美しい味を語る


第二回目のお相手 作家・エッセイスト/東理夫さん

ほぼ単一民族であり、四方を海に囲まれて生きてきた私たち日本人は、物事を一つの方向からしか見ずに、ほかを排除してしまう傾向にあるようです。日本の「美しい味」を守りたいという思いからはじめたこのホームページも、ともすれば日本だけを正当化したり、美化したりする危険性を孕んでいます。日本とカナダ、2つのルーツを持つ作家の東理夫さんは言います。「物事の本当のありようは、心を広げないと理解できないんだよ」。それは、とても大きなヒントでした。日本の味や食をもっといろんな方向から見ることの大切さを教えられました。ありがとうございます。お話の続きを、ぜひまた聞かせてください。とびっきりのマティーニを飲ませてくださるという、鎌倉のバー「バンク」で。

『良い食材を伝える会』のこと。畑をはじめました。

Ganko: 東さんは、『良い食材を伝える会』というNPO法人の理事をされているんですよね。
東 : 理事といってもそんなに偉そうなもんじゃなくて、ぼくの場合は名前だけ置いてあるようなものなんだけれどね。
Ganko: どんなきっかけで引き受けることになったのですか?
東 : この会は料理研究家の辰巳芳子さんと、NHKで農政関係の解説委員をやっていらした中村靖彦さん(現・明治大学客員教授)というお二人が中心となってできたものです。辰巳さんとは以前に『きょうの料理』という料理雑誌の取材でお会いしてから親しくさせていただいていて、発足時に「一緒にやりましょうよ」と声を掛けてくださった。
Ganko: 辰巳芳子さんとお母様の浜子さんとのことは、東さんの自伝的エッセイでもある『湘南』にも書かれていますよね。「お二人を知るまでのぼくは、ただのがっつきにしかすぎなかった」というのは本当ですか?
東 : ほんと、ほんと(笑)。辰巳浜子さんの書かれた料理のエッセイからは多くのことを学びましたし、芳子さんの料理を通じた人間の精神や生き方についての考え方にも共感できることがたくさんあります。
Ganko: ホームページを拝見すると、いろんな活動をされていることがわかりますが、東さんとしてはこの会の根っこはどんなところにあると考えているのでしょう。
東 : 食には、2つの側面があります。ひとつは食べる側から見た食、もうひとつはつくる側から見た食です。この2つのバランスがとれていないといけないわけだけれど、日本の場合は非常にアンバランスなことになっている。
Ganko: アンバランスというのは。
東 : 食べる方というのはとてもイージーに情報を得ることができるでしょう。メディアにも取り上げられるし、情報源もたくさんある。ガイドブックを見ながら、あそこの蕎麦はおいしいとか、鮨がおいしいとか、食べることについて自分を高めていくことが可能です。しかし、つくる側のこと。彼らがどれだけ努力しているか、どんな苦労や苦悩があるのか、発信する場は限られているし、ぼくたちが知ることができる機会もとても少ない。
Ganko: たしかに、そうですね。
東 : しばらく前から、有機野菜や無農薬・低農薬野菜が注目されていますよね。それらは付加価値として高く売れるので、農家としてもつくりたい。でも、実際につくるとなるとものすごく大変なんです。隣の畑で農薬を使っていると風が吹いて飛んでくるからダメとか、自分の土地だけでなく周りの環境に左右される。法律でも厳しく規定されていて、誰もがつくれるわけではない。それでも苦労してつくっているところに、中国から安い野菜がどんどん入ってくる。一生懸命やってもなかなか儲からない。サラリーマンの人たちの給料の何分の一かで一家4人が暮らしていたりする農家はたくさんいますよ。それでも日本の野菜は高いといわれる。そういう問題を一体どうしたらいいんだろう。決して傲慢ではなく、食べる側がつくる側を育てていかなければならないんじゃないか。そしていろんなことにめげずに良い食材をつくっている人たちにスポットを当てて、少しでも元気づけて自信を持ってもらえるようにしていこうというのが大きな目的だと思っています。
Ganko: 実際に、畑を借りて野菜をつくっていらっしゃるそうですね。
東 : 千葉県に10アールの畑を借りて、去年(2002年)から有機野菜をつくっています。先日のGWにも行って、秋に植えた赤蕪を収穫して、里芋とヤツガシラ、ごま、ピーナッツ(落花生)を植えてきました。ぼくは今までこういう経験がないから、とにかくびっくりすることばかり。落花生には茹でピー用と炒りピー用があるとか。植える時には尖がっている方を下にしなきゃいけないとか。ごまを蒔く機械があるとかね。
Ganko: ごまを蒔く機械があるんですか?あんなに小さいのに。
東 : 野球の白線を引くやつみたいなの。その名前がゴンベイっていうんだ(笑)
Ganko: ご自分でつくってみて何か変わりましたか?やっぱり大変?
東 : もう大変も大変(笑)。去年の秋に、ほうれん草を収穫したんだけど、ほうれん草の葉っぱというのはぎざぎざしているものとばっかり思っていたんだよね。でも、最初に出て来る葉っぱというのは丸くて、食べちゃいけないんだって。それを2、3枚取って束にしていくんだけど、ちょっとやそっとじゃ束にならないんだ。ぼくたちはスーパーや八百屋さんで、一束98円とかで当たり前のように買うけれど、98円分のほうれん草をつくるのってほんとに大変なんだって。こんなに骨折って、こんなに大変なのに、こんなに安いのか! そのことがわかっただけでも良かったと思っています。

