美しい味を伝える


Gankoの場合:
私にとっての「美しい味」の基本は、子供のころに母が作ってくれた日々の食事の中にあるような気がいたします。といっても、特別なものは何一つありません。ガス釜で炊いたつやつやご飯、かつお節を削って、ていねいに出しをとり豆腐やワカメをいれたお味噌汁、琺瑯の糠床で色よくつけられた胡瓜や茄子、ふっくらと炊かれたうす甘い金時豆、そして祖父がひいきにしていた魚屋がお勧めのぶりの照り焼き。当時は、それが当たり前で「何だか地味だわ」と、洋風メニューに憧れたものでした。時にはハンバーグなども作ってくれましたが、当時のお手本が「暮らしの手帖」に載っていた帝国ホテルのシェフのレシピ。スパイスとしてナツメグがはいっていたり、ワインを使ったデミグラスソースがかかったりする本格的なもので、友だちのおうちで出されたケチャップとウスターソースをあわせたソースで食べるイシイのハンバーグの方がずっとおいしいと思ったものでした。
皆さまにとっての美しい味、想い出の味、残したい味などをお寄せください お問い合わせ

江戸崎かぼちゃ 春日部市 T.Y
先週の土日、入梅前にと友人を誘い、3人でおじさんキャンプに行ってきました。(でも前日に入梅してしまったが)
一泊ですがのんびりしたくて近場の茨城、霞ヶ浦の某所(良いキャンプ場は内緒にしておくのがキャンパーの掟)に向かいました。
途中、江戸崎(稲敷市)で食材を調達したのですが、そのスーパーで売っていた「かぼちゃ」にびっくり!
片や近隣県産で1個¥380.と普通の値段、その隣にあった地元の「江戸崎かぼちゃ」が何と1個¥950.!!(立派な金シールが光っている!)
この差はなっなんだっ? 普通地元産は安いはずなのに・・・
連れのおじさんが云うには、先頃テレビでやっていたけど、「江戸崎かぼちゃ」って味が良いことで料理人の間では有名なんだそうな。
それにしてもこんなに高価だなんて・・・(といっても残りはあと1個しかない)
「明日、帰りに買って帰ろう」てな訳で帰路、道路端の野菜直売所にあったのを買ってきました。大きいのは1個¥1200もしていました。
店のおばあさんは、「固いから気をつけて、甘いからあまり濃い味を付けないで食べる方がいいよ」と・・・

純粋にかぼちゃの味を堪能するには、蒸す(ふかす)しかない!
当然やってみました。
ホッックホクで粉噴き状態!なんちゅう甘さ、旨さ、濃さ!(笑み×笑み)
町にはポティロンの森(フランス語で「<かぼちゃ>の森」の意味)という施設があるほどの名産品だったのです。
町の御菓子屋さんにもかぼちゃを使ったパイやら、かぼちゃ餡の饅頭など沢山あります。
「江戸崎かぼちゃ」を知らなかった自分は無知でした。
「江戸崎かぼちゃ」を知った自分はしあわせものです。
これからはこの時期、毎年霞ヶ浦に向かうことでしょう。

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由比ガ浜の枇杷(びわ) K.E.さん 茅ヶ崎在住
昭和40年くらいまでだったと思うが、
江ノ電には手動のドアが付いた車両があった。
この車両は一両で走っていることが多く、
特に朝のラッシュ時間に臨時電車として活躍していた。

当時の私は七里ヶ浜から鎌倉へ通学していたが、
隣り駅の稲村ヶ崎駅で臨時電車としてホームの反対側に、
この手動式の車両は毎朝ちょこんと待っていた。

西武の分譲地が出来てから七里ヶ浜駅から乗り込む乗客が増え、
子供にとっては稲村までの数分間は息もするのも苦しい時間であった。
当時はよく揺れた江ノ電の車内では、大きく揺れる度にあちこちで女性や
子供の悲鳴が聞こえるほどの寿司詰め状態で、揺れた勢いでたまに
窓硝子が割れることもあった。

稲村の駅へ着き、ドアが開くと元気な子供と大人は一目散に空いている
手動式車両を目指し乗り換えた。

そして大抵の場合、子供が先に乗り込み、大人が負けた。
たぶん座る椅子が無かったから大人は子供に勝たせたのかもしれないが、
当時の大人達は思いやりや余裕もあったのだろう。

