GANKOの日記
2005年 7月    
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7月31日(日) 旧暦六月廿六日 先勝 丙辰
朝、キタイと「昨日の櫓花火はほんとにすごかったわねぇ」と話をしていると、新潟より野菜がたっぷりと入ったダンボール箱が届く。「私たちだけではとても食べ切れませんね。昨日のお礼に鳥越にお届けしましょう」茄子、きゅうり、トマト、ピーマンを取り分け、風呂敷で包んで、イッテツを使いにやる。
我が家の昼、夕餉にも、野菜料理が並ぶ。茄子をさっと焼いて、皮を剥いてざくっと裂いたところに、生姜と生醤油。それだけで、どうしてこんなにおいしいのでしょう。
パリのエミちゃんより、無事帰宅との知らせ。

7月30日(土) 旧暦六月廿五日 赤口 乙卯 晴れ
本日、隅田川の花火大会。
今年は、鳥越に住む植木職人の今井老から「よかったら一緒にどうだい」と誘われ、おじゃますることに。夕方、さいと町の家を出て、散歩がてらゆっくりと歩いて鳥越へ。くぐり戸を開けて、びっくり。目の前に大きな大きな櫓(やぐら)が聳えていました。
「どうしたんですか、これ」と尋ねると、「いやなにね、人波の中を川へ出るのも億劫だし、これなら見えるんじゃないかと思ってねぇ。知り合いの鳶の親方に頼んで立ててもらったところ、どうにもこれがなかなかいい塩梅で…」とごま塩頭をひとかき。
櫓の高さは十メートル余り、梯子を上っていくとてっぺんに二畳分ほどのお座敷が設えてあるという趣向。「これはすごい」とキタイが思わず声を上げると、「キタイさんは高い所は大丈夫ですか。それはよかった。うちのばあさんはどうもダメでね。あたしゃ、川っぺりで見るからってんで行っちまいやがった」
わたくしは言えば、地に足がついてさえいれば、高いところはそう苦手でもなし。それでも、イッテツを抱えて梯子を登るときはちょいとおっかなびっくりでした。登ってしまえば、もうこっちのもの。川面は見えませんが、風が渡って気持ちの良いこと、良いこと。キタイが拵えてくれた花火弁当を食べ、ビールを飲みながら待つこと三十分余り。ぱっと光ったかと思うと、どどどどーんと地響きがして、今年の花火のはじまり、はじまり。光と音の怒涛に身を任せ、拍手と歓声を上げていたら、あっという間に二時間が過ぎていました。ふうう。
櫓を降りて冷たい麦茶をいただいていると、今井のおばあちゃんも帰ってこられて、「この人ったらまったくしょうのないものつくっちまって、ねえ。片づけが大変なんだから」ところころと笑う。「いえ、いえ、とんでもない。楽しかったです。ありがとうございました」「そうかい、それじゃあ、来年もやってみるかな。ははは」
楽しい夜でした。

7月29日(金) 旧暦六月廿四日 大安 甲寅 晴れ
エミちゃんより、今日の便でパリへ帰りますと電話。
「えー、もう帰っちゃうの。出発前にうちで食事でも思っていたのに」
「そう思っていたんだけれど、子供たちが夏ばてでダウンしちゃって。連絡もできずにごめん。でも、お城も見ることができたし、いい夏休みだったわ。日本橋の皆さんにもよろしくね」

7月28日(木) 旧暦六月廿三日 仏滅 癸丑 晴れ
銀座の柳も身をよじる猛暑。
本日、土用の丑ということで、街中、鰻を焼く煙と匂いが漂っていました。わたくしはいうと、かねてよりこの日はと決めていた江戸川橋の〈石ばし〉まで。暑い中を、ようやくたどり着いたと思ったら、休日。ならばと、石切橋の袂にある〈はし本〉へ行くも、こちらも定休日。「なんだい、なんだい」と呟くイッテツともども、すっかり拍子抜けしてまい、銀座に戻り、大混雑の〈竹葉亭〉にてようやく暑気払い。
家に帰ってキタイにそのことを話と、「土用の丑は、鰻屋にとってはいちばんの稼ぎ時。そこで、あえて店を閉めるというのも、ひとつの自信というか、意地なんでしょうねぇ」