食べものがわかると、世の中もわかる。

Ganko: ところで、東さんはどうして食に興味を持つようになったのですか?
東 : ぼくが初めて書いたのは『スペンサーの料理』という本なんだけど、
Ganko: ロバート・B・パーカーのシリーズに登場する料理好きの主人公スペンサーが食べる料理を解説した本ですよね。「僕の両親はカナダで生まれ育った日系二世で、スペンサーの料理は、ぼくが普段家庭で食べていたものとほとんど変わらなかった」とインタビューで答えていらっしゃったのをホームページで拝見しました。
東 : そうそう、そういうこともあの本を書いたきっかけだったんだけど、それからミステリーを書いたりしていろいろ調べていくうちに、食べものを通して世の中をみるとすごくよく理解できることがわかった。
Ganko: 『クックブックに見るアメリカ食の謎』は、食を通して語られたアメリカ論ですよね。あの本で東さんが書かれたアメリカの食は、わたしたち日本人が持っているイメージをひっくり返すものでした。
東 : アメリカの食というのは、世界のどこの食とも全然違う。これまでの世界中のほとんどの食べものというのは、フランスでもイタリアでも中国でも日本でも、おいしいという方向に行った。でも、アメリカだけはおいしいことが大事じゃないんだ。極端に言えば、おいしくなくてもいい。むしろ誰でもいつでもどこでも同じ物が食べられることが大事。もう全然違う方向を向いているわけ。アメリカに行くとよくわかるけれど、広い地域なのに食のローカル色はほとんどない。クラムチャウダーにケチャップが入っているか入っていないかの違いくらい。朝食の基本はどこでも同じだし、ステーキはどこでも同じ大きさで同じ値段で食べられる。
Ganko: 日本とはまったく違いますね。
東 : 日本の場合は、政治や学閥なんかと同じで食べものにもコネがある。知り合いの誰かのお父さんがおいしいコシヒカリを作っているから頂戴といったような独特の文化が起こる。おいしいお米は満遍なくゆきとどかなくて、それが価値になったりする。アメリカは反対にうまいものがあるならみんなで食べられるようにしようという文化。こうしたことから、アメリカがあらゆる機会均等、平等公平の国であることがわかったりする。
Ganko: あとがきに書いていらっしゃる、ジョー・ディマッジオのピッツァ・チェーンの話も面白いですね。
東 : ディマッジオというのはヤンキースにいたあのディマッジオなんだけれど、その店で働いているのはみんな知的ハンディキャップのある子どもたちなんだよね。最初は戸惑ってしまったけれど、何度か行くうちにわかってきた。人はみんな食べなければいけない。だったら、そのことをいかして何か別のことにチャレンジできないか。アメリカの食は、食べること以上に何かの力を持っているものとして考えられているんじゃないだろうかってね。アメリカという国は、いい面と悪い面がすごくはっきりしている国だと思うけれど、いい面はこうした新しいことや革新的なことを積極的にやっていくこと。まあ、そういう自信みたいなものが強引さを生んでいくのだろうけどね。
Ganko: アメリカ式の大量生産大量消費が、ある意味で日本の食を破壊してしまったということも言えますよね。
東 : ファミリーレストランでもどこでもたくさんつくって余らせて、捨てる。プレートにはケチャップやマスタードが付いているけど、アメリカ人は誰も持って帰らない。ぼくはもったいないから、持って帰っちゃうけどね(笑)。使われていなくても回収せずに捨てる。そんな手間をかけるなら、どんどん捨てて、流通を促す。その方が景気が良くなるという、経済中心の考え方だよね。でも、最近はこうしたアメリカ式も徐々に変わってきつつあるんじゃないだろうか。
Ganko: どんなところに感じますか?
東 : この話はエッセイに書こうと思っていたんだけど、3年前(2000年)アメリカに行って、ポートランドのある町でマクドナルドに入ったらテーブルの上に小さな文言が書かれた紙が置いてあった。「Do you know who put sugar on everyone’s table?(皆さんのテーブルに置いてある砂糖は誰がつくったのか知っていますか?)」これは「Little known black history fact.(黒人の歴史的事実を知る小さな知識)」というキャンペーンの一環で、根底にあるのは人種差別の問題なんだけれど、こういうことをすることによってみんなものを捨てなくなっている。アメリカも変わってきているなぁと思いますね。
Ganko: 2000年といえば3年前ですよね。そんなことが起こっていたんですか。まったく知りませんでした。