奇妙なことに紫陽花の花が終り初夏を迎えた頃、
子供達の多くは進行方向に向かって左側に立った。
そのワケは長谷駅を過ぎ、線路がほぼ一直線になる由比ヶ浜の線路際の
屋敷の垣根の向こうに、大きくたくさんの実を付けるビワの木があったからだ。

季節になると垣根から線路の方へ実がハミだし、子供達のオヤツの的になった。

そのビワの状態を朝の満員電車からチェックして、食べ頃だと思うと
帰り道は鎌倉駅から電車に乗らずにビワの木のある所まで仲間と駆けた。
息を切らしてビワの木まで来るのだが、人様のビワを失敬するわけだから結構緊張した。
しかも他校の子供もいたりすると睨み合いなった。
睨み合いで決着がつかないと、たまに殴り合いの喧嘩になったりもした。
さらに勝って食べてもまだ酸っぱい時は頭に来て、
負けたヤツラに無理矢理食べさせたりもした。
結局皆が狙っているから、誰も甘くなったビワを食べたことがないと思う。

先日、急に思い出して江ノ電に乗ってビワの木を見にいった。
昔より幾分スピードが速くなった電車から、目を凝らして時期外れのビワの木を探した。

あった。

自分と一緒で少し歳を取ったような気がしたが、
しかし、確かにあったのである。
今年の初夏には昔のように元気で
たくさんの実を付けたビワの木に会ってこようと、密かに思っている。

そして、こんな思いを抱いているのはたぶん私独りだけではあるまい。

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ハタハタ鮨 秋田K.Nさん
ハタハタは「年取り魚」ともいい、
秋田の特に男鹿半島の年末にかかせない神様「なまはげ」にお供えする魚です。
「なまはげ膳」として大晦日のお祝いには欠かせない料理でもあります。

12月に入り雷があばれ稲妻が光り、空は灰色にそまり雪まじりの強風が吹いてくると
沢山のハタハタが海岸に押し寄せてきます。ハタハタは、
東北の人々がこれから長い冬を雪と共に暮らしていく上で貴重なタンパク源なのです。

ハタハタの季節になると子供時代の思い出を呼び起こします。
子供も大人も老人も、みんな協力して「ハタハタ作り」をしたのでした。
そんな中で冬を暮らしていましたので、今でも何ら抵抗なく料理が出来るのだと思います。

私が育った家は、農家ではなかったためお米は貴重なため、
糠漬けにし焼いて天井に干していました。
今はめぐまれた環境の中で、
玄米漬けと、寿司、野菜くずやご飯を入れたものなど保存食として作っております。

ハタハタは、一時取れなくなった時があります。
秋田の漁民のみなさんが心苦をなめて三年間禁漁しました。
そのおかげで、今では大漁になっています。
その時の、漁民の方々のことを苦労を考えると、
県外などから一匹千円もするハタハタは食べる気にもなりませんでした。
来客時は、季節ものでしたから購入せざるをえませんでしたが、
県民として育てる漁業に微力ながら力になればと思ったものです。

料理というものは、その地にあってこそだと思います。
頂く人を思って作る心が何より大切なことです。
ハタハタを、おいしいお米ときびしい冬の中で育んできた先人の考えたハタハタ鮨は
胸を張って誇れる秋田自慢の料理だと思います。

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極道すきやき イッシーさん
20数年前、作家の宇野千代先生の青山のお宅に、仕事でお邪魔していた折、何度かご馳走になったもの。実に贅沢なものでした。宇野先生からは、このほかいくつかの、目からウロコのレシピを教えていただきました。

*焼いた瞬間、割りしたの醤油とみりんの焦げる匂いに混じって、ブランデーの香りが立ちのぼります。「誰でも、お腹の虫がグウ、と言います」と宇野先生。
*焼き具合はお好み次第。「いっぺん食べた人は、味の虜になる忘れられない、すきやきです。葱もしらたきも使いません。牛肉の旨みだけを純粋に堪能しようという、贅沢といえば、これ以上の贅沢なすきやきはないでしょうね」と宇野先生のお言葉です。