7月27日(水) 旧暦六月廿二日 先負 壬子 晴れ
蝉も倒れる猛暑。
お昼、素麺。夜、冷や汁でさっぱりと。


室町家 冷や汁の作り方(4人分)
1. 出し汁(500cc)を作り、冷蔵庫で冷やしておく。
2. 鯵2尾をカリッとなるくらいまで焼き、頭、皮、骨などを丁寧に除き、身をほぐしておく。
3. すり鉢に2を入れてよくすり、味噌(できれば米と麦の合わせ)150g、味醂(砂糖でもよし)20gを加えてすり合わせる。
4. 3に冷やした出し汁を少しずつ加えて、のばしていく。
5. 4に、くずし豆腐(木綿豆腐を手で握ってくずしながら)、大葉(刻み)、きゅうり(薄く輪切り)を適量加えてひとまぜ。
6. とろーりとしてきたところを、温かいごはんにかけ、炒りごまをかけていただきます。

「冷や汁は、もともとは宮崎の郷土料理。コツは鯵を、こんがりと香り立つまで焼くことでしょうか」(キタイ)
7月26日(火) 旧暦六月廿一日 友引 辛亥 雨
朝、テレビをつけると台風直撃の恐れありとのこと。「今日のどじょうは、中止かしら」と思っていたら、高木先生より「決行」との知らせ。予定通り、夕方六時に山本海苔店本店に集合して、タクシーで〈伊せ喜〉へ。
どぜう、と黒々とした文字で書かれた暖簾をくぐると、店内は昔ながらの入れ込みのお座敷をぬって、通路が奥に続いています。江戸の意匠デザインを感じる仕切り戸や窓、灯りの傘がなんともいえないいい味を出しています。
さて、どじょうのお味の方ですが、先生がお好きだという“丸”、骨を抜いてすき焼き風にいただく“ぬき”、そして柳川と、同じどじょうでもずいぶんとおいしさが異なるものでした。このあたりの魅力を近々体験レポートにてご報告します。

7月25日(月) 旧暦六月廿日 先勝 庚戌 曇り、雨
台風近づき、蒸し暑さ増す。
本日、杉浦日向子さん、死去。京橋の呉服屋生まれ、享年四十六歳。日本橋と京橋の擬宝珠(ぎぼし)と擬宝珠の間に生まれたのがほんとうの江戸っ子だという説がありますが、生前知己のあった日本橋界隈の方々によると、それを体現されているような粋な女性だったとのこと。ご冥福をお祈りします。

7月24日(日) 旧暦六月十九日 赤口 己酉 曇り、時折雨
時折お便りをくださる佐賀県有田のYさんから、小包が届く。Yさんは町の図書館で働く傍ら『よろしクマ』というブランドで手作りのテディベアなどを販売している、とっても面白い方です。なんでしょうと思って封を開けて見ると、どうやら紅茶のようです。手紙が添えられていました。


室町元子様

こんにちは。
今回は、ぜひ試飲していただきたい紅茶があり、
勝手ながらお送りさせていただきました。

私の住む有田の隣の隣にある嬉野町は、
十六世紀から続くお茶どころとして知られています。
そんな嬉野で紅茶がつくられているのを知ったのは、
所要で横浜に出かけた帰り、JR九州の車内誌でした。

日本では鹿児島の枕崎が国産紅茶の発祥の地だそうですが、
嬉野の「やぶきた」という茶葉でつくったのが
『うれしの紅茶』のはじまりのようです。

じつは私、紅茶が大好きでありまして、
いつもは英国のものを愛飲しているのですが、
こんな近くでつくられているならと興味を持ち、
先の車内誌で紹介されていた相川製茶舗というお茶やさんを、早速訪れてみました。

茶師の肩書きを持つご主人にお話をお聞きすると、
今から10年程前、お茶の発祥地・中国雲南省を旅している時に現地の紅茶を飲み、
「中国茶の木からこんな美味しい紅茶が作れるならば」と開発を始めだそうです。
炒れていただいた紅茶は、それはそれはおいしいものでした。
これは!と思い、半年ほど通って交渉し、商品化してもらうことができました。
同封しましたのは、スタンダードな『うれしの紅茶』です。
ほかにフルーツや花の香りのする紅茶や緑茶もあります。
また、『うれしの茶黒糖』も併せてお送りしています。
緑茶を黒糖に練りこんで一口サイズに仕立てたもので、
お茶うけにと思って開発した商品です。
いずれもお口に合うかどうかわかりませんが、
ご試飲、ご試食していただけたら幸いです。

