小松菜と八代将軍
北の国より霜便りが届く頃になると、小松菜のおいしい季節となる。我輩はさっぱりと茹でたお浸しが大好きである。ところで、この小松菜、わが東京の江戸川区の名産であることをご存知かな。小松菜という名前も、荒川の西にある小松川の地名から付けられているのである。そして、その名付け親こそが、八代将軍徳川吉宗公である。
享保四年(1719年)、吉宗公は江戸城から鷹狩に出られた。その際、休息に立ち寄られたのが、香取神社(現在の中央四丁目 旧西小松川村)であった。ときの神主、名は亀井和泉。将軍家の来訪に何か差し上げるものを思ってはみたものの、これといってなし。そこで餅の澄まし汁に、近所で採れた青菜を少々いろどりにあしらって差し出した。ところが、この汁が吉宗公の舌をいたくうった。吉宗公は大層喜ばれて、「この汁の菜をなんと申すか」と神主に尋ねられたという。神主は返事に困った。冬に収穫されることから地元では冬菜・雪菜と呼んではいたが、これといってとくに名を付けていたわけではない。それならばと、吉宗公は神主に命じた。「ここは小松川だから、小松菜と呼んだがよかろう」
小松菜の原産地は南ヨーロッパ地中海沿岸だと言われているが、遠い道程を経て、江戸川区に伝来したのは鎌倉時代のことだと伝えられている。荒川と江戸川の間にある鹿骨(ししぼね)のある農家では三、四十年ほど前まで、この先祖伝来の小松菜を栽培していたそうである。