六本木ヒルズの食も、ファミレスの食も、どっちも日本。

東 : 食でもなんでも、ひとつのことだけを見ていればとってもラクチン。ほかを排除すればいいわけだからね。でも、物事っていうのはいろいろ矛盾しているものだし、本当のところを知るには、これもみて、あれもみて、心を広げないと理解できないことがたくさんあるよね。全然関係ない話かもしれないけど、昔、メザシの土光さん(土光敏夫・元経団連会長)という人がいて、ご飯と味噌汁とメザシの質素な食生活をおくっているということで話題になった。でも、今そういう生活をしたら、痛風になっちゃうかもしれない。栄養学的に見たら、メザシなんかはプリン体が多いんだ(笑)。痛風っていうのは贅沢病と呼ばれていたくらいだから、実は質素でもなんでもない。こんなふうに、あることも別の観点から見たらまったく違ったものになる。
Ganko: 日本人は物事を一方的に見て、判断しがちですからね。
東 : 今、世界でいちばん世界中の料理を食べられるのは日本でしょ。しかも、本物のおいしさと言われるものが入ってくる。六本木ヒルズにロブションが来たとかね。料理を文化として考えるなら、そういう方向もいいと思う。それはきっと進歩なんだろう。一方で、ファミリーレストランとかで子どもをつれて話しているお母さんをダメだなあって、言うのは簡単だけどそうじゃないよね。彼女たちにとっての食とはひょっとすると団欒とか情報交換の場であって、食べるということを大きく考えていないかもしれないんだよ。
Ganko: なるほど。わたしはどちらかというとダメだなぁと思っていました。
東 : さっき辰巳芳子さんのことを話したけれど、彼女の料理は「自分の家族においしいものを食べさせたい」というところから始まっている。自分が愛する人に、力まずに、できるのはなんだろう。その答えとして、おいしい家庭料理がある。そして、そのおいしいというは単なるうまいということだけではなくて、身体のためになったり、次の日のエネルギーになったり、生きる意欲になったり、人に優しくできたり・・・・。
Ganko: 素晴らしいですね。
東 : でもね、辰巳さんのような方がいらっしゃる一方で、子どもを保育園に預けて忙しいお母さんもいる。もし辰巳さんのやり方をしないとダメなお母さん!にしてしまったら、彼女たちは大変だと思う。自分は料理ができないんじゃないか、家族を養えないんじゃないか、だったら結婚しない方がいいというふうになってしまいかねない。働いたり、仕事をしたり、今の日本にはもうひとつの生き方があるからね。食たちに過分な期待を役割を負わすのが果たして幸せなのかどうかわからないところがある。もっと気楽に食べてくださいよって言っているかもしれないよ。
Ganko: スローフードのような方向性もありますよね。
東 : たしかに、日本ほど食料自給率が低い国はない。でも、これにも背景と理由がある。日本が今のように物価も高く、給料も高い国でいるには、どうしても食料を輸入しなきゃいけない。そうしないと自動車や電気製品を買ってもらえないんだから。そういう中で、スローフードへの道をとれるか。GNPが低ければスローフードでやっていけると思うけれど、日本はなかなかそうはいかない事情がある。
Ganko: うーん、難しいですねぇ。
東 : 日本は今、いろんなことがどうなっていくのかの過渡期。それは食をみると分かりやすいよね。

絶滅に向かって食べ続ける日本人?

Ganko: 日本の食、日本人の食というものはこれからどうなっていくと思いますか。
東 : 日本はこないだの戦争でものすごく貧しい思いをしたから、食べるということに関してはDNAのレベルですごく傷ついてしまったのかもしれないと思っている。食べなさいという信号がDNAの中に組み込まれちゃった。その反動で、飽食の方へ向かったのは必然であったのかもしれない。そうでなくとも日本人は行き過ぎたり振れ過ぎたりところがあるからね。それにしても今は異常だと思いますね。
Ganko: でも、この飽食がどこまでも続くわけがないと思いますが。
東 : ぼくは安全性、おいしさ、供給量の3つが妥協する線というのが出てくると思う。ただ、今日本人がとても危険だと思うのは、エビが好きだからと言って世界中からエビ買っているわけじゃない?そのためにタイとかインドネシアで木を切って養殖池にしたり。マグロなんかにしてもどんどん遠洋になっている。
Ganko: 世界中の食材を根こそぎにしているような感じがありますよね。
東 : 日本人だけなんだよね、幼魚を食べるのは。シラスとかタタミイワシとか。キャビア以外の魚の卵を食べるのも日本人だけ。外国の人たちはあれがいけないっていいますね。たらの芽や木の芽とか、春の新しい芽を貴重がるのも珍しい。それが成長したらってことをあまりにも考えない。
Ganko: 『トマトの味噌汁』にも、「シラスおろしもイクラ茶漬けも、なんだかやるせない思いとともに口に運ぶ」と書かれていらっしゃいますね。
東 : ぼくは時々、日本人は絶滅化へ向かって食べているような気がしてしょうがなくなる。日本は世界の中の鬼っこなのかもしれない。あいつらがいなくなったらよかったと言われないようにしないと。
Ganko: ・・・・・・
東 : ごめんね。暗くなっちゃった?

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