発見『うれしの紅茶』。いただいてみると、渋みがほとんどなく、まろやかなやさしい香りと味わい。いかにも日本の風土で生まれた紅茶という感じです。緑茶を飲みつけた人にはぴったりとくる紅茶ではないでしょうか。お茶うけの『うれしの茶黒糖』が、これまたおいしい。甘みとほんのり渋みが溶け合った不思議な味わいで、我が家の新しい定番になりそうです。どうもありがとうございます。 ★Yさん(本名:山口隆夫さん)の『うれしの紅茶』は、こちらで手に入れることができます。
7月23日(土) 旧暦六月十八日 大安 戊申 曇り 
大暑のわりには、今日も過ごしやすい一日。と思いきや、夕方地震でぐらりぐらぐら。散歩の途中、浅草でのこと。
「いや無事でよかった、いよいよ来たかなと思って心配しました」とキタイ。夜、葱と茗荷をたっぷりと刻んだ、豚の冷しゃぶ。

7月22日(金) 旧暦六月十七日 仏滅 丁未 曇り、ときどき晴れ
今日も朝夕、涼し。岡山の農家より、桃が届く。お礼の電話。「いやー、こちらは暑くて蒸し上がりそうですわ」
桃は二つばかり冷やして、お八つに、縁側で。この季節の桃は、王様の味。庭の百日紅が咲き始めました。

7月21日(木) 旧暦六月十六日 先負 丙午 曇り、時折晴れ間
朝夕、涼し。
高木先生よりお誘いのあった、どじょう〈伊せ喜〉での暑気払いの件。タイちゃんも誘って、二十六日に行くことに。

7月20日(水) 旧暦六月十五日 友引 乙巳 晴れ
昨夜から温度・湿度ともに下がり、気持ちの良い朝。
散歩の帰り、〈タロー書房〉。岩手県の岩木山の麓で、心に苦しみを抱えた人たちのための施設〈森のイスキヤ〉を主宰されている佐藤初女さんという方の本『おむすびの祈り』(集英社文庫)を買う。とても素晴らしい本で一気に読みました。この本については、またゆっくり書いてみたいと思っています。

7月19日(火) 旧暦六月十四日 先勝 甲辰 晴れ
本日、土用入り。イッシーさんより便り。
いつもながらの旬な話題、どうもありがとうございます。


室町元子さま

今日から18日間は夏の土用ということで、
暦の上では夏の終わり。暦が変われば、もう立秋とか。

1日があっという間に過ぎていくこのごろであります。

暑気払いの食べものはなんと言っても、鰻と泥鰌でしょうか。

田舎で育った子供のころ、
祖父の言いつけで、この時期、
小指ほどの太さの泥鰌を、田圃でつかまえてきて、
煮立った茄子の味噌汁に丸のまま放り込んで、毎日のように食べていました。
そのころは農薬を使っていませんでしたので、
堂々と盛夏の味として楽しんでおりました。

ただ、甲府のお嬢さん育ちで嫁に来た母には、
婚家のこの習慣がとても耐えられなかったようです。
と言うのも、生きたままの泥鰌を鍋に入れるのですが、
「キュッ!キュッ!」と泥鰌が泣く声がつらく、箸をつけられなかったと言います。
しかし、鬼の姑、小姑と一緒の夕食では無視も出来ず、しぶしぶ口に入れ、
わからぬように椀に戻していた、と思い出しながらも、
84歳になった今でも、泥鰌だけは食べたくないと言っております。

泥鰌と言えば、かつて奥飛騨地方の観光開発のお手伝いをしていたころ、
しばしば訪ねていた高山の小料理屋でいただいた「あじめどじょう」を思い出します。

これは高山付近の渓流や沢で獲れるもので、
水の中に泳いでいるのを見ると、
あまごの稚魚かと見紛う体表をした体長5〜8cmぐらいのものです。
当時でも、すでに絶滅に近いと言われておりました。
原因は森林伐採と農薬だ、とのことでした。