○材料
すきやき用牛肉(できれば100g3,000円クラス。が、1,000円ぐらいでもよい)、ナポレオン級のブランデー、ちょっと濃い目の割りした、たっぷりの卵黄、太白胡麻油 *あえて各分量は記しません。適宜トライしてみて下さい。
○作り方
(1) 大皿に牛肉を並べる。
(2) ブランデーをかけ廻したのち、割りした(作るのがめんどうだったら、市販のめんつゆ)をかけ廻す。
(3) (2)の上に、よく溶いた卵黄をたっぷりかけて、よく味をしみわたらせる。
(4) テフロン加工の鍋を熱して、太白胡麻油をしき、(3)を焼く。


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イタリアすき焼き イッシーさん
これは、徳島の「青柳」の小山裕久さんのご家庭でやっていたものを教わりました。数年前、小山さんから約一年に亘って、毎月一回、日本料理の話を聞き書きさせていただいた時、披露していただいたもの。日本すき焼きと異なり、砂糖、卵を使いません。よって、健康的。トマトと牛肉との相性もよく、酸味が牛肉飲む匂いを消して、味も引き締まります。和風すき焼きだとちょっと重いという方でも、いくらでも食べられます。美味このうえない代物です!

○材料(4人分)
牛肉400g、トマト8個、玉ねぎ2個、にんにく1かけ、
オリーブオイル・バジル・割り下・トマトケチャップ・パスタ適量
○作り方
(1) すき焼き鍋に薄くオリーブオイルをひき、にんにくをすぶして入れ、四つ切りにしたトマトを炒める。(時間があれば、トマトは湯むきすると食感がよくなる)
(2) トマトから水分が出てきたら、割り下を少々加え(めんどうな時は、「ほんだし」、しょうゆ、水または酒少々、または、市販の「めんつゆ」)で代用)、牛肉を入れ、さらに薄くスライスした玉ねぎをたっぷり入れる。(玉ねぎは、早煮えにするため厚切りにしないこと)
(3) ぐらぐらしてきたらバジルを散らし、ころあいをみていただく。
(トマトの赤、玉ねぎの白、バジルの緑と彩りもとてもきれいになり、食欲もすすみます)
(4) 締めには、残った煮汁にトマトケチャップまたは、トマトピューレを少し足して、ちょっと固めにゆであげたパスタを、うどんの代わりに入れていただく。パスタは、スパゲッティかフェットチーネが合う。手打ちだとなおおいしい!ニョツキでもよい。


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自由が丘「ガス燈」のしじみ汁 神奈川県Y.S.さん
昔、二十年位前、東京の自由が丘に「ガス燈」っていうバーがあったんです。店の名前は、ジョージ・キューカー監督の同名の映画からとっています。ママさんはジャズと推理小説が好きで、店にはたくさんのレコードが置いてありました。毎日、日が落ちると店に入り、1枚目のレコードをかけ、5枚か6枚かけると1日が終わる。時計でなく、レコードの枚数で、時間が過ぎていくなんて、なんて素敵な人生なんだと思ったものです。その頃は社会人になり立てで、いちばん安いサントリーホワイトを飲んでいたんですが、ママさんはそんな僕らにも優しく接してくれました。
想い出の味というのは、そのお店でいつも最後に出される、しじみ汁です。そのしじみ汁が、ほんとうにしみじみとおいしかった。そのしじみ汁を飲みたくて、来ていた常連もたくさんいました。たぶんイリコで出汁をとった、なんということもないしじみ汁だったと思うんだけど、なんだったんだろう、あのおいしさは。
あれから僕もずいぶん年をとったけれど、しじみ汁を飲むと、いまでも「ガス燈」と、カウンターの向こうでクリスティーの文庫を読みながら、ハイライトをくゆらせていたママさんの姿を思い出します。

