美しい味を語る


第七回目のお相手 食レポーター、俳優/神 太郎さん

神 太郎さん日本に帰ってきて、テレビを見るようになり、びっくりしたことがあります。それは、食べ物関係の番組がじつに多いこと。旅に出ては、食べる。下町を歩いては、食べる。話題のレストランができたら、食べに行く。あれもこれもと繰り出される食の番組。その草分け的な存在といわれているのが、テレビ東京の『食キング!クイズ地球まるかじり』です。 今回お招きしたゲストは、その番組のチーフレポーターとして活躍された神太郎さん。DJのお仕事を終えられて、対談場所に現れた神さんは、甚平姿。鬚も蓄えられて、ちょいと強面に見えます。まずいなぁ。ひょっとして無口で気難しい方かも・・・・。そんな第一印象も、神さんの豪快な笑いで、すぐに杞憂に終わりました。あの鶴田浩次さんをして「親分より声がいいチンピラ」という独特の声で語られる内容の面白さ。そして、その裏に隠された繊細さと細やかな気遣い。神さんはとにかく人間的な大きさを感じさせてくれる人なのです。気難しい料理人たちが、テレビ取材一切お断りのお店が、「神さんなら」とその手の内を見せた理由がわかるような気がします。『食キング!クイズ地球まるかじり』が十四年間もの長きに渡って続いたのも、こうした神さんのお人柄によるところが多分にあったのではないでしょうか。 今回の対談場所は、上野広小路からすぐの湯島三丁目にある 御料理〈なこそ〉。なじみのお店で、お酒が入ったこともあり、予定時間は大幅にオーバー。ほろ酔い加減の神さんを見送り、路地に出ると、日付は翌日に変わっていました。

食リポーター神太郎、誕生。

Ganko: 神さんといえば、食のリポーターの第一人者として知られているわけですが、どういうきっかけで、このお仕事をするようになったんですか?
神: 大学を出たあと、師匠(立川談志氏)のところで一年間修業して、オフィス・トゥー・ワンという事務所に入って。
Ganko: ニュースステーションの制作プロダクション?
はい。久米さんはTBSからですが、私は最初からいまして。一から入ったのは私だけなんです。
Ganko: そうなんですか。
まあ、そこでラジオ番組のDJでデビューして、映画やテレビドラマの俳優などいろいろやらせてもらっていたんですが、直接のきっかけは、日本テレビの『6時です4チャンネル』っていう、夕方のローカルニュースです。
Ganko: どういう番組だったのですか?
日テレが、これからはテレビも何があるかわからないから、どこからでも生中継ができるような準備を整えようって、スタートしたんです。東京、神奈川、山梨、茨城、千葉、埼玉と、関東各地の主な行事を紹介しようということで、チームを作って、専用の車まで用意して、あちこちのポイントを全部探して、月曜日から金曜日まで毎日出て行くわけです。これは、すごいチームでしたね。
Ganko: 今日は埼玉、明日は千葉って?
日帰りで帰ってくるんですよ。行って帰って、行って帰って。さすがに山奥の方に行ったときは、泊まりでしたけど。そうやってお祭りとかなんかを紹介していたんですが、やっぱりネタが尽きますよ。
Ganko: そりゃあ、そうですよね。
じゃあ、ということで、その町の有名店のおいしいものを紹介しようっていう企画が持ち上がった。
Ganko: なるほど。でも、食べ物を生番組でおやりになるのは大変だったのではないですか?
そりゃあ、大変でしたよ。事前の打ち合わせはちゃんとしますけど、その日に行ってやるわけですから、リハーサルも何もできない。で、わずか十二、三分でつくって食べちゃうんですから。
Ganko: ほんとに体当たりですね。
それで、茨城に行ったときです。どぶろく神社って呼ばれている有名な神社があるんですよ。境内の外へは持ち出せないけど、中でだったら、どぶろくを盛大に飲める。その宮司さんと生中継をやってるときに、どぶろくをバーッて飲んで、ガツガツ食って。「かーっ、うめえ!」とかやったら、それが評判になっちゃったんですよ。
Ganko: うん、うん。神さんに、ぴったりですね。
面白いのは、お祭りを回っているから、あっちこっちでテキヤさんと会うんだ。知り合いになっちゃってね。「お、神ちゃん、やっぱり来ると思ったよ」なーんて言われて、お酒を差し入れにくるんですよ。「おまえはなぁ、飲んでやるとかっこいいんだよなぁ」とかね。まいったよ。

