GANKOの日記
2005年 6月    
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6月30日(木) 旧暦五月廿四日 仏滅 乙酉 朝方雨、のち上がる
六月晦日の水無月祓い。神田明神。そのあと古書店街へ。『老舗 美と心』(陽樹社 駒敏郎著)を買う。
夜、いさきのお刺身を梅干しを裏ごしした梅醤油で。「枝豆も肥えてきましたよ」とキタイ。

6月29日(水) 旧暦五月廿三日 先負 甲申 雨、のち曇り
明治二十三年(1890)に創設された日本で最も歴史ある地域の親睦社交機関として知られる日本橋倶楽部。同倶楽部が、平成十五年(2003)日本橋創架四百年を記念して、日本橋にまつわる方々をお招きして連続講演会を企画しました。そのときの記録が小冊子になったとのことで、わが家に届きました。これがすこぶる面白い。インターネットでも読むことができますのでご紹介します。
中でも、料理家の阿部孤柳氏の『日本料理の伝統』はぜひ読んでみて欲しいですね。
安部さんは講演の中で、料理と食べ物の違いについて言っておられます。講演のまとめのところから引用させていただきます。

日本料理というのは、特に自然の味を楽しむ、季節を喜んで味わっていくということを失うと、ただの食い物になってきます。食べ物は必ずしも料理じゃないと言いましたが、かまぼことか納豆とか、そういうものは料理じゃないでしょう。そういうものも、かまぼこでも、ちゃんと食べやすい大きさに切って、そこにワサビを付けて、そして板わさという一つの料理が完成されるわけです。ただ食べればいいというものではありません。

今はコンビニで出来合いのものを買ってきて家で広げて、お刺身でも、おしょうゆかけてそのまんま食べる人はいっぱいいます。もっとひどいのは、コンビニの階段を降りて出たところでしゃがんで食べる人がいます。どうしてそんなことするのって聞いたら、ごみ捨てるのに楽だって言うのです。家の中で買ってきたお刺身でも結構ですから、きちんと器に移し替えてほしいと思います。そういうセンスがなくなっちゃうと、ただの食い物ですよ。(一部略)コンビニで買ってきた物を、そのまま食べるようなみすぼらしい文化というのは寂しいです。

阿部さんは今年齢八十二歳。こうした方々がこの世にいらしてくださるうちに、わたくしたちは、その声に、その智慧に、もっともっと耳を澄ますべき。

6月28日(火) 旧暦五月廿二日 友引 癸未 晴れ
東京は酷暑。北陸は豪雨。四国は渇水。列島それぞれの梅雨模様。
夜、鎌倉の節子叔母より電話。少々酩酊気味。「いまさっき、〈野菊〉(小町通りの路地にある叔母の好きな小料理屋)から帰ってきたんだけど、今日は、ご主人の命日だったんだって。お店に、お花が一杯届いてた。毎年毎年ありがたいことで、っておばさん言ってたよ。ひとの価値って、亡くなってから初めてわかるようなところあるわよね。まあ、なんにせよ、神様はちゃんと見てるってことよ」

6月27日(月) 旧暦五月廿一日 先勝 壬午 晴れ
日が永く、昼と夜とがゆっくりと入れ替わる、この季節。日中の蒸し暑さを避ければ、散歩にはよい季節です。お日様が傾き始めたところを見計らって、小石川から神楽坂へ。お目当ての〈ラ・ロンダジル〉は残念ながら休みなれど、ぽつりぽつりと灯が点り別種の生き物に変わり始めた神楽の坂を歩きながら、毘沙門天の前の路地へ紛れ込むと、店を開けたばかりらしいバーひとつ。店内に目をやると、白のジャケットに蝶ネクタイを締めた初老のバーテンダーがひとり。「こんばんは」とくぐり戸を抜けると、「おや、夕涼みですか」と声を掛けられるも、またたのし。

6月26日(日) 旧暦五月廿日 赤口 辛巳 晴れ
京より、鱧便り。「近頃のなんでもありの東京では、鱧も手の内と食わせてくれるところもあるようですが、やはり鱧は西のものですからねぇ」とキタイ。