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海苔に塩 H.I.さん
新米の季節。
小生は炊きたての熱々のご飯に、パラリと塩を振り、海苔でいただきます。
この世のものとは思えないほどおいしいのです。
決してオーバーな表現ではありません。
海苔には醤油をつけていただく方が多いようですが、
これですと醤油の香りが立ちすぎ、
せっかくの海苔の風味が損なわれそうな気がします。
人それぞれ好みですからよろしいのですが、
小生は白いご飯に海苔の時は、「塩」と決めています。
もっとも、さらに「塩」にコリ出したらキリがありませんが・・・。
この「塩」でいただくやり方を知ったのは、20年以上も前、広島でのこと。
夕方から店を開け、翌朝4時ごろまでやっている屋台風の一膳飯屋がありました。
夕方からのお客は出勤前の夜のお仕事のお姉さんやお兄さんたち。
夜中から早朝は遊び明けのおじさんや夜の勤め帰りの方々。
メニューは炊きたての白いご飯とみそ汁、煮魚のみ。ビールはひとり小瓶1本だけ。
店の奥には何台ものガスコンロの上に羽釜がそれぞれ置かれています。
いつも炊きたてを出すためです。
お米は亭主が特注している田圃のもの。
初めてその店に入って、豆皿に備えつけの醤油を注ぎ、
海苔をつけご飯をいただこうとしていた、まさにその時、
亭主が「ちょっと待って」と叫んで奥から飛び出してきました。
すると、手にした「塩」を小生の飯碗にパラパラと振り、
「これが一番うまいよ」と言って、引っ込んでいきました。
当時、あ然としながらもそのご飯に海苔をつけていただきました。
そして、初めての味に感動しました。
以来、小生は海苔には「塩」ときめているのであります。

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霧しなの細うどん 愛知県名古屋市在住 A.I.さん
私と<霧しなの細うどん>との出会いは旅先でのことでした。
我が家では夏になると、長野の開田高原へ出掛けます。車で偶然製造元を見つけ、試食したのが始まりです。工場見学のあとで、そばと、この<霧しなの細うどん>を冷たいおつゆで試食しました。開田は、そばどころですのでそばがおいしいのはいうまでもありませんが、この<霧しなの細うどん>はコシがあり、またつるつるとした感じ、喉越しの良さが今までに食べたことのないおいしさであったので、「美しい」と信じてる味として書き込みさせていただきました。
麺の形状は、私の住む名古屋のきしめんのように平らで幅は冷麦よりやや太いほどです。開田に出掛けますと、現地でそばは充分食べさせていただきますので、お土産として、決まってこの<霧しなの細うどん>を買ってきます。家族はもちろんですが、差し上げた方にも、気に入っていただいている一品です。半生麺で、日持ちもするので重宝しています。ネットでも、販売していたようですが、検索してみたところ、乾麺のそばしか出ていませんでした。どうやら、夏場の季節商品のようです。また、春になったら、販売されるのではと思われます。

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おばあちゃんのぶどう豆 東京都武蔵野市在住 N.T.さん
おばあちゃんは私達が8月のお盆に行くと、おばあちゃんなりのおもてなしをしてくれました。それは子供の口に必ずしもあうものではありませんでした。しかし、私は、らっきょうの漬けたものとかが大好きでした。甘いものも大好きで、おばあちゃんの煮た、小豆・煮豆も好きでした。とくに、(ぶどう豆)が・・・。大豆がつやつやで透き通るような、昆布もとろとろでした。孫の中でも好んで食べるのは私だけでした。だから、帰るときはたーくさんもたせてくれました。 私が今でも豆料理が好きなのはおばあちゃんのお陰です。大豆も洋風・和風に料理します。青大豆・あずき・・・・・も。しかし、自分の子供5歳・2歳はあまり好きではありません。作っては一人で喜んで食べています。 おばあちゃんが生きていたら、いまどきの料理を食べさせてあげたかったです。ぶどう豆の作り方・・・ちゃんと聞いておけばよかったです。母もあの味の作り方はわからないと・・・・・。ただ、私の舌はわすれていませんね。 他界して11年です。あのぶどう豆・・・・・食べたいですね。