『地球まるかじり』で伝えたかった思い。

その番組は一年間で終わりましたけど、テレビ東京が食べ物のクイズ番組を立ち上げるっていうときに、レポーター探しが始まって・・・。
Ganko: それが、『食キング!クイズ地球まるかじり』
ええ。結果的に、初めから終わりまで十四年間、チーフリポーターを務めさせていただきました。
Ganko: すごい人気番組だったそうですね。
でもね、最初の二年間は東京ローカルですよ。評判になったって、地方では見られてないんだから。その後ですよ。三十八局ネットになったのは。それから楽になりました。最初は全国どこのテレビ局へ行っても、「協力しないよ」「聞いてねぇ〜、だめだめ」って。ところが、三年目からは「いつ来てくれる?」って、ころって変わって。世の中、そんなもんですよ。それで四十七都道府県全部回って、世界あちこち行って。
Ganko: よく食べましたねぇ。
そりゃー。私は、食べ物で嫌いなもの、何もないですから。
Ganko: 十四年間、よく続きましたね。
普通の食べ物番組っていうのは、お店に行って、ただ食べて紹介するだけじゃないですか。でも、『まるかじり』の場合はクイズ番組ですから、調理場に入ったり、寮の中に入ったり、女将さんの話を聞いたり、いろんなことをしてネタを探した。それがまず良かったんじゃないですかね。
Ganko: 問題を出さなくてはならないから、深いところまで行かなきゃ駄目なんですね。
で、当時はお金が無いから、事前の調査もできないんですよ。電話でしか。
Ganko: そこから、いかに引き出すか。
テレビ東京とよその局は全然違いますもん。よそは旅行番組にしても、全部事前に段取りして作っているんです。そういう条件の中で、あんなお化け番組ができたっていうのは、素晴らしいことですよ。情熱しかないです。
Ganko: 元々の企画のところから参加されてたんですか?
そういう人間はもう全部揃っていましたから。私は食べる方から入ったんです。食べるほうで私自身が考えていたのは、ゲテモノは一切扱わない。出されたものは最後まで全部残さず食べよう。それと、正しい食べ方を徹底させること。だから、レポーターに手皿なんかは絶対させませんでしたね。
Ganko: そうなんですか。
手皿っていうのは、かっこ良く見えるんです。でも、それはやっちゃいけないこと、いちばん下品なやり方ですよ。日本の器っていうのは必ず持つようにできていますし、取り皿っていうのがありますから、それを使う。刺身でもなんでも、もし手のひらに醤油が落ちた場合、取り皿があったらいいんですが、無かった場合、手を舐めるしかないんです。
Ganko: たしかにそうですね。でも、いまの方たちは手皿が下品だと思っている人はあまりいないんじゃないでしょうか。
それは知らないだけ。いまの食の番組っていうのは、箸の使い方からしてまったくめちゃくちゃなんですよ。私たちは取材先のお店にも、ものすごく気を使っていましたからね。「すいません、こんなことやらして」とか「コート着たままでいいですか」とか。取材費も必ず払っていましたし。そういうところも『まるかじり』が続いた理由だと思いますね。
Ganko: やっぱりそうじゃない番組が多いんですか?
あまりの傍若無人振りに、テレビ取材一切お断りというお店は多いですよ。
Ganko: そういう姿勢は、取材先にも伝わるでしょうね。
「神ちゃん、取材先を選んでる?いいところばっかり行ってるでしょ」ってよく言われたんですが、そうじゃないんです。取材先が、レポーターに神太郎が来るんだったら受けますっていうケースが増えてきたんですよ。
Ganko: わかりますねぇ。私も、神さんだったら来て欲しいもの。おいしそうに食べてくれるし、豪快だし、姿勢はいいし、箸をちゃんと持つし…。
私はこういう性格ですから、取材先の人たちとはみんな友達になっちゃう。四国の松山に〈五色そうめん〉って、有名なお店があるんです。取材させていただいて、ご主人が「いやー、いろんな方がいらっしゃいましたが、こんなに食べた方は初めてです」って。
Ganko: そんなに食べたんですか。
もう、出されるそばから、ばんばん。一生分のそうめん、食べましたよ。お腹がはちきれそうになったところに、料理長が出てこられたので、「いやー旨かった、ほんとに旨かった。ご馳走様」とお礼を言ったら、「そりゃ、よかった。せっかくですから、ほかのおいしいところも紹介しますよ」って。「待てよ、おい」(笑)。でもせっかく誘っていただいたのに、断ったら失礼じゃないですか。
Ganko: 行かれたんですか。
行きましたよ。松山のおいしいお店、食べまくりましたよ。翌日の睡眠時間は、一時間。でもそういうお付き合いをしたから、次に行ったときに「あんときはねー、神さん」ってすぐ話が盛り上がっちゃう。そういうお店が全国にある。私は三年間くらいなら、日本全国、無銭飲食できますから。
Ganko: いいですねぇ。
お金を払わないのに、もてなされてしまうという(笑)、珍しい男なんです。
料理人田村平治から教わったこと。