この小料理屋の亭主は、
この「あじめどじょう」を開いて、一夜干しにしたものを、
さっと火取って、酒の肴として出してくれました。

飛騨地方の清流に育つせいか、
泥鰌特有の臭みは全くなく、淡白で滋味深い珍味でした。

現在でも探せば、まだ食べられるのかもしれませんが、
私には田舎の泥鰌やたかばしの泥鰌鍋とは異なった、
格別の思いのもの、であります。

ちなみに亭主に「あじめどじょう」とはどう書くのか、と尋ねると、
「味な女、と書きます。味女どじょう、とね」。

おそらく当て字であろうことは目に見えていましたが、
なんとも粋な飛騨高山の酒席でした。
以後、何度かその亭主の店にも通いましたが、
「今年はだめでした」という言葉を聞くことが増えていきました。

高山の小料理屋夫婦には、別のイイ話がありますが、
機会がありましたら、いずれお伝えいたしましょう。

いつの間にか、そこかしこから蝉の声。散歩の途中、凌霄花(のうぜんかずら)の橙赤を掃き集める人あり。
7月18日(月) 旧暦六月十三日 赤口 壬卯 晴れ
本日、梅雨明け。お日様の様子が変わり、夏本番。
お昼、京都〈松前屋〉の『比呂女』でお茶漬け。
夜は、昨日届いた新潟の野菜を新鮮なうちに。モロヘイヤは、お浸し。胡瓜は、酢の物。茄子とピーマンは、味噌炒め。もりもりと食べる。

7月17日(日) 旧暦六月十二日 大安 壬寅 曇り
新潟より、夏の野菜届く。なす、きゅうり、ピーマン、モロヘイヤ、かぼちゃ。「今年はあんまし出来が良くなくて申し訳ねぇね」いえいえ、とんでもない。
立派なかぼちゃは、以前イッシーさんよりいただいたフィレンツェレシピ、【イタリア風かぼちゃの簡単揚げ】【揚げかぼちゃの甘酢かけ】に挑戦。
たくさんできあがったので、最近お隣に越してきた堀右衛門さんにおすそ分け。わたくしはよく知らないのですが、この方、さいと町で話題を集めていらっしゃるようです。「いやー、うれしいなぁ。ぼく、南瓜、大好きなんですよ。遠慮なくいただきます」
夜、すっきりとした月が見える。明日は、関東も梅雨明けでしょうか。

7月16日(土) 旧暦六月十一日 仏滅 辛丑 曇り
高木泉先生より、嬉しいお知らせ。「八月に予定しています自宅でお料理会に、美しい味くらぶの会員の皆さんをご招待したいのですがいかがですか」
今回は生徒さん向けのお料理会で、人数に限りがあるため、六月の体験道に参加してくださった方々にのみメールにてご案内を差し上げました。お料理会のテーマは、『立秋を迎えて 〜飛びっきりなカレー料理〜』。
料理研究家 高木泉の素顔と日常に接近?できるこの機会、ご都合の許される方はぜひ参加してみてはいかがでしょう。

7月15日(金) 旧暦六月十日 先負 庚子 晴れ
暑い一日。
饗庭孝男さんの『故郷の廃家』(新潮社)読了。美しい近江の自然を背景に語られる、土地と家族との見えざる業と絆。抑制の効いた文章が悲しみの輪郭を浮き上がらせ、途中何度か、鳥肌が立つほどの感動を覚えました。近江へ旅したくなりました。
夕刻、イッテツと忍池のほとりで夕涼み。

7月14日(木) 旧暦六月九日 友引 己亥 曇り
高木先生よりメール。


所用でシンガポールに行ってきました。中華料理店で注文した伊勢海老の料理は、とても懐かしい味がしました。卵白と生クリームを柔らかく泡立てて、伊勢海老の身を淡雪のようにくるむものです。なぜ懐かしさを感じたかといいますと、それはまだ子供の時分、父が時折連れて行ってくれた虎ノ門のホテルオークラの〈桃花林〉の味とそっくりだったのです。

先生のお父上は、体も大きく、食べることがとてもお好きで、渋谷の〈小川軒〉などには決まった席があったのだとか。子供の頃に覚えた味というのは、不思議と忘れないものですよね。