飯鮓の鱧なつかしき都かな  其角

西木屋町の〈喜幸〉の白木のカウンターが目に浮かぶ。

 6月25日(土) 旧暦五月十九日 大安 庚辰 晴れ
『新そば』という季刊誌の最新号に、昨年八月に九十五歳で逝去された〈神田やぶ〉三代目堀田康一翁を偲んだ特集が掲載されています。タイちゃんによると、「やぶのご隠居さんは蕎麦の普及発展はむろんのこと、東都のれん会の発足などに大変な貢献をされた方」とのこと。特集の中、若い頃に神田やぶで修行されたという松戸〈関やど〉四代目稲葉八朗さんの追悼文が目に留まりました。

 はじめから『藪そば』に入店し、『藪』で育った店員さんにとっては、『藪』のシステムを当然のものとして受け止めたのでしょうが、千葉県松戸市の田舎のそば屋『関やど』に育った私にとっては、清潔な、合理的な台所で完璧な品質管理のもと丁寧な扱いで作られ、そしてあの風情のある店で食べるそばは、とても“そばでも…”などというものではなく感じたものでした。
 新入りの見習いが初めてそばと接する作業で、釜前がさっと盛り付けたそばを菜箸でほぐし、食べやすくする“せいろならし”という作業は最初の“カルチャーショック”で、あのもりそば一枚にかける手間に驚かされたものです。

考えてみると、百年を超える神田やぶの歴史の中で、たくさんの稲葉さんのような方がここから巣立っていったのでしょう。伝統とは、味を守るだけではなく、人を育てることにあるのですね。
6月24日(金) 旧暦五月十八日 仏滅 己卯 曇り
パリのエミちゃんよりメール。彼女は二十九日に来日予定。


日本も今年はすでに真夏日を記録したとのニュースに、
少々げんなりしながら日本行きの荷物をまとめています。
パリもここ5日ほど連日30度を越す猛暑となり、
昨日は雹まで混じるストームがあったというのに気温がまったく下がりません。
でもこの嵐での被害は結構出てしまいました。
ブーローニュやヴァンセンヌの森の木々が倒れ、
メトロの駅は水浸しで閉鎖、停電の地域も出ました。
私はマシンでDVD(ブリジッドジョーンズ2)を借り出していたのが、
雷でマシンが壊れ 返却できなくなり おじちゃんの到着を 雨の中待つ羽目に・・・
ご存知の通り、冷房施設などもってのほか扇風機すらないので、暑さは増すばかり・・・
今日から始まる SOLDESで暑気あたりでもふっ飛ばしますか!
それにしても 元気が出ない・・・
では、東京についたら電話しますね。

元気出して。東京に着いたら、うの字でも食べに行きましょう。
6月23日(木) 旧暦五月十七日 先負 戊寅 曇り
イッテツと、芝愛宕神社へ千日詣り。急な石段を上り、茅の輪をくぐってお参りすれば、千日分のご利益があるといいます。「イッテツの喉にささった骨が早くとれますように・・・」
境内では、江戸の昔から親しまれているほおづき市。一鉢買い求めて、玄関先に置く。「そういえば、入谷の朝顔ももうすぐですねぇ」と、キタイ。

6月22日(水) 旧暦五月十六日 友引 丁丑 雨、午後上がる
高木泉先生よりメール。


薫風の札幌にいってまいりました。
懐かしいお友達と、緑柔らかな夕闇の大通りで思う存分話してまいりました。
アメリカ人と結婚して、今は素敵なパスタとお菓子のお店をしている、
お寺の娘だった彼女。
私が紹介して、今は、立派な俳句の先生になった漬物名人のおばあちゃま。
お医者様のご主人の奥様で、お料理とお菓子がお得意で、
私とよく、秘密の場所とか言って、山葡萄、ハスカップ、防風を採りにいったり、スキー、テニスも多いに楽しんだ、車の運転の上手な、彼女。
皆、しっかりした、北国の女性です。
再会は、昔を近くし、時をすっかり忘れてしまう長い長い夏至でした。
24〜5年前のお話が、昨日の様にお話が出来るなんて、
共通の思い出を沢山持ちあわせる事の出来る、事に感謝致しました。

先生がまだおきゃん?だった頃に過ごされた札幌。いまも特別な想いがあるようです。
6月21日(火) 旧暦五月十五日 先勝 丙子 晴れ
夏至。山形より佐藤錦が届き、さっそく夕食後にいただく。ほんのりと桜色、まるで宝石のよう。さくらんぼは、やっぱりこれじゃないと。

6月20日(月) 旧暦五月十四日 赤口 乙亥 曇り晴れ
蒸し暑い一日。所用で麻布十番まで。お昼は〈更科堀井〉で、蓼(たで)を打ち込んだ季節の変わりそば。お土産に〈豆源〉の子袋。