Ganko: 料理人の方々との交流もたくさんおありなんでしょうね。
そうですね。日本全国の名前の知れた料理人さんたちとは、それなりに面識があります。昨年(平成十五年)も、日本料理の二代目三代目が集まった芽生(めばえ)会っていう会の結成五十周年記念大会がありまして、司会をやらせていただきました。中でも〈つきじ田村〉の初代の田村平治さんには、ずいぶんと可愛がっていただきました。
Ganko: 田村平治さんといったら、日本料理界の伝説的人物のお一人ですよね。
大旦那の部屋は〈つきじ田村〉の六階にあって、そこでは旦那も若旦那も飯なんか食わせてもらえないんですよ。でも、私は上がらせていただいて、女将さんと三人で食べさせていただいていました。
Ganko: どうしてそんな深い仲になったんですか。
〈つきじ田村〉には何度か取材させていただいていたんですが、三回目に取材に行ったのが、たまたま賄いを食べているときだったんです。〈つきじ田村〉では、毎週金曜日、いちばん若いのがカレーライスつくるんです。残り物の材料でどういうカレーをつくるかによって、その人間がどれだけ勉強してるかがわかってくるわけです。そのカレーを食べさせていただいた。で、そのあと鳥取に取材に行ったときに、すごくおいしいらっきょうと出会った。そのときに「あ、これ、ひょっとすると田村の賄いのカレーに合うかもしれないな」と思って、一袋買って、届けたんですよ。
Ganko: そうしたら?
そしたら、大旦那が驚いて。「いや、いままでこういう人間はいなかった」と言ってくださった。大旦那がそう言ったら、旦那、若旦那というのは「えっ」と思うじゃないですか。ましてや、日本の料理人でいちばん最初に天皇から勲章もらった人ですから。そういうことがあって、「あいつは、並みの芸能人じゃねえな」と気に入っていただいたんです。それ以来、裏口から入って「お、今日の賄い、いいなぁ」「神さん、ご飯すんでる?」「まだだけど」「食べてく?」「はいはいはい」そんな感じのお付き合いをさせてもらっています。いまでも一度も表から入ったことないんですから。これは語り草になっちゃっているんですけど、「裏からくるのは神さんだけだよね、裏からきたらお金とれないよねぇ」「すいません」って。
Ganko: (笑)。でも、日本料理を代表するような料理人とお知り合いになれてよかったですね。
ほんとですね。そうやってお付き合いさせてもらって、料理に関するいろんなことを教わりましたね。
Ganko: 一流の料理人というのはなにが違うんでしょう。
田村平治さんというのは、「大根一本、どこも無駄にすることはない」と言うんですよ。いちばん最初に取材に行ったとき、調理場に細い紐が張ってあって、そこにへんなものがぶら下がっている。
Ganko: ひょっとして、かつらむきにした大根?
そう、あたり。それがまたいろんな料理に変わるんです。葉っぱから尻尾まで、捨てるところが、なんにもない。全国いろんな料理屋に行ってますが、生ゴミがいちばんでないのが〈つきじ田村〉でしたね。大体生ゴミがたくさん出るお店は、三年たたないうちにつぶれます。