シンガポールは綺麗な緑豊かで、すっきりした町です。アラブ人、中国人、マレーシア人、インド人、白人、日本人などが気持ち良く暮らしている様に、旅人にはみえました。

涼風やスコール去りし蘭の丘 いずみ

7月13日(水) 旧暦六月八日 先勝 戊戌 曇り
能楽師の武田志房氏の主宰する花影会より、秋の公演のお知らせが届く。演目は、『自然居士』と『松風』。鎌倉の節子叔母に電話をすると、「自然居士はストーリーがわかりやすくって、後半はいろんな舞があって楽しめる曲。松風はむかしから、松風 村雨 米の飯、と言われるほど人気のある曲。とにかく謡が美しいのよねぇ。地頭は関根(詳六)先生で、大鼓は亀井(忠雄)先生でしょ。見逃せないわよ」

7月12日(火) 旧暦六月七日 赤口 丁酉 曇り
昨日とはうって変わって、肌寒い一日。
夕方、深川を歩く。どじょうの〈伊せ喜〉のことが書かれてあった高木先生のお便りを読んで、久しぶりに訪れてみたくなりました。
高橋(たかばし、と濁る)から森下、菊川。この界隈は、雰囲気のあるお店が多いですね。〈伊せ喜〉はもとより、桜肉の〈みの屋〉、大衆酒場〈山利喜〉〈魚三酒場〉、蕎麦の〈京金〉、ハンバーグの〈モンブラン〉などなど。まだ暮らしが生きているようで、ほっとします。

7月11日(月) 旧暦六月六日 大安 丙申 晴れ
気温、三十度を超える。
高木先生より、どじょうのお誘い。「高橋の〈伊せ喜〉はどうかしら?」帰国中のエミちゃんは、子供たちと信州松本城へ。イッシーさんは吉野の方にお出かけとか。
わたくしとイッテツは、隅田川べりにて夕涼み。
夜の食卓、とこぶしの佃煮、茄子のしぎ焼き、きゅうりもみ。

7月10日(日) 旧暦六月五日 仏滅 乙未 晴れ
朝、新潟より電話。先日、入谷から送った朝顔のこと。
朝顔を毎日元気に咲いているとのことで、「昨日はたっつ、今日はみっつ、なんてたありでいいながら、朝、起きらぁを楽しみにしてるこっつぉ。ほんとにわりっけねぇ(昨日は二つ咲いた、今日は三つ咲いた、なんてことを二人で言いながら、朝起きるのを楽しみにしています。ほんとにありがとうね)」
わが家の朝顔、今日は二つ咲いています。朝夕の水遣りを欠かさず、お世話をすれば、冬まで楽しむことができますよ。そういえば、去年、並木の藪で会ったおじいさんが、そんなことを言っていましたっけ。

 7月9日(土) 旧暦六月四日 先負 甲午 曇り、夕方より雨
浅草の観音様の四万六千日。午後、みんなでお参りに。三角形の雷除けのお札をいただく。そのまま合羽橋商店街へ回り、二日遅れの七夕祭りを楽しむ。田原町の駅に向かう途中、昨日亡くなられた串田孫一さんのお葬式に出会う。串田さんの著書、わたくしは読んだことがありませんが、鎌倉の叔母はたしか大ファンだったはずです。
夜、そのことで電話をすると、少し落ち込んだ声で「小町通りの〈木犀堂〉のご主人が大好きでね。私も勧められて読むようになったのよ。定めとはいえ、ご主人、ずいぶん落ち込んでいるんじゃないかしら」
夕方から降り出した雨、夜半激しくなる。

7月8日(金) 旧暦六月三日 友引 癸巳 晴れ
ホテルにて遅めの朝食。
鴨川べりを、下鴨神社まで歩く。鴨川は隅田川と違って、土手から川面までの段差が少なく、とても親しみがわきます。川の流れる様子もどこかゆったりとして、こうしたところも京都なのだなぁ…。そんなことを考えながら歩いていたら、出町、葵橋を通り過ぎてしまい、出雲路橋から境内へ。
遠く神話時代の趣を漂わせる糺の森(ただすのもり)に抱かれた下鴨神社は、人もまばら、しんとした空気が暑さを忘れさせてくれました。本殿にお参りをすませ、特別公開中の大炊殿(おおいどの)と、葵の庭を見学。大炊殿というのは、神饌(御供えもの)を調理する社殿だそうですが、機能的で清潔な古代の台所にちょっと驚きました。葵の庭というのは、薬草木畑。花梨(かりん)の古木があり、カリンの庭とも呼ばれているそうです。能の『井筒』を彷彿とさせる、御井(井戸)もあります。
お昼は、竹屋町冨野小路の〈五十弥〉というお蕎麦屋さん。いつものように、ふらりと入ったお店でしたがなかなかおいしいお蕎麦を食べさせてくれました。
それから山科を少し歩き、夕方、新幹線に乗り、帰宅。

