| Ganko: |
俳句は、高木さんの料理にどのような影響を与えたのでしょう。 |
| 高 木: |
俳句から受けた影響はとても大きいと思います。旬の話でいうと、俳句には「名残」というものがありますが、これは料理のときにも使います。名残の胡瓜とか、名残の茄子とか、秋の頃のお野菜をそんなふうに呼んだりする。ちょっと曲がっていたり、いびつだったり、でも旨みがぎゅっと凝縮されている。落鮎などもそう。六月の若鮎ではなくて、十月頃産卵のために川を下る鮎。いわゆる走りの旬じゃなく、名残の旬。ものの哀れというか情が移って、食べるのではなくて、食べさせていただくという感じになるのです。そんなふうに思えるのは旬を越えた俳句の心からきていると思います。 |
| Ganko: |
本の中には、料理好きだったおばあ様やお母様のこと、お姑の高木晴子(高浜虚子の四女)さんの影響も書かれていますね。 |
| 高 木: |
三人とも、旬というものをとても大切にした人でした。祖母が野から野蒜(のびる)を採ってきてチャチャッと刻んでおみそ汁に入れるだけですごくいい香りがしたものですし、これは本にも書いたのですが、うちの庭にある梅は祖母の口癖で六月二十日を過ぎるまでは採ってはいけませんでした。梅の実は五月下旬頃から店先に出回りますが、我慢して我慢してほかがもう出払った頃まで十分熟させてから採る。でもそのおかげでわが家は毎年とっても美味しい梅干を食べることができたのです。 |
| Ganko: |
寒卵(かんたまご)の話もすごく好きです。 |
| 高 木: |
寒卵と言うのは寒の入りの一月六日前後から節分までの寒中に生まれた卵のことです。睦月(一月)の季語ですが、寒卵として特別に売られているわけではありません。あくまで自分で感じることなんですね。夫の母は、みそ汁に落としただけの卵でも「これは寒卵ですから、美味しいですよ」と言って食卓に出してくれたものです。 |
| Ganko: |
それだけでありふれた卵が、何か特別なものに変わるような気がしますね。 |
| 高 木: |
そうなんですね。私は今回の本を出してから、旬がいかに大事かということを改めてひしひしと感じています。懐石料理などにしても確かに器も大事ですが、やはり旬なんですよ。旬の食材を最低限の調味料で料理していただくと言うのがいちばん美味しい。今の季節は葉っぱ類がたくさん出てきていますが、昆布と鰹節でとったお出汁に小松菜と油揚げをいれて薄口醤油だけでいただいてごらんなさい。こんなに美味しいものはないというくらい美味しいですよ。筍なども、うちでは本当に新鮮な筍は糠のあく抜きもなにもなしに、すぐに生醤油に漬けてすぐにご飯に炊き込んでしまうか、そのまま炭火で焼いて食べてしまいます。その方が美味しいですし、やっぱり綺麗でしょう。旬を味わうって、そういうことだと思うのね。その「一瞬の旨み」を生徒さんたちに教えたくて、私は料理教室をやっているといってもいいくらい。 |