6月19日(日) 旧暦五月十三日 大安 甲戌 曇り
今日は、高木泉先生の料理教室。開始時間は十一時でしたが、朝方、イッテツが鯖の骨をのどに詰まらせる事件が起こり大遅刻。会場の新宿東京ガスショールームに、駆け足で飛び込むと、すでに教室は終了し、皆さんで会食中。
「先生、ごめんなさい」「おやおや、お昼を食べにいらしたの?」と、先生、笑いながら「お一人分ありますけど、一緒に食べます?」
鮎とアスパラの揚げ浸し、和風ハーブ寿司、豚肉の新じゃがソース、穴子とごぼうの椀仕立て、白胡麻のババロア。茗荷と紫蘇などを散らしたハーブ寿司は、ラー油を効かせたタレをかけて。豚肉には出汁でのばした新じゃがのクリーミーソース。いずれも旬の素材をいかしていまの季節にぴったりの、身体の中を涼風がさっと通り抜けるような料理でした。参加者の皆さんのお皿もすっかりからっぽで、大満足の様子でした。料理教室が初めての方もいらっしゃいましたが、「いろいろ発見があって」新鮮だったようです。よかった。場所を提供していただいた東京ガスさん、前回に引き続き担当してくださった高橋さん、ありがとうございました。
皆さんを見送ったあと、お隣のパークタワーにある『THE CONLAN SHOP』をのぞいて、帰る。
夕方、イッテツと隅田川縁。所々に、夾竹桃、咲き始める。

6月18日(土) 旧暦五月十二日 仏滅 癸酉 曇り
鎌倉ほどにでないにせよ、庭の紫陽花が美しい。読みかけの小島政二郎さん『食いしん坊』に、こんな一節にある。

 庭に紫陽花の花が美しい。
 この季節は、お天気さえよければ、日の色はすがすがしいし、風は爽かだし、おのずと生気が体内に満ち満ちて来て楽しい。女が一年中で一番奇麗な時ではあるまいか。
 この時節は食べ物もうまい。ゴボウでも、若布でも、ヒジキでも、ソラ豆、グリンピース、新ジャガ、新玉ネギ、キャベツ、新大根、みんな溌剌生生として潔い。

「ほんとうにそのとおりですね」とキタイ。夕食、夏野菜の素揚げを、薄味のつゆを少し浸して食べる。

6月17日(金) 旧暦五月十一日 先負 壬申 薄晴れ
梅雨の合間の晴日。浅草をのんびりと歩く。浅間神社(浅草のお富士さん)で、芽輪くぐり。この界隈の五月六月月末は、植木市で賑わいます。馬道通りの〈つくも〉で、お八つの餡蜜。また歩く。路地のあちらこちらから、ちりちりちんと風鈴の音。

イッシーさんより、鎌倉の思い出のつまった便り。鎌倉の紫陽花は今週末が見ごろのようですよ。(ところで、イッシーさん。先日の日記でフィレンツェレシピを紹介させていただきました。ご連絡できずに申し訳ありませんでした。この場を借りて、お礼申し上げます。今回いただいたかぼちゃのレシピも、とてもおいしそうですね)


室町元子さま

しばしば鎌倉行きのお話がのっていますが、まことにうらやましい次第。
このごろはなかなか出かけることがなくなっていましたが、日記を拝見するにつけ、
しばらくぶりで出かけてみようかな、という気分になっています。

以前は仕事の関係で週3日の鎌倉通いが4年ほど続きました。
神奈川県立近代美術館の名物館長だった土方定一先生や学芸員の先生方を訪ねていました。

館長はじめ豪快な酒徒の先生ばかりで、
半分の目的は夕方からの小町通りの居酒屋やバー通いでした。

特に土方先生には、佐伯祐三、関根正二、松本俊介など夭折の画家たちのお話、
パリの市井の人々を描いた田中亜喜良や
カラーメゾチントで世界的に知られる浜口陽三の魅力、
さらにイサム野口の師匠だったブランクーシのことなど、
近代の絵画、彫刻のすぐれた方々のことをはじめ、
たくさんのことを教えていただきました。

のちに先生のご紹介でパリにお住まいだった
浜口陽三先生のお宅を何度かお尋ねしていました。
いまや浜口先生も奥様で銅版画家だった南桂子さんも鬼籍に入られてしまいました。

