〈つきじ田村〉の三代目、田村隆氏が著した『隠し包丁』(白水Uブックス)という本を読んでいたら、風呂吹き大根について書かれていた一節があった。
隆氏によると、祖父の平治氏がまだ在命だった折、大根においしいだし汁で味をふくませ、こってりと練り込んだ味噌をかけて持っていったことがあったそうだ。
それに対して「お前はアホやな。大根がおいしいんやからわざわざそこへ味を加える必要はないじゃないか。うまい大根、その香りを味噌で食べるんや。その大根に味を入れたら、それ以上のうまさになってしまうやろ。それはうますぎるっちゅうもんで、いきすぎた味や」という平治氏の言葉を紹介している。隆氏も述べているように、何事も過ぎてはいけない。もうちょっと欲しいなと思うところで止める、そのぎりぎりの線が「うまい」になるのであろう。いや、名人の言や深し。
ところで、この風呂吹き大根の名であるが、塗師職人が冬場に漆の乾きが遅くなることに悩んでいたところ、ある僧に大根の茹で汁を霧にして、風呂(塗師の仕事場兼漆器の貯蔵場)に吹き込むとよいと教えられ、その茹で汁をとったあとの煮大根を近所に配ると、大変美味しいと評判になったという説が一般的である。が、ほかにも、むかしの蒸し風呂にはお客の垢をこする風呂吹きという者がいて、息を吹きかけて垢をこすった。これが、ふうふういいながら食べるさまに似ていたことから「ふろ吹き」の名が付いたとされている説もある。
いずれにせよ、大根に味噌をつけるだけの料理があれほど旨いのはなんとも不思議なことである。
|