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思い出のソースカツ丼 町田市在住H.N.さん
私の実家は福島県のまん中あたりですが、何故かカツ丼と言えばソースカツ丼でした。初めて東京で卵とじのカツ丼を食べたときは「注文を間違えて卵丼を作り始めて慌ててカツを追加したに違いない」と本気で思っていたことを懐かしく思い出します。 さて問題のソースカツ丼ですが、それぞれのお店によって微妙にソースの味が違います。私の実家で出前をたのんでいたお店はソースとお醤油がブレンドされたもので、他の店ではウスターにトマトケチャップであったりと微妙な特徴がありました。 白いご飯に千切りキャベツその上にソースだれをくぐらせたとんかつが載っていますが、なんと言ってもご飯が美味しい。 最近、「ツユダクで」なんて丼物をオーダーしてる人間を見かけますが思わず「邪道だー」と言ってやりたくなります。 丼物は、白いご飯が八割、味が染みた部分二割が黄金率であると私は確信しています。ソースカツ丼は千切りキャベツにソースが染みてその下のご飯にもほんのりと味がついています。しかしあくまでも味が染みたご飯は深さ10ミリ程度であり食べ進むうちにどんどんお口の中が軽くなってゆく、味付をしたとんかつを食べているのに最後にもっともサッパリ感が残ると言う優れもの。 それこそが正統派。福島県のまん中あたりで食べられているソースカツ丼なのです。

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栗原の蒲鉾 東京都北区 K.H.さん
大勢の人が知っているのではここに投稿する意味がありませんよね。地元に住んでいる人だけが知っている高品質で旨いもの、かたくなに「味」を守る努力を続けている店。「美しい味」にはこんな感じが良いのですよネ!? あります、あります、ピッタリのお店が。<揚げかまぼこ>といえば「さつま揚げ」が有名ですが、今回知って頂きたいのは、北の地<北海道小樽>の蒲鉾です。 小樽の蒲鉾といえば《かま栄》が有名で、今では札幌のデパートでも買えるので、道外にも知る人は多いはずで、チーズ蒲鉾などは私も大好きです。 しかし、知る人ぞ知る蒲鉾の名店が他にあります。その名は「〈大八〉栗原蒲鉾店」! 小樽市街には真ん中に国道5号線が通っていますが、その5号線沿い<入船十字街(交差点)>から数十歩<花園町(小樽駅方面)>寄り右側沿い、ちょうど入船市場の斜向かいにその店はあります。なんの変哲も無いくたびれかけたお店で、看板があるのでそれと判る程度の店なのですが実はすごい店なのです・・・。 今は関東に住んでいる50歳の私ですが現在実家は札幌にあり、中学生までは小樽に住んでいたにもかかわらずその当時は全く知りませんでした。 前回帰省したおり、持ち帰る土産を何にしようかと悩んでいた時に、親父が栗原の蒲鉾は「旨いど・・・」と呟いたのです。「夕方に行くのがいいぞ・・・」とも。 聞くと地元の方は皆知っているほどのお店です。明治39年の創業らしいですが、今でも惣菜かまぼこを主に製造販売しているとのこと。 早速、車を飛ばして<入船十字街>へ、午後5時過ぎ入口の引き戸を開けると、いい匂い!思わずグーッとお腹が鳴ります。揚げたてのアツアツの蒲鉾が幾種類もこれでもかッというほどドドーンと山積み! ニコニコ顔のおじさん(話してすぐに店主だと判りました)が「旨いから食ってみろ食ってみろ」と試食を奨めます。一緒に行った中学生の次男が唸る「んま〜い!!」。どれもこれも美味しくて、言葉が見つからない時のあの笑顔が出てしまいます。 「ウチの蒲鉾はそこいらのもんとは違うんだ。新鮮な近海魚の<すり身>をこれでもかっちゅうほど使ってるからこの味が出るのさ!手間のかかる作業だけど、仕入れた魚を朝から丹念に捌いてやっと今できるんだわ・・・全国の蒲鉾屋の会合でも、栗原さんとこのような真似は出来ない、あんたんとこみたいに沢山のいいスリ身を使ってはコスト倒れでお手上げだ!とよく言われるんだ、アハハ・・・こじんまりとだけどこうしてやれるのは、いい物、旨いものを作りたくてやっているから・・・」納得の嬉しさ・・・。 板蒲鉾もありますが、メインは各種変り種の一口蒲鉾。ぜ〜んぶ試食させてもらって、ぜ〜んぶ好み!!その中から3種類を選び購入。そして東京の自宅へは比較的日持ちがする板蒲鉾をお土産に購入。袋にどっさりと持ち帰り、ビールをグビッとやりながらの栗原の蒲鉾の旨さったら・・・、ほかにないべサ!! 同市内の南樽市場にも出店があり、揚げ立てを求めることができます。今年の帰省も「栗原の蒲鉾」とサッポロビールで乾杯だあ!!