奥様がベランダで紫蘇を育てていたことが、当時の私には驚きでした。
また、60歳を越していた浜口先生が新車のBMWで、
あの狭いパリの路地を猛スピードで走り抜けながら案内していただいたこと、
マルセイユ出の主人がやっていたビストロで、
生まれて初めて太いホワイトアスパラガスをごちそうになったことなど、
今となっては楽しい思い出でになりました。
「きみ、アスパラガスはこうして手でつかんで食べるのが一番だよ」と
おいしそうに食べる先生の姿が今も目に浮かびます。

たまに日本に来られると、私は神楽坂の寿司屋にご案内していました。
ある冬の宵、その店のご常連だった白洲正子さんと鉢合わせ。
白洲さんはその時、裏地に毛皮を張ったバーバリーのコートをお召しでした。
目ざとく見つけた浜口先生、白洲さんをご存知でなかったのですが、
店を出ると「このごろは東京にもシャレたばあさんがいるんだね」と、
愛用のパイプを手におっしゃたことが思い出されます。

また、「東京は食事した後、散歩するところがないのが寂しいね」
とおっしゃっていました。パリでは外で食事をなさった後は、
ブラブラ散歩しながら帰るのが、とても気分がいい、とおっしゃっていました。

鎌倉では日記にもありました魚屋や向かい側にある野菜市場で買い物をして、
「梅花はんぺん」をみやげにしていたものです。
仕事が午前中で終わった日には、
逗子まで出て小坪の港に朝揚げの地魚を買いに行っていました。

そのほかいろいろと思い出をたくさんいただいた、私の鎌倉詣での日々でした。

懐かしさひとしお。久しぶりに紫陽花を見に出かけることといたしました。

ところで、「江戸崎かぼちゃ」のお話を拝読し、
例のフィレンツェレシピよりかぼちゃレシピ2点をお送りします。
かぼちゃの天ぷらもよいものですが、これもなかなかの味です。

6月16日(木) 旧暦五月十日 友引 辛未 雨
「本日は、京都でした」と、高木泉先生よりメール。月一度の〈麩嘉〉さんの日です。


いつものように、朝の新幹線は名古屋まで、愛知万博の為満員。
丁度良い時刻に錦市場に到着。
若い二代目、三代目の料理人が、頑張っている京料理に期待を持ちつつ昼食、
結果満足。
一生懸命している所は、人を惹きつけ良い一品を出します。
三条通りのイノダコーヒー本店でゆくっり時間を過ごし、
イザ、大橋のたもとにある、私のお気に入りのブラシ屋さんへ、
瓶洗いを求めて行きました。
薄曇りの、京都の町は人もあまりいなく、落ち着いてお店を覗く事が出来ました。

梅雨時の京も、またよろしいようです。
〈タロー書房〉にて、佐藤隆介さんの『池波正太郎への手紙』(ゴマブックス)を購入。数々の池波本を書かれている著者が、池波先生の愛した五十四軒の“いま”を訪ね歩いて綴った、師への手紙。期待をして読み始めたもののちょいと期待はずれ。ご自分のことをそんなに卑下なさらなくてよろしいのに…。

6月15日(水) 旧暦五月九日 先勝 庚午 雨ざあざあ
最近、LOHAS(ロハス)という言葉をよく耳にします。調べてみると、LifeStyle of health and sustainabilityの略であり、「環境と人間の健康を最優先し、持続可能な社会の在り方を志向するライフスタイル」とのこと。なるほど。わかりやすくいうと、ご飯は残さず食べましょうねということかな?
雨、雨、雨の一日。本など読んで過ごす。

6月15日(水) 旧暦五月九日 先勝 庚午 雨ざあざあ
最近、LOHAS(ロハス)という言葉をよく耳にします。調べてみると、LifeStyle of health and sustainabilityの略であり、「環境と人間の健康を最優先し、持続可能な社会の在り方を志向するライフスタイル」とのこと。なるほど。わかりやすくいうと、ご飯は残さず食べましょうねということかな?
雨、雨、雨の一日。本など読んで過ごす。

6月14日(火) 旧暦五月八日 赤口 己巳 曇り
パリより。

日本は入梅ですってね。 こちらはまだ連日涼しい日が続いて、朝は10度くらい。日中も23度、25度くらいの過ごしやすい日々です。フランスではやはりこのお天気の影響もあり、6月は結婚式が多く、披露宴もお庭でと言うのが多いです。ジューンブライドですね。