7月7日(木) 旧暦六月二日 先勝 壬辰 曇り 京都にて
ひょっこり、京都へ。
お昼過ぎに到着し、京都ホテルにチェックインしたあと、錦小路で初夏の京野菜など眺めながら歩いていたら、高木先生とばったり。
「あら、ま」
「先生。ひょっとして、今日は、麩嘉さんの料理教室?」
「そう、今日の先生は〈瓢亭〉の高橋さん。よかったわよ。いまちょうど終わって、これから〈大國屋〉さんに行くところ、あなたもいっしょにどう?」と、錦小路を二人てくてく。店主の山岡国男さんと今年の川魚の様子や祇園祭の話などしたあと、三条の〈イノダコーヒー〉にて一休み。
「ところで、がんこちゃんは、今日はどうするの」
「わたしは一寸…」
「なるほど、そういうことね。鱧やらなにやらおいしい話を耳にして居ても立ってもいられなくなったというわけね」
と呆れ顔の先生を見送り、六時過ぎ、西木屋町の〈喜幸〉へ。
カウンターに座り、黒板のお品書きに目をやれば、そこにはおいしそうな初夏の味が…。うーん、書いてあるチョークまでおいしそうです。「鱧(はも)とじゅん菜(じゅんさい)をください!」
鱧はイッシーさんの便りにあったとおり、さっと湯がいたものを氷の上にのせてたっぷりの梅肉で。これはこれでもちろん結構なお味でしたが、なんと言っても感動したのは、じゅん菜(じゅんさい)でした。
まずはその容姿。よく目にする葉の開いたじゅん菜とは、まったくの別物。ぷるんとしたゼリー状のものの中に、茎つきの若芽がきゅっと閉じ込められている様子は、まるで宝石を見るようです。添えられたおろしたての山葵を混ぜ、逃げ回るところを箸ですくい、口中へ。しばし弾力を楽しんでいるうちに、つるんと喉をすべり落ちていく感覚は、まさに涼味絶品。
じゅん菜は洛北深泥ヶ池がものが良しと、何かの本で読んだ記憶がありますが、一体どこのものでしょう。あまりのおいしさに尋ねるのを忘れてしまうくらい、大満足の一品でした。
最後は、隣の席に座っていらっしゃったご夫婦に勧められて、ゴリの佃煮のお茶漬け。ゴリとは小さな川魚で、吸盤をもち、岩にへばりついているのだそうです。「ね、全然臭みがないでしょう」

7月6日(水) 旧暦六月一日 赤口 辛卯 朝のうち雨、のち曇り
雨が上がるのを待って、入谷の朝顔市へ。根岸一丁目の交差点を渡ると、行き交う人、人でぎっしり。売り子の威勢の良い掛け声の飛び交う中を、まずは鬼子母神へお参りをすませ、朝顔のかたちをしたお守りをひとつ。それから通りへ出て、自宅用に一鉢、鎌倉の叔母へ一鉢、買い求める。キタイも一鉢、いつもお米や野菜を送ってくださる新潟へ宅配便にて送りました。「縁起ものですからねぇ」「きっと喜んでくださるわよ」
お昼は、大混雑の〈笹ノ雪〉はさけて、下谷の蕎麦〈川しま〉へ。二人で、せいろを三枚。「昨年の朝顔市は猛暑で大変でしたが、今年は過ごしやすくてよかったわねえ」「ええ、でも、ちょいと寂しい気もいたしますね」

さて、本日は先日の日記でお知らせした、向笠千恵子さんの日本橋高島屋セミナーの募集開始日です。歴史の町、味の町。日本橋の魅力を、日本橋生まれの向笠千恵子さんがたっぷりと語ってくださいます。みなさん、お誘い合わせてどうぞ。詳細はこちら >>>

