現在の日本橋小網町、荒布(あらめ)橋から親父橋までの通りにはその昔下駄屋、傘屋、雪駄屋などが軒を並べ、江戸っ子は洒落のめして照降(てりふり)町などと読んだそうな。さて、その照振町に、手作りの楊枝をつくっている全国でただ一軒の店「さるや」がある。「さるや」の創業は宝永元年(1704年)、来年で創業300年を迎える。「さるや」の名の起こりには二説あり、「猿は歯白き故に楊枝の看板たり」(人倫訓蒙図彙)という説と、さるやの主人が大道で小猿を背に乗せながら楊枝を削ってみせた(柳亭雑記)という説である。我輩としては、後の説が好きである。楊枝の材料は白樺、うつぎなどがあるが、「さるや」では古来より上等とされる黒文字という樹を使用している。黒文字は楠科の落葉潅木で、緑黒色の皮に黒斑があるのが特長である。「さるや」の楊枝は江戸名物の一つとして花柳界、料亭筋をはじめ多くの愛好家を持っているが、中でも我輩のお気に入りは金千両と墨書された桐箱入りの楊枝である。この墨書は代々の主人が一つ一つ筆を揮っており、現在は八代目当主山本一雄氏の手によるものである。剣の達人によるものが如くすぱっと削られた切り口、黒文字の文様をいかした洒落たデザイン、一分の隙もなく蓋と本体がぴたりと収まる桐箱、楊枝という小さな世界にさりげない技が光っている。わが室町家では、お客人を和菓子でもてなす際には必ず「さるや」の楊枝が添えられる。 |