夕方、イッテツと隅田川へ涼みに。

6月13日(月) 旧暦五月七日 大安 戊辰 晴れ
梅雨の晴れ間。ぐんぐんと気温が上昇する。
朝、叔母の家のある浄明寺胡桃ヶ谷(くるみがやと)の辺りを散歩している途中、作家の高橋源一郎さんにお会いする。「最近、引っ越されてきたようね。昔、チェーホフの翻訳で有名な東大の先生が住んでいらした家だって。川端さんや三島さんもよく訪れていたようね」
お昼は、稲庭うどんを笊で。「かんざし、私もよく買うわよ。つるんとしておいしいわよね、それにお得なところが好きよ」
夕方までのんびりと叔母の家で過ごし、夜、日本橋へ戻る。

6月12日(日) 旧暦五月六日 仏滅 丁卯 曇り、時々晴れ間
朝から、叔母を手伝って梅干と梅酒づくり。買い置きしてあった梅の実の蔕(へた)を、爪楊枝で一つずつとっていく。梅酒用は実が焼酎の中で萎びてしまわないように、小さな穴を開ける。
お昼は、イッシーさんのフィレンツェレシピより【冷たいパスタ】を拵える。「うん、おいしい。バジリコがきいて、いかにも初夏という感じね」「ほかにも【とり肉のブルーナ風】という料理があってね、これ、〈アルトシュタット〉のベーコンで拵えたらきっとおいしいわよ」
午後、二人で駅前まで歩く。途中、雪ノ下の〈日の丸食堂〉でご主人に挨拶。「わるいね、今日は予約で一杯なんだ」「いいのよ、いいのよ」それからいつものように小町通りの古書店〈木犀堂〉に顔を出し、〈門〉で喫茶。夕食は、久しぶりに裏駅の〈鳥秀〉へ、こんばんは。「あ、そら豆はもうないのね。ちょっとえぐ味が出てきたものねぇ。そら豆が行っちゃうとなんだか淋しいわねぇ」と叔母。それはそれ、ご主人の焼く鳥は相変わらずのおいしさ。最後はさらっと茶漬けで〆る。


6月11日(土) 旧暦五月五日 先負 丙寅 曇り時々雨
鎌倉にて 朝、イッテツとの散歩を済ませて、鎌倉行きの準備。三越本店で、稲庭うどんのかんざしを買い、横須賀線に。車中にて、キタイが拵えてくれたちりめん山椒(上野修三さんのお宅でいただいたもの)のおむすびをほどく。
鎌倉駅で節子叔母と待ち合わせ、そのまま江ノ電に乗り、成就院へ向かう。「鎌倉の紫陽花は明月院が有名だけど、わたしはこちらの方が好きね」極楽寺の駅で降りて、しばらく歩き、成就院への坂道を登る。参道の紫陽花は六、七分咲きといったところ。雨を浴びて、うれしそうにしている。和菓子細工のような小さき花の谷間に、薄もやのかかる相模湾が見える。
由比ガ浜通りを骨董など眺めながら、鎌倉駅まで戻り、夕餉の買い物。〈ユニオン〉で鰹のさく、農協の市場で路地ものの野菜。高木泉先生より教わった【鰹とアボガドの青葉和え】を拵える。「おいしいわねぇ。鰹とアボガドの合うこと、合うこと」


6月10日(金) 旧暦五月四日 友引 乙丑 雨
本日、入梅の模様。
雨の中、三越本店へ『北斎と広重展』を見に行く。原安三郎(1884-1982)さんという方のコレクションだそうです。「冨嶽三十六景」の富士、「東海道五拾三次」の雨や雪や闇、なんて芳醇で美しい日本。それに引きかえいまの東京から見えるのは、なんとかヒルズとかろくでもない高層ビルばかり。縦に伸びた文化を横への広がりに戻していかないと、この国はきっとこてんぱんに壊れてしまうに違いありません。
夜、イッシーさんより便りを読む。


室町元子さま

日記に「冷たい稲庭うどんがおいしい季節となりました」とありました。
私は、しばしば稲庭うどんの「かんざし」というものをいただきます。

稲庭うどんは紐状に練った麺を2本の竹管に、
縄を綯うように手でよりをかけながら交互に巻きつけ、引き伸ばして乾燥します。

この管に巻きついて、くるんと曲がった部分は粘り気が強く、
昔から土地の人たちの間では珍重される食材です。
形がストレートな麺の頭がまがって、
あたかも「かんざし」に似ているところから、そう呼ばれているものです。