7月5日(火) 旧暦五月廿九日 先負 庚寅 曇り、時々晴れ間。夜雨
七夕間近、町中いろんなところで、願いを込めた短冊がさらさらと揺れています。
遅れましたが、料理のページを更新しました。今月の高木先生の料理は、白玉。白玉といえば、幼い時分に母親といっしょにつくったことを、指先の柔らかな感触とともに思い出します。それは、池田弥三郎さんが『私の食物誌』の中で書かれているような情景でした。

 しらたまは、子どもの夏の風物詩だ。
 縁台としらたまと夏休みとが、わたしにはいつもひと続きに思いおこされる。しらたまは、まず、家庭でつくられるのが原則だった。(一部略)
 ゆであげたしらたまを、つめたい井戸の水で何度もさらして、氷の「ゆき」と砂糖でたべるのだが、仕事にかかるのがおそいと、でき上がって口にはいる時分には、やや日盛りが過ぎて、縁台の上の軒につるした風鈴が、わずかに音をそえるころになる。
 夏休みで用のないわたしたちは、いつも、しらたまをまるめるのを手伝った。自分用に、少し大ぶりにしたり、ばかに小さくしているうちに、大笑いになり、そうすると、たべ物をそまつにすると言って、祖母にしかられた。
 ゼリーだとか、プリンだとかが、家庭にはいりこまないころのことだった。

この夏、お子様のいらっしゃる方は、親子で白玉づくりなどどうですか。

7月4日(月) 旧暦五月廿八日 友引 己丑 雨
帰国中のエミちゃんと、山本海苔店へ。タイちゃんに紹介する。時差で少々眠そうですが、パリでの活動のことや来年のジャパン・エキスポのことなど話す。
「ジャパン・エキスポで、日本橋界隈の方々とブースでも設けませんか。本物の海苔をパリの人たちにぜひ伝えて欲しいなぁ」とエミちゃんに言われて、満更でもなさそうなタイちゃんでした。
雨の中、京橋まで歩き、〈竹葉亭〉でお昼。彼女はこれから二週間ほど、子供たちを連れてレンタカーで日本を巡る旅へ。渡仏前にまた会う約束をして別れる。

この日、エリコさんから一ヶ月ぶりの便り。通信事情は相変わらずのようですが、楽しいモスクワ便りをどうぞ。

7月3日(日) 旧暦五月廿七日 先勝 戊子 曇り、夜より雨
東風、湿気を飛ばし、涼やか。イッシーさんより夏便り。こちらも涼やかなり。


室町元子さま

一昨日、所用で高松、観音寺へ行ってまいりましたが、
帰路、例によって京都で途中下車。
夕暮れの通り雨の中、「喜幸」へ。

まず、今年初めての鴨川の鮎、鱧をビールの小瓶の後
「玉乃光」の冷酒でいただきました。
小ぶりの器量良しの鮎を二尾塩焼きにて。
香魚の名の通り、養殖ものとは別格の味と香りです。
河畔の蓼を擂鉢で当たって、加減酢で。
熱々の鮎には薄緑の蓼の葉が添えてありました。
今年は水量が少なく、鴨川の鮎も不漁とのこと。
上流へ行くほどひどい、と嘆いておりました。
ふだんの夏なら店の水槽に、
びっしりとその日の朝釣ってきた鮎や小魚が泳いでおりますが、
今年はまことに寂しいかぎりです。

鱧はさっと湯がいて、冷水にとってさわやかに。
塩梅のよいこの店らしい上品な梅肉で。
事前に湯がいて冷蔵庫に入ったものを出すところが多いのに、
町場のこの程度の店で客の顔を見てから湯がくという、当たり前が、
私にはうれしいわけであります。

この夜は久しぶりに京都泊まりにしましたので、
店じまいまで世間話でゆっくりさせていただきました。
7月中旬に広河原へ蛍の乱舞を見に行くので、
とお誘いをいただきましたが先約のため、残念ながら私は、次回にと相成りました。
この広河原の蛍のことは私、知りませんでした。
それは見事だということですが、
今年は水不足なので果たしてどの程度かなと心配気でした。