Ganko: 無駄使いしているわけですからね。
すごいなぁと思いましたね。じつは、この大根話には後日談があるんです。
Ganko: なんですか?
宮崎に〈杉の子〉っていう郷土料理の店があるんですよ。立派な店構えで、しかも自社ビルなんですが、あるとき親父さんに聞いたんですね。「よく建てましたよねぇ」って。「神さん、このビルは大根で建てたんですよ」って、同じこと言うんですよ「え、大根?ひょっとして、皮干してる?」「なんで知ってんの?」「いやー、似たようなお店があって」(笑)それからその社長とは、もう、ポン友みたいな感じで付き合っています。
Ganko: 面白い!ほかにも印象に残っている方はいらっしゃいます?
そうですね。あなたは、鮑(あわび)は好きですか?
Ganko: 好きです。
では、日本に鮑料理の専門店が何軒あるか知ってます?
Ganko: いえ。
三軒。北海道と福岡、あとは伊勢にあります。
Ganko: 伊勢は、伊勢志摩観光ホテルですよね。北海道と福岡は知りませんでした。
そう、日本の両極端にある。北海道の鮑料理専門店は、札幌にあります。〈あわびの源太〉というお店です。これが日本で初めての鮑専門店。北海道の蝦夷鮑、これはものすごく小さいです。水が寒いところですから。そのかわりいちばん旨いといわれている。
Ganko: なぜ?
昆布が旨いから。鮑の餌が昆布ですから。で、ここのご主人は、元々銀行員。でも、この蝦夷鮑に会って、料理人になっちゃった。研究に研究を重ねて、もう三十年。
Ganko: へー。福岡の方は?
これがまた面白い。そのことに伝え聞いた男が、「それじゃ、玄海灘の鮑でやったろうじゃないか」ってオープンしたのが、福岡の〈あわび亭〉。
Ganko: そうなんですか。
こちらのお店は、皿に全部点字が打ってある。
Ganko: どうしてですか?
ご主人、目がお悪くなってきているんですね。自分の目が悪くなって、同じ境遇の人の気持ちがわかったんでしょうね。それで、お皿に「ようこそいらっしゃいました。この鮑料理はこれこれこうやってお食べください」というメッセージが書かれている。このことに気が付いたときは、感動しましたね。
Ganko: いいお話ですねぇ。
不思議でしょう。なんでそんなに惚れ込んじゃったの?という。こんな話がたくさんあります。
Ganko: そんなに知識が豊富ですと、本を書きませんとか言われませんか?
お誘いは何度もありましたが、お断りしています。通り一遍のことを書いたところで、二番煎じですし、もし書くにしても、もう一度全部回って、私が食べたときと変わっていないかどうかを確かめないと…。それに、私の場合は取材を通して入り込んじゃってるから。上っ面の付き合いじゃないんで、言えない部分も多いんですね。「神ちゃんだから」と話していただいたことは、やっぱり書けないでしょう。