まっすぐな麺とは一緒に売れないので、
曲がった不ぞろいの「かんざし」だけを集めて売られます。
いわゆるアウトレットとでもいいましょうか・・・。

この「かんざし」はゆでると曲がってつぶれた部分だけが幅広く、
口に入れたときのツルンとした感触は、ふだんの稲庭うどんとはまた別モノのうまさです。

私はゆであげてから、気が向いたドレッシング(三杯酢でもよい)と
いろいろな具材を合わせてサラダにしたり、スープやみそ汁に入れたりします。
また、「かんざし」に霧吹きでサッと水を当て、
サラダ油で揚げて酒やビールのつまみにしたりもしています。

また、この「かんざし」は、
奈良の三輪素麺の山本では「そうめんふし 藤兵衛(とうべえ)」
というブランド名でも売られていますし、
他の素麺の産地でも同様の形のものを売っています。

私はこの「かんざし」や「そうめんふし」のほか、
岩手の「ひっつみ」、宮城の「白石温麺」、埼玉の「ぺらぺらうどん」などの短い麺を
『日本のショートパスタ』と呼んでいます。

つい先日も老舗の製粉会社から呼ばれまして、
売れ行きがいまひとつの、国産のマカロニ、ペンネ、フジリなどの
販促の薀蓄話のひとつとして
『日本にもあったショートパスタ』ということで話をさせていただきました。

ちなみに「かんざし」、「そうめんふし」は
三越や高島屋はじめピーコック、西武デパートなどでも売っています。

まだでしたら、ぜひ一度お試しを。

日本ショートパスタ、うまいこというものですねぇ。明日は、鎌倉。そうだ、節子叔母へのお土産に買っていこう。
6月9日(木) 旧暦五月三日 先勝 甲子 曇り
高木泉先生のお宅で、料理の撮影。七月は茗荷、八月は白玉を題材に。
茗荷は素揚げにして、同じく素揚げしたズッキーニと合わせてマリネに。「夏野菜であればズッキーニでなくとも、なんでも合います。ただし、彩りには気をつけてね」と、先生のアドバイスです。茗荷の歯ごたえが良く、とてもサッパリして、夏らしい一品です。
白玉は三色にしてカスタードソースかけて、シナモン風味に。白玉というと和のイメージですが、そこに洋のエッセンスをさりげなく入れるのが泉流なのでしょうね。
「あらあら、せっかくのお昼時なのに、これではメインがないわねぇ」と、先生。さっそく台所にある材料でちらし寿司を拵え始めました。酢飯に千切りした大葉と茗荷、細かくさいた蒸し鶏、薄切りにしたタコ、それにお庭で採れた木の芽を混ぜて、最後に山本海苔をぱらり。これがまた、たまらないおいしさでした。ご馳走様でした。

夜、パリのエミちゃんよりメール。若者たち五人組のお礼と、月曜日にパリで行われたエイズ撲滅キャンペーンこと。彼女はそこに登場する女優さんに着物の貸し出しをしたそうです。添付の写真をあけて、びっくり仰天!『このホームページのテーマは、美しい日本の味だったのでは…』と思いつつも、紹介してしまいます。


どう、このおじ様、すてきでしょ?舞台ではもっと素敵でしたよ。
当日は、プロのグループが20組コンクール式で
パロディーの小品を競いましたが、
とにかくゲイダンスのオンパレード。
すごい迫力で、大体は女性がゲイのお兄さんたちに
彼や夫を奪われてしまうと言う内容でした。
サド、マゾ の衣装あり、タンゴダンスあり、人魚(全部男)あり、
すごく楽しく知らない世界を垣間見た・・・って感じでした。
楽屋で何人かとはすでに一緒だったのですが、
プロのコメディアンって楽屋と舞台とのギャップがあまりにも激しくて
それも驚き、新しい発見でした。
すごく素敵な男性がいてね。
金髪の鬘でマドンナを歌うって言う話だったの。
すごくきちんとしたふつうの人で、まあその辺であったら
普通のかっこいい若者ってかんじ。
それが舞台ではめちゃめちゃもいいところで
ピンクのレオタードでダンスもすごいのね。
もう私は目が点、口があんぐりの状態で見つめてしまいました。
これが同一人物か? プロはやはりプロでした
フランスでは芸能界に入るには、
音楽を学校できっちり基礎をやっていないとまず相手にはしてもらえないし、
演劇もテアトルのクラスをきちんとやっていないとだめ、
と言うのは良く耳にしていましたが
本当にそのパロディーだろうがなんだろうが、
基礎ができているので舞台はすばらしいものです。
歌もすばらしいし、改めてフランスの芸術、芸能の奥の深さを実感しました。
ちなみに着物を着たおじ様の名前は、FRANCK VINCENT
きちんとしたプロのミュージカル歌手で日本にもツアーで行っています。
『マイフェア レディ』とか、フランスでは『TINTINの冒険』『太陽の神殿』の
ミュージカルにも出ていたようでした。まあ 面白かったです