翌朝、祇園の「甘泉堂」で水羊羹、例の「近喜」で京揚げを求め土産に。
「甘泉堂」の水羊羹は、ぜひおすすめです。
祗園町のお茶屋さんや料理屋のお土産によく使われています。
路地奥にひっそりとある店ですが、
ほのかな甘味と崩れるかのようなやわらかさが身上の、
いかにもみやこの水羊羹であります。
こじんまりとした店内に、
冨岡鉄斎の「甘泉堂」の揮毫と金地の扇面に富士山を描いた作が見えます。
秋になると栗蒸羊羹が出ます。これまた典雅なるお味です。
水羊羹は、この店と東京の越後屋若狭に限る、というのが私の好みであります。

京都は今日から一カ月にわたって祇園祭。
猛暑の中、連綿と続く町衆のエネルギーには感服させられます。

ところで、先だって「がんこ日記」に誘われて紫陽花の鎌倉へ出かけました。
北鎌倉駅からぶらぶらと、汗をぬぐいながらの紫陽花ウォッチング。
途中とある寺の小さい蓮池から、
ご住職のお許しを得て蓮の葉をいただいてまいりました。
若い巻葉と大葉を合わせて数枚。ありあわせの新聞紙に包んで・・・。
蓮池を眺めていましたら、久しぶりに「はすごはん」を作りたくなってしまいました。
「辻留」の先代主人、辻嘉一さんは何通りかの「はすごはん」の作り方を教えていますが、私はその中から一番簡単なやり方で作っているのですが・・・。

ご参考までに辻嘉一さんの「はすごはん」とは・・・

「巻葉を軸からむしり取り、熱湯でさっと茹でて水に取り、水をしぼって細かく刻み、さらに布巾に包んで水分を充分にしぼり、塩加減で炊いた白御飯を木鉢に移し、巻葉を両手でさばいて混ぜ合わせる。その量はお好き好きで、香りが如何にも夏らしく、朝茶事や仏事用に最適であります。(中略)
大和の薬師寺さんや唐招提寺さんでは蓮の大葉に蓮御飯を包んで、お寺のお土産として与えられますが、持ち帰られる時間のおかげか、蓮の香りが高くなり、なかなかおいしい御飯であります。」

私も辻さんのお話にならい、
多めに作って近所の薬屋、電器屋、ブティツクのおかみさん連中に、
蓮の葉に包んでおすそわけをいたしました。

追記
日記に阿部孤柳さん(安部ではなく阿部)のお名前を拝見。
私はお目にかかったことはないのですが、敬愛する先生のおひとりであります。
先生の『日本料理秘密箱』(柴田書店刊)は名著です。
料理人向けに書かれていますが、一般の私たちにもわかりやすく、
日本料理の王道について説明してあります。
化学調味料の使い方に言及されているところなどは、
目からウロコが落ちる思いでした。

日本料理家にありがちな頑迷さは一切なく、柔軟で示唆に富むお話が満載であります。

まだでしたら、ご一読をおすすめします。

 7月2日(土) 旧暦五月廿六日 赤口 丁亥 曇り時々晴れ間
本日、七十二候のひとつ半夏生(はんげしょう)。
エミちゃん、パリより無事帰国との連絡あり。月曜日、山本海苔店にて落ち合う約束する。夕方より、イッテツと散歩へ出る。本郷辺り、金魚坂。

7月1日(金) 旧暦五月廿五日 大安 丙戌 曇り
七月初日。丸の内の〈丸善〉にて、ゆっくりと本を眺めて過ごす。雑誌『なごみ』七月号、向笠千恵子さんの連載「美しい国の、美しい食」は、東京編最終回。人に寄り添った文章が、優しいなぁ。向笠さんといえば、八月と九月に日本橋高島屋主催のセミナー「日本橋にごちそうさま!」で講演予定。特別仕立ての試食会もあるとか。わたくしもぜひ参加したいと思っています。*七月六日(水)募集開始、詳しくはまたお知らせします。
ほか『宮大工棟梁・西岡常一「口伝」の重み』(日本経済新聞社)、『故郷の廃家』(饗庭孝男著 新潮社)、『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』(ポール・オースター編 新潮社)を買う。本があれば長梅雨もへいちゃら。
ヤマト運輸の小倉昌男さん死去。志と気概を持った日本男子がまた一人、逝く。


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