春の七草ばなし
芹(せり)、薺(なずな)、御行(ごぎょう)、はこべ(はこべ)、仏座(ほとけのざ)、菘(すずな)、蘿蔔(すずしろ)

一月七日の朝、これら七種菜を入れて粥を食べる風習は、平安時代からあったようである。かの清少納言が書き残した『枕草子』にも、「七日の若菜、六日、人の持て来る・・・」という一文がある。
樋口清之監修の『日本人の「言い伝え」ものしり辞典』によると、正月六日の夜、柊(ひいらぎ)など刺のある木の枝や、蟹の鋏のような尖ったものを戸口に挟んで邪霊を払い、七草叩きといって、唱えごとをしながら七草を包丁で叩き、粥を炊き込む。そして、翌朝に、歳神に供えてから家族で食べると万病を払うとされた。単に、正月のご馳走で弱った胃を休めるという知恵から始まったという説もあるが、春の七草にはビタミンや薬効成分などがバランス良く含まれていることは事実であるから、日本人の知恵が生んだ薬膳料理といえるであろう。
しかし、この身体に良い料理も、江戸の天ぷら屋の息子である、我らが池田弥三郎さんの口にかかっては形無しである。「・・・(春の七草の)実物は何かということになると、すずながかぶ、すずしろは大根らしいが、なずなは、たんぽぽだとも、ぺんぺんぐさだともいう。ごぎょうはははこぐさで、ほとけのざは、れんげ草だという。あまり食欲はおこらない。」(『私の食物誌』より)
確かに。七草粥がどれだけ身体に良い食べ物だとしても、毎日食べさせられたのではたまったものではない。