6月8日(水) 旧暦五月二日 赤口 癸亥 晴れたり曇ったり
先日、一緒に日本橋を巡った仏国若人のひとり、ガエルくんからメールあり。


bonjour

je tenais vous remercier pour cette superebe journ? pass en votre compagnie
cela restera pour moi l'un de mes meilleurs souvenir de votre beau pays
ce voyage fut un v?itable plaisir pour moi
car les gens aussi que le paysage de votre pays me manque deja
pour cela je vous remercie infiniment

si un jour vous passer sur paris contact moi
nous vous ferons visit paris comme personne et nous vous ferons goutt a la cuisine
fran?ise
merci pour tout

gros bisous

Gael


こんにちは、
小生は日本橋に立ち寄らせて頂いたあの日を思い、
今なお感涙にむせんでおります。
美しい日本は、小生の思い出として深く深く心に残っており、
今回の旅行は、本当に楽しいものでした。

日本の方々や景色も、今やもう小生の目の前にはないので
淋しい気持ちで一杯ですが、
あの日の事は有り難く本当に感謝しています。

もし、パリに来られる事があるのでしたら、ぜひ小生に連絡をください。
フランス料理をご馳走しますので・・・

この度は本当にお世話になりました。
あらためて御礼申し上げます。

さようなら

ガエル

と、まあ、こんなところでしょうか。
6月7日(火) 旧暦五月一日 大安 壬戌 晴れ曇り
八百屋の店先に、梅の実が姿を見せ始めました。毎年のことなれど、季節が廻りくるのを感じます。さて、今年の出来はどうでしょう。週末、鎌倉では梅干づくりかな。

6月6日(月) 旧暦四月三十日 先負 辛酉 晴れ
昨日は二十四節気の芒種(ぼうしゅ)、今日は七十二候の蟷螂生(とうろうしょうず)。風に夏の香が漂い始め、冷たい稲庭うどんがおいしい季節になってきました。今日のお昼は、梅おろしで。
夕刻、中央通りを散歩。〈タロー書房〉にて、太陽別冊『和菓子風土記』を買う。

6月5日(日) 旧暦四月廿九日 友引 庚申 曇りのち晴れ
午後、晴れ間。イッテツと隅田川まで足を伸ばす。
帰り道、鳥越にある庭師の今井老のお宅に立ち寄る。
「しばらく振りです。お元気ですか?」
「おや、これは珍しい。まあ、ちょいと上がっていらっしゃい。おい、ばあさんや、お茶、お茶」
「はい、はい。がんこちゃん、いらっしゃい」
コウおばあちゃんのおもてなしで、日暮れ時まで寛いでしまいました。
「すっかり長居をしてしまって、そろそろお暇しないと…」
「あら、晩御飯までいてくれていいのにねぇ、おじいちゃん」
「ありがとうございます。でも、キタイが待っていますので、また寄らせていただきます」
「そうかい。お、そうだ。ばあさん、あれあれ」
「ちょっと先週、こいつと秋田の能代まで行ってきましてね。これ、キタイさんに」
と、お酒をいただいて帰りました。
「ほう、秋田のお酒ですか。これはいい。秋田のお酒は新潟とは違った趣がありますからね。しかも、『喜久水』の吟醸ですか。さっそくいただきましょう。今日は鰹のたたいたのに、たっぷりと青葉を散らしてみました。きっと合いますよ」
きれいな黄金色に、ほのかなお米の香り、でも味はとても力強い。いいお酒でした。

6月4日(土) 旧暦四月廿八日 先勝 己未 曇り、夜雨
連日のはっきりしないお天気を、喜んでいるものあり。
ちょいと見ぬ間に庭のアジサイが色を結び始めています。来週あたりは鎌倉の寺々へでも出かけようかしらと思い立ち、節子叔母に電話をする。「いらっしゃいよ、ちょうど見頃じゃないかしら」
叔母の好きな六地蔵の〈Bar BANK〉、店主交通事故のため休店中とのこと。
6月3日(金) 旧暦四月廿七日 赤口 戊午 曇りのち、夜降る
イッシーさんより便りあり。