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雛祭りのりんごきんとん 東京都 町田市 こおもてさん
私にとって家庭の味というのは、私が15の時病死した母がお雛祭りに一度だけ作ってくれた〈りんごきんとん〉です。それはなんのことはない、茹でてつぶしたサツマイモに、刻んだリンゴを入れただけのもの。でも、父母は私が幼い頃から浅草で流行らない旅館をやっていて、年中貧乏暇なしだった母が私と妹のために、工夫してお祝いしてくれた忘れられない味です。誰のために作ることもなく、私は自分だけの心の中にずっとこの〈りんごきんとん〉をしまっています。

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缶詰鰯のマヨネーズ和え 神奈川県 さすらいコンサルタント
忘れられない思い出の味は、貧乏留学生の時代に食べた缶詰鰯のマヨネーズ和えです。あの頃はお金がなく、ラグビーの練習の後の空腹を如何に耐えるかが仕送り間際の試練でした。
ある日、外に出て水を飲みながら空腹を癒していると、隣にすむグリーンウッドおばさんが猫に鰯の缶詰を差出していました。それを空虚な想いで見つめていると、グリーンウッドおばさんは家の中に引き返し、残っているのは猫一匹だけになりました。
そこからの記憶は確かではなく、気がついたら鰯の缶詰をコンロの上におき、その中に日本製マヨネーズをたっぷりとかけ、温まった頃合にしょうゆをたらしていました。その香りときたら・・・・・・・・たまりません・たまりません。
数分後、慎重に鰯の缶詰をコンロから外し、残り少ないクラッカーの上ににこぼさない様にのせてあぐっとと一気に噛み砕きました。うーっと言葉にならない言葉を出し、何故か自分の方を睨んでいる猫にやさしく微笑みかけました。
すると隣のグリーンウッドおじさんが、「Hey son,you want a beer?」と海兵隊上がりのしがれた声で話しかけてきました。・・・・
Yes Please ・・・・・・
私は未だ口の中には日本製マヨネーズとしょうゆとが絶妙にからまった濃厚な口内の中に、冷えたビールを思い切り流し込みました。
そして、グリーンウッドおじさんの太い腕に入っている蛇模様の部隊紋章の刺青を見ながら、早く日本に帰りたいと、望郷の念が自分の心に入ってくるのを、止める事は出来ませんでした。

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忘れられない納豆 埼玉県 上尾市 在住 K.H.
このサイトで募集している「美しい味」とはちょっと違うのかも知れませんが、私にとっては美味しい「美しい味」の一つで 今でもたまに作ります、名づけて「チーズ風味バター納豆」をご披露致します。正確な記憶ではありませんが、私が6・7歳のころ今から40数年前、住んでいた北海道室蘭市知利別町で売っていた納豆の裏面に、洋風食べ方・・・という感じで記載されていたものです。当時の納豆は現在売られているような小パックではなく、経木(北海道では薄皮と呼ばれ、幅15センチ、長さ50センチ程の大きさで木を薄く削った一枚物でごく一般的に食品の包装材として使用されていた)に包まれたもので、家族4人で食べてちょうど良い位の量であった。おそらく今の小パックなら5ヶ位でしょうか?

○用意するもの
納豆、生卵1個、バター大さじ約1程度、醤油・胡椒・粉チーズ少々、どんぶり、箸、大きめのスプーン
○作り方
どんぶりに納豆および生卵を割り入れ、箸で納豆の固まりをほぐしながら よく混ぜる。醤油を適量入れて混ぜる(このままですと、普通の納豆です)。次にスプーンでバターを取りコンロの火に近づけてきれいに溶かし、どんぶりの中の納豆に掛け(バターの量はお好み)まんべんなく混ぜる。さらに粉チーズを2〜3振り、胡椒も2〜3振りし良く混ぜ合わせる。完成!!確か最初はバターを小さくつぶして入れていましたが、溶かす方が合理的で味も全体に行き渡るのでそうしたものです。熱々ごはんにかけて・・・おそらく想像する味と実際の美味さのギャップに驚くはずです。
ぜひ、おためし下さい。日本の味「納豆」を見直すことでしょう!!


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