イッテツのうんちく話日本橋魚河岸
魚市場といえば築地、築地といえば魚市場。
しかし築地に中央卸売市場ができたのは大正十二年(1923年)の関東大震災以後のことであり、
それ以前は日本橋の地に、しかも三百年以上の永きにわたってあったのである。
現在の日本橋室町一丁目のあたり、かつての本小田原町、本船町、長浜町、安針町が魚河岸であった。
三越や日本銀行のすぐそばに魚河岸があったなどとは到底信じられないのであるが、本当なのである。
そもそも日本橋魚河岸の始まりは、天正十八年(1590年)、
関東に封ぜられた徳川家康御一行の中に摂津の国西成郡佃村の名主森孫右衛門以下漁師三十四名がいたことによる
(彼らが住んだところが中央区佃島として今も残っている)。
路地にびっしりと軒を連ねた魚屋から響く威勢のいい掛け声、板舟と呼ばれた板の上に並べられた活きのいい魚、
日本橋川に浮かぶ平田船・・・。安藤広重の『名所江戸百景』の巻頭を飾る『日本橋雪晴』のような光景がそこに繰り広げられていたのである。
今やその面影すらなく、無粋な高速道路が上を走る日本橋の脇に記念碑が立つのみである。
「東京に江戸のまことのしぐれかな」久保田万太郎撰