室町元子さま

上野さんにお会いになり、さぞやお話がはずんだことでしょう。
光景が目に浮かぶようであります。
「上野さんの料理をいただいたことがなくて・・・」とありましたが、
小生はこう考えます。

たとえ直接の味をしらなくとも、その豊かなお話をうかがっているだけで、
おいしさの一端を知ったわけですから、なによりのごちそうです。
どうおまとめになるのか、今から楽しみであります。

ところで余談ですが、
上野さんから浪速魚菜専門誌『浮瀬(うかむせ)』のお話は出ませんでしたか。
2年前に創刊された季刊誌で、「浪速魚菜を守る会」の笹井さんの編集によるものです。
毎号、大阪の魚や野菜に関して歴史的な、興味深いテーマが載っており、
愛読しております。

「浮瀬」とは大阪の料亭の元祖といわれる天王寺にあった
「浮瀬」からとったとのことです。
もともとは有栖山清水寺の茶店だったそうですが、
元禄の頃からは浪速を代表する料理茶屋となっていったようです。

当時は四天王寺から清水寺とお参りをした後、
高台にあるこの料理屋で、酒食をとるのが大きな愉しみでもあったようです。
ここでは酒客に喜ばれる演出として、巨大な鮑の貝殻を酒杯に見立てた奇杯「浮瀬」
でもてなしていた、とも伝えられています。

そして、浪速の絶景、味、酒の三拍子が揃った店として全国にその評判が広がり、
聞きつけた文人墨客らが集うようになり、
いつしかサロンのようなものになっていきました。
その時代のスーパースター、松尾芭蕉や与謝蕪村、近松門左衛門らも
自らの作品に「浮瀬」の名をとどめていたということです。
また、狂歌で知られる太田蜀山人も浪速を訪れた折りに「浮瀬」を見物して、
浪速の旨いものとして「天王寺蕪に吹田くわい」を歌に詠んでいたとのことです。

あたかも江戸の栗山善四郎の「八百善」や
東京の北大路魯山人の「星岡茶寮」を彷彿とさせる店だったようです。

東京も江戸時代の研究や調査が、
暮らしの視点からも為されるようになって楽しみが多い町です。
元子さまのお江戸ウォーキングもその楽しみのひとつとして拝見しております。

先日デパートの野菜売り場で「島きゅうり」というものを買ってきました。
「島」とあるのでてっきり沖縄産かと思い店員に聞いたところ、
なんと東京都新島産でした。普通のきゅうりよりは太く、短い形です。
テレビCMで今話題の「加賀きゅうり」ほどは大きくもなく、太くもありません。
さっと塩をし一夜漬けにしていただきましたが、
実にやわらかく、香りのある珍しいものでした。
イメージとしては瓜の子供といった感じですが、歯ざわりはすこぶるやわらかです。

というように、東京野菜もいろいろと頑張り始めたようです。

長々となってしまいました。
では、また・・・。

イッシーさんからはホームページの感想もいただきました。ありがとうございます。上野さんとのお話は、なんとか今月中にまとめてみたいと思っています。どうぞお楽しみに。
6月2日(木) 旧暦四月廿六日 大安 丁未 雨、夜激しくなる
朝、新潟よりダンボール箱着。封を開けると、雪国の春の香。独活、姫筍、蕨、木の芽。キタイは、早くも料理の拵えのことをあれこれ考えている模様。
わたくしは、本日、高木先生宅で料理の打ち合わせ。「ちょうどよかった」と思い、小分けにして出かける。
今日の素材は、白玉と茗荷。「相変わらず、むつかしいテーマねぇ」と、先生笑いながら、ともに二品ずつ。見事に咲き揃った薔薇を眺めながら、試食。
夜、木の芽はお浸し、独活は味噌和え、姫筍はお味噌汁として登場。「やっぱり、八百屋で売っているものとは、モノが違いますね」

6月1日(水) 旧暦四月廿五日 仏滅 丙辰 曇り
朝、新潟のより電話。山菜を送ってくださるとのこと。
「小豆菜やたらの芽は、へー、終わったけど、独活のうんまげんがとれたすけ送ろかと思ってね」と、いつもようにやさしいお心遣い。近況をお聞きすると、雪もようやく溶け、明日からちょうど田植えとのこと。例年より二十日ばかり遅れているそうですが、ようやくの春。ぶなの新緑がさぞや美しいことでしょうね。


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