあと、タイちゃんと〈松楽〉で軽く一杯。ほろ酔い気分で帰宅すると、高木先生よりメール。〈麩嘉〉さんでの料理教室のあと大和路を訪れたようです。 昨日は、いつもの京都、そして新緑の奈良を訪れてきました。 木々の緑と香りの間を、思う存分一人で歩いてきました。 つかの間の時間は、鋭気を養えそうな気のする所でした。 又、一つ大好きな、日本、美しい日本に身を置く事が出来、嬉しくなりました。 高い文化を持つ奈良は、是非大事にし、 次の時代に伝えて行かなければならないと思いました。 出羽の郷関 黒星 ●●○●●● |
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| 5月12日(木) 旧暦四月五日 友引 丙申 曇り、夕方より一時雨 朝晩と少し肌寒い日が続きますが、日本橋界隈には初夏を告げる神田祭が近づいてきました。明神様では、本日夜、鳳輦・神輿遷座祭。日本橋三越前にも、“い組”の皆さんによって立派な御借屋・御神酒所・御水屋が整えられ、準備万端。明日はいよいよ宵宮です。 〈タロー書房〉にて、『東京美術骨董繁盛記』(奥本大三郎著 中公新書)。 出羽の郷関 連敗 ●●○●● 頑張れ |
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| 5月11日(水) 旧暦四月四日 先勝 乙未 晴れ 朝、築地からの買出しから帰ってきたキタイ。「ようやっと、いいのが入りましたよ」。夜、お待ちかねの初鰹。 出羽の郷関 黒星 ●●○● 白星でかつお、といきたいところでしたが、残念。 |
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| 5月10日(火) 旧暦四月三日 赤口 甲午 晴れ パリより初夏の便りあり。 ブーローニュの森の中にある遊園地で、 五月一杯日本をテーマにしたいろんな催しが開かれているそうです。鯉のぼりを飾って、和服姿で日本舞踊のデモンスレーション。すっかり日本の風情です。 「ところで、がんこちゃんにお願いがあるんだけど」と、便りの続き。「今月の二十一日から、フランス人の若者五人がそっちへ行くことになったんだけど、日本橋を案内してもらえないかな?ふつうに行ったらまず訪れないだろうし、本物に触れられたら、とっても喜ぶと思うから」お安い御用というわけで、早速タイちゃんに相談。「そんならうちに来てもらったらいいじゃない。海苔を味わってもらおうよ。なんなら御飯も炊いて、おむすびでもこしらえようか。ほかにも神茂さんとか、界隈にいろいろあたってみるよ」と、頼りになるタイちゃんでした。エミちゃんに伝えたら、とても喜んでいました。 出羽の郷関 初白星 ●●○ おめでとう |
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| 5月9日(月) 旧暦四月二日 大安 癸巳 晴れ 朝、新茶を煎れながらキタイがぽつり。「こうやってちょっとの手間をかけたらおいしいお茶が飲めますのに、どうしてわざわざペットボトルで飲むのでしょうね。私には不思議でなりません」ほんとにねぇ。 午後、お祭の近づく神田方面へ散歩。夜、桜えびを玉子でとじる。 出羽の郷関 本日● 黒星二つとなりにけり |
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| 5月8日(日) 旧暦四月一日 仏滅 壬辰 晴れ 母の日。カーネーションと一緒に、母の好きだったかすみ草をテーブルの上に飾る。 夕方、テレビで大相撲の夏場所観戦。「来た、来た。土俵入りしてる」とイッテツ。「まわし、似合っていますねぇ」とキタイ。視線の先には、出羽の郷関。三十四歳、弟子入りから二十年かけて、今場所十両に昇進し、念願の関取に。日本橋のことや人が大好きで、常盤小学校に遊びに来てくれる心優しき力持ちでもあります。夏場所の前に、界隈の有志が集まって昇進のお祝いをして、まわしを贈りました。がんばれ、出羽の郷! |
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| 5月7日(土) 旧暦三月廿九日 先勝 辛卯 朝のうち雨、のち上がる 大型連休も残すところあと二日。有田のYさんより、陶器市便り。岩永さんのお店に行かれたようです。
なるほど、そういう一面もあるのですね。
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| 5月6日(金) 旧暦三月廿八日 赤口 庚寅 曇りのち雨 午後から、冷たい雨。大阪の上野修三さんにお電話。二十六日にお会いできることになりました。イッシーさんによると、雑誌『あまから手帖』で「浪速包丁 半世紀」という連載も始まったとのこと。とても楽しみです。 |
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| 5月5日(木) 旧暦:三月廿七日 大安 己丑 晴れ 立夏。朝、新潟から送られてきた粽をふかし直して、黄な粉で食べる。今日も良いお天気。今年の黄金週間は幸せですね。 午後、風渡る隅田川へ出る。浅草は大賑わい。「三社祭もすぐですなぁ」イッテツ、観音様に手を合わせる。 |
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| 5月4日(水) 旧暦:三月廿六日 仏滅 戊子 晴れ 鎌倉の節子叔母から、宅配便でしらすが届く。お礼の電話をすると、「小坪の猟師さんからのいただきもの」とのこと。早速、たっぷりとしたおろしでいただく。ほかに、鶏のささ身とそら豆の盛り合わせ、貝柱とアスパラガスの味噌汁。 |
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| 5月3日(火) 旧暦:三月廿五日 先負 丁亥 晴れ 散歩の帰りに、近所の八百屋さんをのぞくと、旬のお野菜にまじって、菖蒲に蓬(よもぎ)を結わえたものが置いてありました。「どうして蓬といっしょなの?」「さあてね、昔からこうなんだよね」お風呂に浮かべて菖蒲湯に。初夏、香り立つ。 |
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| 5月2日(月) 旧暦:三月廿四日 友引 丙戌 晴れ 八十八夜。山本海苔店より新茶の差し入れ。よい香り。 午後、イッテツと亀戸天神に。名物の藤を見に行く。ちょうど見頃で境内は人でいっぱい。広重の浮世絵に描かれているとおりの美しさでした。日記を読み返してみると、昨年も同じ日にお参りしていましたが、もう枯れ房。今年は花のペースが一週間ほど遅いようです。 高木先生の今月の料理は、そら豆。どうぞお試しあれ。 |
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| 5月1日(日) 旧暦:三月廿三日 先勝 乙酉 曇り、夜雨 新潟より、笹に包まった粽(ちまき)が届く。お礼の電話。雪はようやく一メートルほどになり、春らしくなってきたとのこと。 |