箸を使えない日本人。

Ganko: 最近は食に関する講演などもされているそうですが、どんなお話をされるですか?
温故知新じゃありませんけれども、新しい話はほとんどしませんね。みんな、新しいこと、新しいことやろうとするけど、ちがう。守んなきゃだめなのよ。守ることが新しいことに繋がるんですよ。
Ganko: 私も、“後戻り”という進歩があるんじゃないかと思っていますが、ほんとにその通りだと思います。
和食というのは日本のものですし、家に自分の食器と自分の箸を持っているのは世界中で日本人だけなんです。それを忘れてるんです。いま小骨のある魚が家庭に並ばないというのは、お母さん方が小骨を取れないんです。箸で。とくにいまの三十代全般のお父さんお母さんっていうのは下手。日本に来るスポーツ選手は、イアン・ソープなんかにしても、ものすごいきれいに箸を使ってるでしょ。今は逆に、外国から来る方々の方が箸の使い方が上手い。
Ganko: 皮肉ですよねぇ。お父さんお母さんが使えないから、当然子供たちも使えない。
これは文部省が悪いんです。学校給食で先割れスプーンを使ったからです。だから、文部省は改めて、いまは箸になりましたよ。
Ganko: 器を持って食べるというは、レポーターのお話のときも出ましたね。
日本の器は持つようになっている。湯飲みでもお茶碗でもどんなに熱いものが入っていても、台座があるからちゃんと持てるんですよ。すすれるんです。西洋の場合、そういう熱いものを入れる器には、必ず取っ手が付いてるんですよ。韓国の器は持てないですよ。何でかというと、底の台座がないですから。だから右手だけで食べる。左手を使ったら下品になる。
Ganko: それぞれ独自の文化なんですね。
日本人はもともと草食の人間ですから、腸が長い。だから、明治、大正のおじいちゃんたちが高齢だったっていうのは、利にかなっているわけですよ。それと同じように、食器っていうのは全部持って食べるんですよ。だから本当に美しい食べ方をしたいんだったら、手皿はもうやめて、ちゃんと器を持つ、小皿を持つ。それがなければ、お椀のふたがあるんです。
Ganko: ああ、あれもこう、付いてますもんね。
あれが代わりになるんです。それが日本人の知恵なんです。
Ganko: やっぱり利にかなっているんですね。みんな。
かなってます。
Ganko: 神さんは、そういうことをどういうところで学んでこられたんですか?
取材したりももちろんありますが、子供のとき、お箸の使い方を間違ったらおばあちゃんにひっぱたかれてましたから。いまだって全国どこへ行っても、おばあちゃんたちはみんな知ってるんですよ。あたりまえなんです。だから敢えて言うことじゃないんです。ところが戦後教育の中で、ぐちゃぐちゃになっちゃった。外食産業が増えてきたから、余計におかしくなっちゃった。あちこちの講演で、そういう話をすると、「そうなんですか!」というお母さん方が多い。「そうなんですか」はないでしょ。

遠い記憶の中のセロリ。

Ganko: ところで、神さんの思い出の味ってなんですか。
セロリかな。私は子供のときに、昭和二十年代に、おじいちゃんのつくったセロリ食ってんです。
Ganko: セロリ?
あいよ。うちのおじいちゃんていうのは、福岡の久留米の生まれで、おばあちゃんは長崎生まれで、海を渡っているんです。カリフォルニア行ってるんです。いまでも向こうに従兄弟が四十何人いるんです。向こうで農業やって、種を持って帰ってきたんですね。だから、私がガキの頃につなぎ着てるんですよ、ジーンズの。温室つくって
Ganko: へー、すごいですね。
だから、僕はセロリに関してうるさい。アメリカの青臭いセロリが好きなんです。いまの日本のセロリは香りがないよね。
Ganko: 見かけだけはセロリですけどね。
食のリポーターをしていてよかったなと思ったのは、昔のね、すごく青臭いセロリやトマトを知っているわけですよ。もし東京生まれの東京育ちで、ずっと東京に住んでいてら、レポートに行った先々の人たちとそんなに仲良くなれなかったと思う。
Ganko: わかる気がします。
だって、いまの子供たち。トマトも胡瓜も夏野菜って知らないんだもの。年中ありますからね。ましてや完熟トマトなんて、冗談じゃねぇという世代ですから。ま、時代ですから、しょうがないんですが、かわいそうですよね。北海道のトウモロコシがおいしいたって、ほんとのもぎたてはすんごいんですから。
Ganko: へー。
それで、もぎたての焼きもろこしと、早採りの筍を焼いたのは、同じ香りと同じ味ですから。食べたことないでしょう?
Ganko: ないですね。
もう、野菜はどんどん味が落ちていきますからね。だから、北海道のトウモロコシは北海道で食べなきゃ、だめなのよ。羊蹄山のふもとへ行って。ほんと、そうなのよ。だから、いま通販やなにかで産地直送、言ってるでしょ。私、反対なんです。少なくとも「これが本物だよ」って言って欲しくない。どんだけ朝採りを送ってもらっても、その土地で食べる味とは違うはずなんですよ。本物を味わいたかったら、産地直送じゃなくて、産地へ行け!なんです。
Ganko: 食べ物に来てもらうんじゃなくて、人間が行く。
そういうこと。