志ん朝のうなぎ断ち
古今亭志ん朝、本名美濃部強次(みのべ・きょうじ)。名人と謳われ、生き方そのものが落語といわれた古今亭志ん生の次男である。
志ん朝が、まだ朝太と名乗っていた二ツ目の頃のことである。身の回りに不運が続き、どうもいけねえやってんで、ある日、信心深い母りんが谷中の某寺に連れて行った。その寺の菩薩(ぼさつ)のお使いがうなぎだったため、そのとき以来、志ん朝は好物のうなぎをすっぱりと断ったという。
このうなぎ断ちの話を聞いたのは、我輩がまだ捨て犬だった頃、浅草の中華料理店のガラス戸越しに見た『ニュースステーション』という番組だった。志ん朝は、『最後の晩餐』というコーナーにゲスト出演していたのであるが、久米宏の問に日本酒を傾けながら「死ぬほどうなぎを食べてみたい」と、しみじみ語っていた場面を思い出す。
平成十三年(2001年)十月一日永眠。享年六十三歳。六代目志ん生を継ぐことは叶わなかったが、江戸っ子は志ん朝の名もまた忘れることはない。今ごろは神さま相手に一席ぶっていることだろう。